ユメノの強み
俺たちはその後、初心者向けのダンジョンを周回することにした。前日のダンジョンに比べれば、微々たるものだが経験値が貰えることに変わりはない。
「結構まわったな。全部で55経験値か?」
「そうですね、貯まってきたのでさっそく割り振ろうと思います。」
クーラはステータスを開き各々に10ずつ分けているようだ。
「残りの5は専門に振りますね。」
ユメノに教わった通り専門も強化していくようだ。
「うんうん!これからクーラさんの成長を眺められるの嬉しぃな。」
ニヤニヤとしてクーラを見つめるユメノ。お前はおじさんなのか?
「ユメノさんのおかげで強くなれそうです!」
そんなユメノにクーラは純粋な笑みを向ける。おぉ、眩しい。
「えへへ、なんだか恥ずかしいなぁ。これからも一緒に頑張ろうねぇ。」
ユメノはクーラの素直な気持ちが少し照れくさい様だ。
「今日はもういい時間だし、また今度教えてあげるねぇ。」
時計へ目を向けると時刻は10時40分。ユメノの言う通りまた別日に遊ぶのがいいだろう。
「そうだな、明日も学校だしそろそろ落ちるか。」
「分かりました。お2人は明日も遊べますか?」
クーラがハマってくれて何よりだ…が。
「ごめんねぇ、明日は学校で委員会活動があるのぉ。」
そう。ユメノと俺は明日、放課後に委員会を控えている。
「俺もなんだ。実はユメノとは高校が同じでな。活動は放課後にあるんだが、終わる時間がまだ分からなくてな。」
「そうだったんですね。いいですね同じ学校の人とゲームできるって、楽しそうです。」
クーラは俺とユメノの予定に、うんうんと頷きながら聴いてくれたクーラだが、後半は少し暗い声音だった。
「クーラは周りでやってる人いないのか?」
このゲームは1人でもできる。しかし、役職により操作性が変わったり、ダンジョンでの状況判断が必要になったりするため、初心者1人だけだと難しい。先程のクーラの反応に俺は少し心配になり質問をしてみた。
「実は私のクラスメイトに1人いるんです。このゲームもその方にオススメされて。私、その方と仲良くなりたくて…でも、好きなものとか全然分からなくて。唯一、このゲームが好きだと分かったんです…」
「えっとぉ…?それってつまり??」
ユメノそこへ踏み込むのか?聞いてもいいのだろうか?いや、クーラの反応からしておそらくそうに違いないだろうが。
「クーラさん、その人のこと好きなんですかぁ?」
言ってしまった。俺が聞きづらいことも、ユメノはいつもズバッと言ってくれる。
「…えっ、あの…えっとぉ。」
歯切れの悪い返事に、もはやタコもびっくりなほど茹で上がった顔。
「‥…‥…‥…はぃ…」
とんでもなく小さいが、確かに聞こえた肯定の答え。
「わぁぁぁ!!いいねぇ!青春だぁ。」
ニマァッと悪い笑みを見せるユメノに、そこまでにしておけと俺が抑える。
「まぁ、また今度集まったときにでも話せばいいだろう?」
「そうだねぇ、もう寝なくちゃだし。絶対また聞かせてねクーラさん!」
これから寝ると言うのにユメノは元気が余っているのか?
