夫「あなたを愛していません」妻「さようで」夫「崇拝してるんです!」妻「」
出オチです。
初夜。というのは、こういうものだっただろうか。
モニカは今日結婚して、普通に初夜を迎えた。
結婚相手は昨今の魔物討伐で名をあげ、爵位ももらった英雄リーンハルト。しがない子爵家の娘であるモニカには過ぎた相手である。モニカの父は将軍であるが、将軍も5人ぐらいいるから特別偉いというわけでもない。
このリーンハルトは王女様からもお嫁さんになってあげてもよろしくてよといわれたと噂されているのである。なお、王女様12歳。婚約だけさせて3年くらい待たせればいけなくもない。王家としては英雄の飼い殺しできるしなーと思うような縁談であった。
ところが、リーンハルトは嫌ですとそっけなく答えられたあとに、殿下にふさわしい王子様は現れます。殿下のような淑女には俺はふさわしくないんですよ。とフォローしていたらしい。
丸め込んだなとモニカは思ったものだが、周囲の知人友人に言わせるときゃーっ素敵!に変換されるらしい。
原因は、顔、だろうなとモニカは思う。
そこらの美女が逃げ出すレベルの美貌の男。というのがモニカの結婚相手で、今、ベッドで青ざめているのである。
「あ、あの、なんで、そんな恰好を?」
「初夜ですし、やることするでしょ?」
それにモニカもそんなといわれるような恰好ではない。
一般的初夜用として販売される量産品である。清楚でエロいなどといわれるところではあるが、そこまで透けているわけでもない。
「やることって!! し、しません。できません」
「どうしてです?」
「あなたのことを愛していないからっ」
そのあたりはモニカも察していた。婚姻が決まってから顔合わせしてもそっけない、すぐに帰る、まともに目も見ない。そのわりに贈り物はマメに送ってきたが、女性遍歴華々しいと聞く男が用意したものにしては素朴過ぎた。誰かほかの者に選ばせたのだろう思えるほどに。
そして、今日の結婚式といえば、エスコートもがちがちで、触れるだけで逃げそうな勢いだった。誓いのキスもふりだけであり、ものすごく顔をしかめていた。
今日一日、愛想良く笑うところを見ていない。
モニカは気がついてため息をついた。なんで、結婚した。ほかにもいるだろ、相手と思うが、ほどほどに都合のいい家の娘だったんだろう。
どこかに囲っている娘さんたちがいるか、ハーレムが……とそこまで考えて嫌気がさした。
きれいに整えられた自分の格好がみじめに思える。
「さようで」
それでも精いっぱい気にしていないようにモニカは返答した。泣きそびれたような声になったが、気がつかないふりをしてくれる甲斐性はあってもらいたいものである。
「崇拝してるんです」
今、変なこと聞こえた。
モニカはまじまじとリーンハルトを見た。
「興味のある女性はときかれてつい答えたことがこのようなことになって申し訳ありません。
一年かそこらで周囲の興味は薄れるでしょうから、それまで白い結婚で、離婚しましょう。素敵な再婚相手を探します」
離婚され、よい再婚相手を探されてしまうらしい。
ぽかんとした顔のモニカに気がついているのかいないのか。
「結婚前に取りやめればよかったのでは」
「あなたの経歴に傷がつくのは耐えられません。大丈夫です、俺がひどい夫であればいいんですよね。がんばります」
頑張りの方向がおかしすぎる。
モニカは頭が痛くなってきた。
「そもそも、なにがどうして崇拝に?」
「前線まできていましたよね」
「え、ええ。親や友達との付き合いで。
回復魔法も使える血筋なのでこき使われました」
「前線までこられて、つき合い、ですか」
「うちの戦闘狂が、お前薬箱と」
兄とか父とか言う。人間相手に退屈していたとこだと表面上嫌々、内心嬉々として、前線送りになった。
モニカは憤慨したが、お小遣い割増しで手を打った。なお、友人は薬師で、じんたいじっけん、なんて言っていたが聞かないふりをしている。
やべぇ身内しかいないのかと嘆くモニカに周囲はちょっとだけ気の毒そうに視線を向けることもある。
「そのおかげで俺も皆も助かりました。
他のどなたもいらっしゃらないところに来られて、女神のようだと」
「はい?」
「ご存じない?」
