精霊郷
六賢者の性質変えました
「お前は誰だ?」
その声に乗った威圧感に、美桜は動けなくなる。
答えなければいけない。でも、口ははくはくと動くだけで声が出ない。
美桜が気圧されている様子を見て、女性はん?と言って首を傾げた。
そして、何か納得したように頷いて美桜に近づく。
すると威圧感は消え去り、その女性は美桜の頭を撫でた。
柔らかく微笑んでその女性は告げた。
「すまない。人間を見たのが久しぶりだったからな。つい、威圧を乗せ過ぎてしまった。大丈夫か?人の子よ」
「ぁ……え、と」
「名前はなんという?」
なまえ。ああ、名前だ。
美桜は名前を言うのを少し躊躇したが、ええいままよと名前を言うことにした。
「えと、橘美桜、です」
「タチバナミオ。橘美桜だな。美桜と呼んでも?」
「は、い」
優しい声音に、美桜はこくりと頷く。
その女性は笑みを絶やさず美桜に聞いた。
「美桜、お前は地球から来たんだな?その制服は日本の制服だ。なるほど、高校生か」
「は、はい」
「そう固くならなくていい。そうだな、まずはこの世界のことを説明しよう」
そう言って女性は指を鳴らした。
すると、地図のようなものが空中に浮かび上がった。
魔法だろうか。美桜は少しそわそわした。
その女性は美桜がそわそわとしていることに気がついたのかくすりと笑う。
そして、説明を始めた。
「これはこの世界の地図だ。この世界の名は精霊郷。精霊たちの終焉の地であり、精霊たちの故郷でもある」
精霊郷。聞き馴染みのない精霊という言葉に美桜は混乱したが、異世界だからまあそういうこともあるかと納得した。
女性は美桜が納得したのを見て地図の中央部分を指差して言った。
「この一番下の大陸の中央にあるのが、今目の前に見えている精霊城だ。その背後には世界樹と呼ばれる大樹がある。そして精霊城の下には城下町が広がっていて、そこが王都フィレルアだ」
「王都、フィレルア……ですか?」
「ああ。王都にはさまざまな精霊が住んでいる。妖精もいるが、まあ大体は精霊だ」
「妖精と精霊は、何が違うんですか?」
「あまり違いはないが……強いて言えば精霊は神に近い。神格を持っている者が多いため、地球以外の精霊が見える世界の住人からは神と崇められることもあるようだ。そして他には、精霊は体が魔力や霊力でできている。だから見た目などを好きに変えることができる。妖精は肉体を持っているから、そこが違う。まあ、それくらいか?」
美桜はファンタジーな世界だな、と思った。
そんな美桜を見て女性は笑って言った。
「まぁ、精霊は優しくて穏やかな気質を持った者ばかりだ。安心するといい」
「そうなんですね」
「ああ、あと、普通の人間は精霊郷の清廉すぎる魔力と霊力によって分解されてしまう」
その言葉に、美桜はえっ、と声を出した。
女性は美桜を安心させるように美桜の頭を撫でて告げた。
「だから、お前は特別なようだな。この清廉な魔力に耐えられるということは、な」
そう付け加えられた言葉に美桜はホッとする。
分解、つまりは死ぬということだ。
流石にこんな若いうちに死ぬのは嫌だ。
美桜は潔かった。
「ああ、話を戻そうか。精霊城には六賢者、七曜の精霊、四季の精霊と呼ばれる大精霊が住んでいる。もちろん精霊王も住んでいるが」
「四季……って、春夏秋冬ですか?」
「ああ。六賢者は厳格、不屈、慈悲、熟慮、奮励、勤勉の性質を持った力の強い大精霊のことで、七曜の精霊は火、水、地、風、光、闇、氷の性質を持った力の強い大精霊のことだ」
美桜はその後も色々な説明を聞いた。
朝、昼、夜の三つの大陸があり、それぞれ性質の違う精霊が住んでいる。
精霊城があるのは昼の大陸で、昼の時間が一番長い。
この世界も丸く、一つの星だ。
朝と夜の大陸にはそれぞれ領主がいて、王は精霊城に住む精霊王だけ。
戦争などはないのかと聞けば、精霊は交易や領地を広げるということをしないらしく、欲しいものは勝手に取っていく上領地は広げても統治するのが面倒くさいから広げようとしない。
そもそも精霊は争いごとを好まないため、争うよりも話し合いで解決することが多いのだとか。
人間のように欲が強いわけでもなく、基本は無欲なため何かを欲しがることも少ない。
そのため戦争はない。
こうして聞くと精霊はとても穏やかなのだとわかる。
「説明はこれくらいでいいか?美桜はこちらに来たばかりで何もわからないだろうから、城に来るといい。衣食住全て保証するぞ」
「えっ、いいんですか?」
「ああ。わたくしはそこそこ偉いからな」
「でも、精霊王様の許可とかは」
「必要ない。転移するから手を出してくれ」
美桜はおずおずとその女性が差し出した手に自身の手を重ねる。
すると、パッと景色が変わった。
精霊城と呼ばれる城の目の前に転移したようで、女性は美桜の手を引いて歩く。
大きくて立派な門には門番らしき精霊がいて、門番は美桜の手を引く女性に敬礼をした。
確かに彼女は偉いらしい。
もしかして先ほど話に出てきた六賢者や七曜の精霊や四季の精霊のような強い精霊だったりするのだろうか。
そう考えていると、女性はあっ、と言って美桜を見た。
「うっかりしていた。まだ名乗っていなかったな?わたくしの名前はアスセナだ」
「アスセナさん」
そう呼ぶと、アスセナは嬉しそうに笑った。
そして、美桜の手を引いてどんどん奥へと進んでいく。
あれ?と思いつつも、繋いでいる手はとても力強く、離そうとしてもびくともしない。
やがて最奥えと辿り着き、美しい白銀のドラゴンの装飾が施された大きな扉の前で立ち止まる。
アスセナは一度美桜の手を離して扉を開ける。
中は白銀で統一された美しい部屋だ。
アスセナはまた美桜の手を引き中へと入る。
そして、中にいた薄紫色の瞳をした巫女服を着ている女性に声をかけた。
「ユウ」
「おかえりなさいませ、御前様。そちらの方はお客様ですか?ああ、異世界人ですね」
「ああ。拾ったんだ。この子を城に住まわせたい。部屋がまだ空いていただろう?そうだな、桜の間がいいだろうか」
「かしこまりました。桜の間でございますね。すぐに用意させます。お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
ユウと呼ばれた巫女服を着た女性は美桜にそう聞いた。
美桜は少し逡巡し、そして名前を告げた。
「えっと、橘美桜です」
そう言って頭を下げるとユウはじっと美桜を見ている。
美桜が頭を上げるとユウは無表情で言った。
「美桜様ですね。家具や部屋の位置にこだわりはございますか」
「い、いえ。特には」
「かしこまりました。変更はしなくても良さそうですね。では、お部屋の用意が終わるまで御前様に城の案内をしてもらうのは如何でしょう」
「えっと、私にそんな畏まらなくっても」
「いえ、御前様のお客様ですので」
ユウはそう言って譲らない。
仕方なく美桜が折れて様付けや敬語を受け入れた。
そして美桜はアスセナの方を見る。
アスセナは先程からずっとニコニコしている。
聞きたいことだらけだ。
そう目線で訴えると、アスセナはくす、と笑って頷いた。
「ユウ、部屋の用意が終わったら」
「はい。お呼びいたします」
そうしてユウは失礼いたしました、と言って部屋の外に出た。