湯気に隠された動機
森下彩乃は、スタジオの片隅で資料をまとめながら、周囲の声に耳を澄ませていた。片山恭介 の突然の死により、スタジオ内はさらに張り詰めた空気に包まれている。事件が「単なる事故」ではないという疑念が、スタッフや関係者たちの間に広がり始めていた。
「……二人目だぞ。さすがに偶然じゃ済まないだろう。」
照明係の 斉藤 が、声を潜めてつぶやく。
「けど、誰がそんなこと……?」
音響の 高橋 が返す。
彩乃は黙っていたが、二人の会話が耳に残った。
疑惑の矛先が、現場の関係者全員に向けられているのが明らかだった。
舞台袖での会話
「近藤さん、正直どう思ってるんですか?」
木村が、舞台袖で腕を組んで立っている 近藤達也 に問いかけた。
「どうって……あいつらの死は、俺がやったなんて言いたいのか?」
近藤は苛立たしげに返した。
「誰もそんなこと言ってませんよ。ただ……若手の台頭が気に入らなかったんじゃないかって噂もあるんです。」
木村の声は慎重だった。
「馬鹿言え。俺があいつらを潰したいなら、こんな回りくどいことするか?」
近藤は鼻で笑ったが、目の奥にちらりと動揺が見えた。
彩乃は、その表情を見逃さなかった。
ディレクターの怪しい行動
昼休み、彩乃は控室の前を通りかかったとき、扉の隙間から 木村浩一 が誰かと話している声を聞いた。
「……視聴率のために仕掛けたことが、こんな結果になるなんてな。」
低い声だった。彩乃は立ち止まり、耳をそばだてる。
「でも、木村さん、あれはやりすぎですよ。」
小道具係の 山口 の声だった。
「熱湯の演出も、俺たちが言った通りにすれば――」
「余計なこと言うな!」
木村が声を荒げた。彩乃は息を呑む。
視聴率のために過激な演出を――それが意味するのは何だ?
控室の中で何が話されているのか、全てを聞くことはできなかったが、彩乃の胸には新たな疑念が芽生えた。
マネージャーEの秘密
翌日、彩乃は偶然、控室で マネージャーの江藤由美(芸人相田翔太の恋人)が電話しているのを見かけた。
彼女の声は沈んでいて、どこか不安定だった。
「……もう終わりにするべきだったのかも。私のせいで……」
江藤は携帯を握りしめながら、小声で話していた。
「いや、別に……違うわ。あんなことになるなんて……」
彩乃は何かを聞いてしまった気がしたが、それ以上聞き耳を立てるのはためらわれた。
刑事たちの進展
その日の午後、刑事たちがスタッフルームに現れた。
彼らはスタジオ内で見つかった新たな証拠について話し始めた。
「湯船の底から、塩とグリセリンの容器が見つかりました。」
刑事の一人が冷静に告げた。
「グリセリン……って、あれですか?」
音響の高橋が不安げに聞く。
「そうだ。それを湯に混ぜると、水の沸点が上がる。」
刑事は厳しい表情で続けた。
「これが原因で湯温が100℃以上になっていた。つまり、意図的に仕掛けた人物がいる。」
その場にいた全員が息を呑む。視線が交錯し、疑念がスタジオ全体を覆った。
彩乃の疑念
その夜、彩乃は帰り道で一人考えていた。
近藤達也 の苛立ち、木村浩一 の過激な演出、そして 江藤由美 の後悔の言葉――全てが繋がりそうで、しかしどこか断片的だった。
「本当に事故じゃない。誰かが故意に仕掛けた。」
彩乃は心の中でそう確信していた。
だが、誰が、何のために?湯気に隠された真実は、まだ見えない。