表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

プロローグ:湯気の中の悲劇

「森下!カメラ3の位置ずれてんぞ!早く直せ!」

先輩ディレクターの 木村浩一 の怒鳴り声が、スタジオ中に響いた。


新人アシスタントディレクターの 森下彩乃 は、慌ててセットの端に駆け寄り、カメラを修正した。

重たい機材、指示の嵐、絶え間ない怒号。それが彩乃の毎日だった。


「おい、熱々おでんの準備は済んでんだろうな?」

木村がセットの奥で作業中の 小道具係の山口 に声をかける。


「もう完璧です!湯気もばっちり出てます!」

山口が大鍋を指さしながら答える。

巨大な鉄鍋の中から、勢いよく湯気が立ち昇り、醤油と出汁の香りがスタジオを包んでいた。


舞台の中央に立つのは、若手芸人コンビ 「ホットプレート」。

メンバーは、ボケ担当の 相田翔太 とツッコミ担当の 片山恭介。

最近急激に人気を集め、注目されている二人だ。


「翔太、もっと思い切ってやれよ!お前ら、売れてるってだけで調子乗ってんなよ!」

舞台袖で腕を組んでいるのは、番組の司会者 近藤達也。

芸人としての大御所で、厳しい指導で知られる存在だ。


「分かってますよ、近藤さん!」

翔太は笑顔を浮かべながら答えた。

「死ぬ気で熱がってみせます!」

「死ぬ気とか言うなよ、シャレになんねーぞ!」

片山がツッコミを入れるが、その表情はどこかこわばっている。


彩乃は二人の様子を遠くから見つめた。

売れてきた芸人たちの独特の緊張感が伝わってくる。

さっきから翔太と片山の間には、いつも以上にぎこちない空気が漂っていた。


「よし、本番いくぞ!スタンバイ!」

木村の鋭い声が響き、カメラが回り始めた。


「さぁ、始まりました!『リアクション・キング』、今回のチャレンジは…熱々おでん!」

近藤のテンション高いオープニングが響く。観客の拍手と笑い声が湯気の中に広がった。


翔太が大鍋の前に立ち、箸を手に取る。

「いっくぜぇぇぇぇ!」

彼は湯気をかき分けながら、熱々のおでんをつまみ上げた。

ライトが湯気を照らし、具材を金色に輝かせる。

そのまま翔太は勢いよく口に放り込む。


「熱ぅぅぅっ!!!」

翔太が頭を振り、目を大きく見開いて熱がる。

観客席から笑い声が巻き起こる。

「さすが、ホットプレート!」

近藤も楽しそうに笑った。


だが、その笑い声が一瞬で止まった。


「……ぐっ……!」

翔太の顔色がみるみる変わった。

箸を落とし、喉を押さえたままよろめく。

苦しそうに喉を掻きむしる姿が、カメラに映る。


「翔太!?おい、大丈夫か!?」

片山が慌てて駆け寄るが、翔太は返事をする間もなく膝から崩れ落ちた。


「誰か!救急車呼べ!」

木村の叫び声に、彩乃は反射的に携帯を取り出した。

手が震え、番号を押すのも一苦労だった。

現場は騒然となり、近藤も舞台に駆け上がる。


翔太は痙攣し、そして動かなくなった。

大鍋からは何事もなかったかのように湯気が立ち昇り、薄い煙がスタジオ全体に広がっている。


数時間後、救急隊員からの連絡が届いた。

「死因はショック死。どうやらおでんが熱すぎたことが原因らしいです。」

現場のスタッフがざわつく中、彩乃は心の中で何かが引っかかっていた。


あの瞬間、翔太の表情に浮かんでいたもの。

それはただ熱さに苦しむリアクションではなく、何かもっと別の――根本的に恐ろしい感情だった気がしてならなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