「‥…はい!今日はありがとうございました!おやすみなさいませ。」
クーラは落ちる前にも丁寧に挨拶してくれる。
「じゃあまたな。ユメノ、クーラ。」
「おやすみぃ!」
俺もユメノもゲームを抜ける。
それにしてもユメノは、今日だけでぐいぐいと詰めよっていたが、クーラは大丈夫だろうか?ユメノは気になることがあればすぐに聞く。それは初対面の人にも同じで、引かれてしまうこともしばしば見受けられる。‥…まぁ、今日の様子からして大丈夫だと信じるか。俺ももう寝ることにしよう。
次の日、学校へ着くといつも通り授業が進んでいく。お昼に購買でパンを2つ購入し、自席で最新ゲーム情報を見る。この時間が学校で1番楽で好きだ。
新しく発売されるゲーム機は‥…7万!?俺が昔買って貰ったゲーム機の数倍か。恐ろしいな。驚愕しつつ、2つ目のパンへ手を伸ばしたところで涼海が声をかけてきた。
「お昼、一緒にいいかしら?‥…その、ゲームのこととか聞きたくて。」
「え、あっはい。大丈夫ですけど。いつも一緒のお友達さんはいいんですか?」
ゲームのこととはいえ、お昼に誘われるとは。
「えぇ、あの子今日は彼氏と食べるみたいで。夜見君は1人かと思って‥…」
俺がいつも1人のような言い方が若干引っ掛かる。そして、紛れもない事実と言うことに気づく自分に心を抉られた。
「去年仲良かった奴がクラス離れちゃって…わざわざ誘いに行くのも面倒ですし、それにこの時間にゲームのこと調べたりできるんで案外楽しんでます。」
「そうだったのね。あ、そういえば昨日話したクランのことなんだけど、結局入ることにしたわ。…とても優しい方たちに声をかけていただけて。私と同じ役職の人もいるから安心できたの。」
お弁当箱からタコさんウィンナーをつまみ、涼海さんは口元を緩ませながら話してくれた。
「おっ!それはよかったです。俺も今のクランに入るときは優しいマスターで嬉しかったんです。元々別のクランにいたんですけど…ちょっと色々あって抜けようか悩んでたら、今のマスターが拾ってくれたんです。やっぱりメンバーの相性が合うところがいいですね。」
懐かしいなぁ…あの時からウィンドさんには本当にお世話になりっぱなしだ。
「夜見君はゲームのことになると本当に嬉しそうね。いつもの暗い印象が変わるわ。」
人が思い出に浸かっているときに来る、"いつも暗い"
の一言はとてもとても痛かった。
「‥…そんなに暗いですかね?」
俺の疑問に
「ごめんなさい、言い方が悪かったわ。あまり人と絡むのが苦手なのかと思ってたから。でも、勝手なイメージだったみたいね、だって…今の夜見君すごく笑顔だったから。」
そうして微笑む涼海さんは今までのキリッとした目元からは想像できないほど、穏やかで純粋な少女のような笑みを見せていた。
「いえ、すみません。俺も最初は涼海さんのこと怖いイメージでしたし‥…でも確かに、実際話してみて、案外楽しんでくれている様で安心しました。」
俺の言葉に頬を膨らませ、
「そう言えば夜見君。私に嫌われてるとか言ってたものね。‥…お互い様よ?」
と拗ねたようにそっぽを向いた。意外にも子供っぽいのかもしれない。
「今日の放課後は空いているかしら?ダンジョンのことで聞きたいことがあって。」
涼海さんには悪いが今日は委員会がある日だ。
「すみません今日は放課後‥…」
(キーンコーンカーンコーン)
委員会がと言おうとしたところで、チャイムが鳴った。
「あ、席に戻るね。忙しかったらまた今度はなしましょう。」
俺のすみません、と言う発言から無理だと察したのか、また今度と言ってくれた。‥…また、か。そのときが本当に来るか分からないが、楽しみだと思った。
「じゃあ気を付けて帰るんだぞ。」
担任からの連絡が終わり生徒が帰り始める。俺は図書委員会に所属しており、今回は、返却本の整理と週に1回掲示する図書だよりを作る。図書室へ向かおうと廊下へ出ると
「せーんぱい!先にホームルーム終わったので迎えに来ました!」
俺の後輩が待っていた。
「わざわざ迎えに来なくてもいいんだぞ?じゃあ早速いくか?夢咲。」
「はい!さっさと終わらせましょうねぇ!夜見せーんぱい!」
彼女は今週、俺と委員会の担当になった後輩。そしてゲームでお世話になっているユメノ。本名:夢咲 凪乃だ。
図書室に着き、まずは図書だよりの早速準備を始める。図書だよりでは毎週オススメの1冊を紹介する。そのため、まずは紹介する本を決めなくてはならない。夢咲は本を読むイメージがないが、一応聞いてみる。
「夢咲は最近本読んだか?」
「ん?全然読んでないですよぉ?文字とか読むの苦手で...この前の現代文の小テスト15点でしたし。先輩は?」
「いや、攻略本くらいしか。てか小テストで15点なのか?」
「‥…あちゃー?まぁ、でも毎日ゲーム前に勉強してますよ?」
‥…なんてこった。お前は本当に図書委員なのか?
