AD探偵の介入
夜のスタジオは静まり返っていた。
普段は人で溢れる場所も、深夜のこの時間は無人だ。森下彩乃は、スタジオの薄暗い廊下を足音を殺して進んでいた。
「大丈夫、誰もいない……」
自分に言い聞かせるように呟きながら、彼女は手に持った懐中電灯を小道具室の扉に向けた。
翔太の「おでん鍋」から見つかった異物が、ここにあるかもしれない――その確信だけが、彼女を突き動かしていた。
小道具室での違和感
小道具室の扉は施錠されていなかった。
音を立てないようゆっくりと開けると、内部はごちゃごちゃとした道具や機材で埋め尽くされている。
棚や引き出しを一つずつ開けながら、彩乃は慎重に手を進めた。
「あった……これ。」
彼女が手に取ったのは、小さな金属製の細工道具だった。
何に使うものかはわからないが、異物として見つかった金属片に形状が似ている。
小道具係の 山口 が頻繁に使うものだったことを思い出した。
「これ、何に使うんだろう……」
その時、背後で棚がガタリと揺れる音がした。
彩乃は息を呑む。
振り返ると、扉の隙間に人影が見えた。
心臓が早鐘のように鳴る。誰かが彼女の行動を監視している。
「誰かいるの……?」
声を出すべきか迷ったが、相手が答える気配はなかった。
人影は一瞬で消え、扉が音もなく閉まる。
恐怖に駆られた彩乃は金属片をポケットに突っ込み、その場を後にした。
湯温管理システムの謎
翌日、彩乃は湯温管理システムを操作するコンピュータに目をつけた。
湯船の温度が意図的に操作された証拠を見つけるため、機材室でデータログを調べ始める。
「森下、何してんだ?」
突然の声に振り返ると、木村が立っていた。目が険しく、彼女を見下ろしている。
「……あ、機材の動作確認です。」
彩乃は慌てて言い訳をする。
「嘘つけ。そんなの今やる必要ないだろ。」
木村が近づいてくる。
彩乃は咄嗟にデータ画面を閉じ、ログを保存したUSBメモリをポケットに滑り込ませた。
「すみません。今すぐ片付けます。」
ぎこちない笑顔を作りながら、その場を離れる。
背後から木村の視線が突き刺さるのを感じた。
「過激な演出」のメモ
次に彩乃が向かったのは、木村の机だ。
ディレクターの机は普段から乱雑だったが、その中に決定的な証拠があるかもしれない。
引き出しを開けると、手書きのメモが数枚見つかった。
「視聴率を取るには驚きが必要」
「過激なリアクションを誘発」
「熱湯=演出でOK、沸騰ラインのチェック不要」
最後の一文を読んだとき、彩乃は震えた。
木村は意図的に危険な演出を計画していた――少なくとも、その可能性を無視していた。
危険な対峙
その夜、彩乃が自宅に戻ると、突然携帯が鳴った。
画面には「非通知」の文字。恐る恐る応答すると、低い男の声が響いた。
「余計なことをするな。」
彩乃は息を呑む。
「……誰ですか?」
返事はなかった。
電話は一方的に切られた。
警察への報告
翌朝、彩乃は警察署を訪れ、これまで集めた証拠を渡した。
「湯温管理システムのログを確認しました。不自然な時間帯に設定が変更されていました。」
彼女はUSBメモリを渡しながら説明する。
刑事は眉をひそめた。「これは重要な手がかりだ。よくやったな。」
彩乃は小さく頷いたが、その胸にはまだ不安が渦巻いていた。
犯人は彼女が証拠を掴んだことを知っている――そして、次に狙われるのは自分かもしれない。
湯気の奥に隠された真実は、今なお、誰かの手で覆い隠されようとしているのだった。