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《中編》悪役令嬢とふたりぼっち

 公爵令嬢のトルテリーゼは王太子クリストフの婚約者で、ゲームにおける悪役令嬢だ。俺との交流はほぼない。言葉を交わしたのは数える程度。それも俺が悪役王子として振る舞ったときのことで、一方的に言いがかりをつけただけだ。


 ――というかトルテリーゼは俺にショールを貸したからだろう、ドレス姿で小刻みに震えている。

 急いでショールを外して立ち上がり、彼女に差し出す。

「結構です。風邪をひいてしまいますから」

「それは君――」じゃなかった。「あんた(・・・)も」

 いや待て。ショールを返すのは悪役王子らしくない。

 だが、構わないか。俺はもう役は降りると決めたのだから。


「私はさきほどまで室内にいましたもの」と悪役令嬢が震えながら答える。

「そもそもなんで外に出てきたんだ」

 そう尋ねてから、己のマヌケさに気づいた。どうやら寒さで頭がうまく回っていないらしい。

 彼女が出てきたのは、きっと広間にいづらかったからだ。中では王太子とヒロインが仲睦まじくしているはずだ。恐らくふたりはハッピーエンドを迎えるだろう。そしてトルテリーゼは婚約を破棄される。


「あ……と。すわるか? どうせこんなところには誰も来ない」

 彼女はしばらく考えていたけれど、やがて黙ってうなずいた。


 凍てついたベンチに並んですわる。間は少しあけてあるけれど、ショールは伸ばしてそれぞれの肩にかけてある。たとえ布切れだろうとも、誰かと繋がっているのは初めでじゃないだろうか。


 それが悪役令嬢トルテリーゼだとしても、嬉しいような気恥ずかしいような不思議な気分になる。

 彼女もヒロインが現れるまでは、困った令嬢ではなかった。少しばかり気が強く、おおいにプライドの高い性格ではあったけれど、高位貴族の令嬢はたいていそんなものなのだ。

 それに彼女は俺に意地悪をしたことは一度もなかったし、顔を合わせればきちんと挨拶をする稀有な貴族でもあった。


 今の彼女はヒロインに意地悪な言動をしているけれど、婚約者が心を移さなければそんなことはしなかっただろう。悪いのは王太子とヒロインだ。


「ギルベルト殿下」

 トルテリーゼに名前を呼ばれ、ただそれだけのことに、心臓が跳ね上がった。どうやら俺は緊張しているらしい。誰かと私的な会話をしたこともなければ、こんな近距離にいたこともないのだから、当然と言えば当然だ。


 咳ばらいをしてから、

「なんだ」と尋ねる。

「誤解をしていらっしゃるかもしれないので伝えておきます。今夜はクリストフ殿下に広間を追い出されたわけではありません」

「いや、それは考えていなかった」


 待て。『今夜は(・・・)』だって?


「追い出されたことがあるのか?」

 トルテリーゼを見ると、暗い中でもわかるほどはっきりと顔が赤くなった。

「失言しました。忘れてください」

「……わかった」


 俺は悪役王子だけれど、ヒロインやトルテリーゼに起こっていることを全部知っているわけじゃない。ゲーム展開以外にもあれこれあるし、嫌われ者の俺は自分で見ていないことを知る手段がないからだ。

 それにしても、王太子は婚約者にそんなことまでしているのか。最低過ぎる。


 しかし、ここはどう声をかければいいんだ。

 悪役王子の路線から外れずに、彼女を励ませるような一言を考える。

『あんなクソ王太子なぞ見限ってしまえ』と言えれば簡単なのだが、それでは悪役令嬢の味方になってしまって、ゲームから逸脱してしまう。


「相変わらずクリストフは傲慢だな。あれで王太子というのだから、この国に未来はないな。凋落する前に俺は早く城を出たいぜ」


 結局いつもどおりに、遠まわしに王太子から離れることを勧めるにとどまった。

 ちなみに俺は、城を出る予定はない。いらない王子に縁談は来ないし、王は俺を独立させる気がないからだ。

 俺は爵位も土地も金もなにももらえず、一生飼い殺しにされる運命だ。といってもそれももうすぐ終わるんだが。


「婚約は解消します」

「――へ?」

 聞こえた言葉を理解するのに時間がかかったうえに、おかしな声が出た。

「今、婚約を解消すると言ったのか」

 トルテリーゼが赤い顔を俺に向ける。


「はい。夜会前に父が陛下にお伝えしているはずです。ただ、ふたりともまだ姿を見せていないので、話し合いが難航しているのかもしれません」

「どうして!」

 だってまだゲームは中盤だ。こんな展開はありえない。

 それにトルテリーゼは、持ち前の冷静さを失いヒロインをいじめてしまうほどに王太子を愛していたはずだ。


「『どうして』って」

 トルテリーゼが可愛らしくはにかみ、またも俺の心臓が跳ねた。

「もちろん目が覚めたからです。一歩引いて見ればクリストフ殿下は、ひとの気持ちを推し量らず、常識と礼儀を無視し、地位に見合った行動もできない、残念なひとでした。ギルベルト殿下のおっしゃったとおりに」

「俺?」

「ええ。ギルベルト殿下はクリストフ殿下を悪しざまにののしっているようで、その実、真実を悪意があるように装いながら口にしていただけですよね?」


 ――正解だ。いくら悪役王子だからといって嘘をつくことは嫌だったし、王太子の欠点をトルテリーゼやヒロインに気づいてもらいたい気持ちもあった。だからそのようにしていたのだが。

まさか王太子を盲目的に愛しているトルテリーゼにきちんと伝わっているとは思わなかった。


「私たちの婚約は政治的なものだというのに、クリストフ殿下は好き勝手に振る舞い私を邪険にしてばかり。父はずっと腹に据えかねていたのです。だけど私が彼に固執していたから我慢してくれていたのですが――」

「き……あんたが見限ったから公爵もまた見限ったということか」

「ええ」


 今の王家は政治的にも経済的にも対外的にも、力が弱い。対してトルテリーゼのフォクト公爵家はそのすべてに力を持っている上に、隣国の王族とのつながりも王家より強いのだ。


 王太子はそのへんの事情をすべてわかった上で浮気をしている大バカ者だ。だがゲームではトルテリーゼを断罪しても大団円を迎えているから、うまくやれる方策があるのだろう。


「それでもしよければなのですが、ギルベルト殿下」とトルテリーゼが俺の目をまっすぐに見る。「私と婚約していただけないでしょうか」

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