疑惑の目
スタジオの照明が消えた後も、森下彩乃の耳には騒然とした声が響いていた。
相田翔太 の死は衝撃的だった。おでんが熱すぎてショック死した――その説明は、簡単すぎてどこか腑に落ちない。
翌日、警察がスタジオに現れた。
制服姿の刑事たちがスタッフや出演者に話を聞いて回る中、彩乃は片隅でモニターの片付けをしていた。
できるだけ目立たないようにしていたが、聞こえてくる会話に耳が自然と向いてしまう。
「……あの、おでんに異常な成分が混ざってたとか?」
近藤達也の声だ。重々しい口調に、いつもの威厳が感じられない。
「それも調査しています。ただ……司法解剖の結果、喉に金属片が刺さっていたことが分かりました。」
若い刑事の声が返す。
彩乃はその言葉に思わず顔を上げた。
金属片?何の話だ?
「喉に……金属片?」近藤が眉をひそめる。
「どういうことだよ、それ……まさか、故意に仕組まれたとか?」
刑事は答えない。
沈黙が意味するものは明らかだった。
その日の昼過ぎ、スタジオの楽屋で、片山恭介 が警察に囲まれていた。
扉の隙間から、その様子がちらりと見える。
普段の落ち着いたツッコミ役の顔は、どこか険しいものに変わっていた。
「だから違うって言ってるじゃないですか!」
恭介の声が漏れ聞こえる。
彩乃はその場に留まりながら、耳を澄ました。
「相方との関係が最近悪化していたそうですね?」
警察の一人が冷静に問いかける。
「収録前にも、かなり激しい口論をしていたと証言があるんですが。」
「それは……ただの意見の食い違いです。大した話じゃなかった。」
恭介の声が弱々しい。
「でも、昨日の本番前に『おでんなんてくだらない』って漏らしていたという証言もありますよ。相田さんへの不満を口にしていたのでは?」
彩乃は心の中で息を飲んだ。
その言葉、確かに耳にした覚えがあった。
本番直前、恭介が道具係の山口に向かってそうぼやいていたのだ。
「……そんなの、ただの愚痴です!何の意味もない!」
恭介の声が上ずる。
だが、それを聞いていた刑事の視線は冷たかった。
休憩室で、水を飲みながら彩乃は考え込んでいた。
翔太の使っていた割り箸から金属片が見つかったという噂が耳に入ってきたのだ。
それがもし本当なら――どう考えても偶然ではない。
そこに、木村浩一がどさりと椅子に腰を下ろしてきた。
「お前も聞いたか?片山が疑われてるって。」
木村は煙草を取り出しながら言う。
彩乃は驚いて顔を上げた。
「……そんなの、ただの憶測ですよね?」
「どうかな。コンビ仲が微妙だったって話も聞いたしな。今朝、片山が楽屋で『俺は絶対にやってない』って叫んでるのが聞こえたよ。」
木村はニヤリと笑う。
だが、その笑顔には冷たさが滲んでいた。
夕方、彩乃が機材の片付けを終えた頃、恭介が楽屋から出てくるのを目撃した。
顔色は真っ青で、目の下にクマができていた。
「片山さん……」
思わず声をかけると、恭介はぎょっとした顔で振り向いた。
「ああ……森下さんか。」
彼は疲れ切った笑みを浮かべた。
「何か用?」
「いえ……大丈夫ですか?」
恭介は少し黙った後、ぽつりと呟いた。
「俺、何もしてないんだよ。本当に。ただ、翔太とは最近ちょっと……考え方が違っただけで。喧嘩だって、そこまで激しいもんじゃない。」
彩乃はその言葉を信じたいと思ったが、同時に翔太の死の直前に見たぎこちない二人のやり取りが脳裏に浮かんでいた。
果たして、恭介の言葉はどこまで本当なのだろうか?
胸の中の違和感は、湯気のように形を変えながら消えずに漂い続けていた。