「ってか先輩攻略本ってwなんで図書委員になったんすか?」
ギャハハと腹をかかえ笑う夢咲。
「いや、お前もだろう!?」
流石にブーメランはしっかり返してやらねば。だがこのままでは何時まで経っても帰れそうにない。
「んー?とりあえずその辺のてきとーにあらすじかいて終わらせますかぁ?」
夢咲にしてはまともな提案だ。
「そうだな。そうでもしないと泊まり込みになるぞ。」
「そしたら夜通しゲームしましょうね!」
元気よく答える夢咲。もう黙っててくれ。
「とりあえず人気ランキング3位あたりので書くか。」
1.2位だと、てきとーなのバレそうだしな。俺がパラパラとページを開き、内容を夢咲へ伝えると、スラスラと図書だよりへ書いてくれた。‥…こいつ字綺麗だな。大雑把なイメージだったため‥ギャップを感じた。先行きの不安だった図書だより制作は15分ほどで終わった。
「わーい!先輩すぐできましたよぉ?天才かもしれませんね。」
ニシシと笑う夢咲。ゲームなら天才なんだがな。
「じゃあ返却本溜まってるみたいだし、棚へ戻すか。」
「えぇ!?スルー!?」
まだ何か吠えている夢咲は放置し、数冊本を抱え棚へ向かう。なんだかんだ言いながらも夢咲は仕事はしてくれる。30分ほどかけて棚を整え帰る準備を始める。
「いやぁ案外すぐ終わりましたね!これならゲームできるかもです!」
「お疲れ様、ゲーム大好きだな。よし、帰るか。」
図書室の鍵を返却するため職員室へ向かう。そのとき、何かと問題を起こしたがる2年の学年主任に引き留められてしまった。‥…なんなんだ?
「君たち、部活はしてないよな?こんな時間までいったい何をしていたんだ?」
いちゃもんをつけてくる学年主任に俺は事実を話す。
「委員会活動をしていました。そのため今から帰るんです。」
「本当かぁ?お前はいつもすぐ帰ってるじゃないか。委員会だと信じがたいなぁ。ましては夢咲も現代文の成績悪いじゃないか?そんなやつが真面目に委員会をしてるとは思えないがな。」
学年主任は現代文担当として1年の授業も見ている。だが今夢咲の成績は関係ないだろう。
「まってください。夢咲も俺も本当に委員会活動で遅くなったんです。それに夢咲の成績は今関係ないですよね?彼女は彼女なりに頑張っているんです。生徒のことを信じないおつもりですか?」
やばい。思わず言ってしまったが、絶対怒らせてしまった。
「夜見。お前なんだその態度は?ますます怪しいな。わざわざ夢咲までかばって。何かやましいことでも隠してるのか?まさか学校でいかがわしいことなんかしてないだろうな?」
そう言って学年主任は夢咲の胸元へと目を向ける。こいつ、教師だからって言いたい放題言いやがって。俺がまた反抗しようとしたとき、夢咲が睨み口を開いた。
「先生。夜見先輩は本当に委員会の仕事をしてました!それに、先輩はそんなことをする人なんかじゃありません!見てください!これ、図書室の鍵です。仕事が終わったからこれを返しに行こうとしただけです!」
そうして夢咲は鍵を突きつける。しかし、
「だが、図書室で悪行を働いたかもしれないだろう?」
俺たちの言葉には一切耳を貸さないつもりのようだ。もう何を言ってもダメかと思ったそのとき。
「あら?もう終わったの?お疲れ様。」
図書委員会担当の先生が通りかかった。
「主任も一緒なんですね?図書だよりできたのね、掲載楽しみにしてるわ。鍵は私が返しておくわね。」
そう言って先生は職員室へと向かっていった。
「本当に委員会だったのか。今後は紛らわしいことは控えるように。」
そう言って立ち去ろうとした学年主任に夢咲は声を荒げた。
「先生!間違ったなら言うことありますよねぇ?」
「‥…すまなかった。もう帰っていいぞ。」
そう言って足早に去って行った。
「なんなんですか!本当に、ゲームする時間減っちゃったよぉ!」
プンプンとしながら靴を履き替える夢咲。
「夢咲、さっきはありがとうな。庇ってくれて。」
俺は素直に感謝を伝える。
「先に庇ってくれたのは先輩じゃないですかぁ?それに理不尽じゃないですか?意味が分からないですもん。」
「‥…そうだな。ありがとう、次のゲームも楽しみだ。」
「えへへ…もっと強くなるため頑張りますよぉ!」
‥…本当に夢咲は強いな。あの学年主任にも臆さないなんて。誰にでも平等で、でも自分の思ったことをハッキリ言える。それは誰にでもできることではない。夢咲はこれからも強くなって行くだろうと、改めて俺は確信した。