「知りませんよ。魔女とか言われてると聞きましたよ」
「そちらはご友人では」
「……でしょうね」
「あの方にも求婚が殺到したそうですが、無理難題を言い退けているそうです」
「でしょうね!」
嬉々として求婚者からの貢ぎ物と見せびらかされた。毒草やら薬草やら禁書を。
巻き上げていると表情をひきつらせたのはまだ記憶に新しい。
「ええと、魔物討伐のときに助けたから崇拝」
「ええ、もう死ぬしかないというところで、ラドー将軍とご子息のウェド様がいらしてから戦況は変わり、その後ろにはモニカ様がいらして」
うっとりとしたように言われ、モニカはドン引きした。
あれはそういうものではない。やべぇ父と兄に引きずられていたのである。淑女であるべしと叩き込んだ母と叔母の教育のたまもので表面上取り繕っていた。内心はもう帰りたい、だったのだ。
「あの、普通の女ですが」
「いいえ。そんなことはありません。謙遜されるところも女神にふさわしいですが、十分な功績があります」
きっぱりと言いきる相手からは確かに信頼とかそういうものを感じる。欲望じみたものはゼロだ。
モニカは鳥肌が立ってきた。
こ、これは予想外の、愛していない、だ。
誰がそんなの予想できるというのだ。
「そもそも、いました?」
「当時はヒゲでしたので」
「…………金色もじゃもじゃ」
「ええ、覚えていてくださってよかったです」
嬉しそうに笑うリーンハルトだが、その覚え方でよかったのかモニカは悩んだ。ほれ、もじゃもじゃ、と友人が言うから、もじゃもじゃと認識してしまったのだ。
あんな場所だというのに、花をくれたのも彼一人で。あなたはすごい人だと励ましてくれたのも、彼が一番多い。
モニカは顔が赤くなるのを感じた。熱い。
「では、今から愛していただければよろしいのでは?」
「無理です」
「なんで!」
「役に立ちません」
なぜ、そんなに堂々と言う。モニカははしたないと思いながらもその位置を確認した。もっこり、ない。
好きな女、目の前にしてこの対応なの!? と内心絶叫しながら、ぺたりと触った。
はしたないを通り超えているが、もはや混乱の極みである。
しゅんとしていた。
やる気ない。
「……あ、あのぅ」
「女神に触れるなど許されることでもありません。
穢れた欲望を向けるなどとても」
またまたぁ、と他の相手にはモニカも言うかもしれないが、現状、賢者もかくやというお鎮まりっぷりである。
なんなら、美貌にあてられたモニカのほうが悶々としているまである。
「触ったらなにか」
「できません。触られたら卒倒できます」
「……なにその二択」
「もう、わりと緊張が限界で」
モニカはえいっとリーンハルトに抱きついてみた。荒療治すればいけなくもないだろうと考えたのだが。
「きゅう」
可愛い声がしてばったんと倒れた。
リーンハルトが。
背後に枕があって幸いである。
ちょっと期待して、つついたものの反応はなかった。
「……寝ましょ」
モニカは色々放棄した。同衾すりゃあ初夜ってことでいいでしょうと。
モニカは翌朝、悲鳴でたたき起こされることになり、三年後の離婚でといわれてしまうことになる。子ができなければ離婚できる条件である。
モニカはそこまで言われるとイラっとした。
「いいですわ! 受けて立ちましょう!」
「なにをですかっ!」
「私、普通の女ですってことを叩き込んでおきます!」
そうすればちょっとはやる気になるだろう。
色んなものをかなぐり捨てることになりそうな予感はしたが、モニカは元々負けず嫌いである。そうでもなければ、前線などに行ったりはしない。
おまえできないのぉ?という兄の煽りと、可愛い娘だからなぁ、震えるところが可愛いという父のキモイ言い分に乗せられたりしないのだ。
その約束の三年後には、二児いることになることを彼らは知らない。
初夜に愛してないと言って許されるパターンてなによと思ったら出てきました。
愛してない、白い結婚、一年後に離婚宣言、お飾りの妻(祀られる)、元鞘(予定)の欲張りセットです。
渾身のぐうたらをしていても、英気を養っているのですね! と褒められ、勤労すればすごいです、さすが女神と尊敬され、ぐぬぬと思って愛しているんですけど、と告げるとスンとした顔で、それは気のせいだと言われる日常が待っています。