放課後
「カケルは本当にあの時、初めて魔法を見たの?」
授業前の小さな雑談で星見さんはそんな言葉を零した。
僕はその言葉に疑問を覚えた。魔法なんて存在は知っていたが、今はほぼ見かけることは珍しいはずだ。魔法は旧時代に使われていた機械に変わる手段。効率化された現代において、使われることはほとんど無いと言っても過言ではない。
「うん、初めて見たよ」
「……そうなんだ」
「どうしたの?突然」
「いや、そういう人もいるんだなって」
そう言って彼女は机の中から教材を引っ張り出して、前を向くように促す。
「授業始まるよ」
授業中、悶々とした感情が胸の中を支配した。どうして彼女はそんな問いを僕に問いかけてきたのだろうか。
確かに、魔法っていうのは前時代的な技術であり、今はもう習い事の一種として数えられるものだ。それも魔法使いが今まで学んできたものを無駄にしないために、小さい継承の糸を残すための最終手段として現代に残っているもの。もうそんなものに誰も見向きもしないし、就職にも役立たない。少し変わった子が習うくらいのものだった。
僕はその時まで、彼女もその少し変わった子として見ていた。
「俺が思うに脈ありだぞ、お前」
お昼休みの食堂でタイヨウはそれを平然と僕に対して言った。
「は?タイヨウ、何言ってるの?」
「いや、正直な感想を言っただけだ。この数ヶ月、お前とミラちゃんの関係を見て、確信した。ミラちゃんはお前に惚れてる」
カレーうどんを啜りながらタイヨウは「これは絶対にそうだ」と言わんばかりの顔をしていた。
一体どうしてそう思ったのだろう。星見さんはクラスの中でも目立つ立ち位置にいる。委員長に真っ先に立候補し、男女分け隔てなく会話をする。先生達からの信頼も厚く、いわゆる完璧と言っても相違ない。僕と彼女で特別な関係があるとすれば、あの入学式の出会いしかない。
「なんだよ、嬉しくないのか?」
「いやよくわからないんだよ」
それが僕の正直な思いだった。確かに脈があると言われたら嬉しい、ワンチャンあるかもしれないという淡い思いを持てる。だが、同時に違和感があった。
彼女はそれ以上の何かを持っている。
そしてそれが彼女の中で最も大きくて、最も邪魔している。そんな違和感を。
「ていうか、どうしてそんな風に思ったんだと、タイヨウ」
それは純粋な疑問だった。
僕らはよく話す方ではあると自覚しているが、特別な関係には見えないと思う。他愛ない会話をして、他愛ない関係を続けている。想いを寄せている僕が言うのもあれだが、友達以上恋人未満という関係というのが正しい評価であろう。
「簡単だよ」
「簡単?」
タイヨウは自信満々な顔をして言う。
「ミラちゃんはお前の前でしかしない顔をする」
「は?」
説得力に欠ける答えが返ってきた。
僕の前でしかしない顔?意味がわからない。星見さんはよく笑うし、よく悲しむ。良くも悪くも顔に出やすいタイプの人間のように思う。そんな彼女が僕の前でしか見せない顔?ありえない。
「なんでそんな自信無さげなんだよ」
「いやだって……はぁ……お前って結構鈍感なんだな」
めちゃくちゃに呆れるタイヨウ。でも実際意味が分からないのだ。彼女の顔は毎日見ているし、様々な表情もここ何か月か見てきた。その上で分からないのだからしょうがないだろう。
「まあ、いいや。そういえば知ってるか?文化祭の逸話」
「逸話?」
タイヨウがまた突然として別の話題を持ち上げる。彼はいつもこうして話していた話とは別の話題へと持っていくのだ。
「ああ、後夜祭のキャンプファイヤー。その時に告白すると恋は成就するっていう」
前言撤回。全く話の続きだった。
「僕に告白しろって?」
単刀直入にタイヨウに聞き返す。
「ああ、絶対に成功するね。俺が保証する。ていうか、お前以外は成功しない」
……。そこまで言われると僕も少し自信が出てくる。彼女、星見さんは僕に気があるんじゃないかっていう自信が。
だから僕は聞いてしまった。タイヨウに。これからすべきことを。
「それで、それまでに僕は何をすればいいの?」
計画は単純だった。文化祭の日まで、星見さんと一緒に行動をするということのみ、それだけだった。
とにかく彼女と一緒に活動をし、とにかく彼女の支えになれということだけがタイヨウの指示だった。
そのおかげで僕はとてもめんどくさい役回りをやらされることになるのだが。
「それじゃ、実行委員は天音くんでよろしいでしょうか?」
学級委員長である星見さんがクラス中のみんなに問いかける。返事はもちろん無い。
「それじゃあ、カケル。大変だけどよろしくね?」
「う、うん。まかせて」
当然の如く文化祭の委員に任されるのだ。
毎年、先輩から言われること。そして、前年に経験したことでわかることがある。
――文化祭の委員は奴隷
それはこの星辰高校の共通言語であった。「文化祭はキツイ」「実行委員はめんどくさい」それがこの高校の文化であった。それは実際に言う通りにしない生徒が多く、そしてスケジュール通りに動かないという事実からなる言葉なのだが。
「それ以上に言葉に乗せられた気がする!」
「いやいや、気のせい気のせい。本当にその気に乗せるんだったら別の言葉用意したって。カケルが勝手に調子乗っただけだって」
「え、うそ」
それはそれで僕がバカみたいであった。
「でも、まあミラちゃんと一緒に活動できるんでしょ?結果オーライってやつだよ。これを機にもっと距離狭めて彼女の心をゲットしちゃいなよ」
「でも」
それはそれでおかしいと思った。高校2年になる日のこと。タイヨウも星見さんに気があると思っていた。実際、春休み前にはクラスの垣根を超えて遊びに誘う行動力も見せていたのに。
「俺は別に何も思ってねえよ。その時の俺の心に従うまでだ。今は、お前のことを応援したいっていう気持ちがあるだけだ」
タイヨウはそう言って、僕の目を真っすぐに見つめた。その目に、偽りの心は無いように思える。
「……信じていいのか?」
タイヨウは何も言わずにこくりと頷く。
「……わかった。やるだけやってみるよ」
奴隷という言葉は全くの比喩では無かった。この言葉をつけた人間は本当にクラスに飼い殺されたのだろう。
「ぜんっぜん終わらない」
毎日のホームルーム後に行われるクラスを上げた議論は全くと言っていいほど進んでいなかった。その理由も当然で、いつもだったら家路や部活に向かう時間であったはずなのに、まだ教室に残されている鬱憤から、真面目に議論してくれる人は少なかった。
確かにまだ文化祭まで2か月ある。実感が無いのだ。祭りの雰囲気というのは、やはり外観があってこそなのだろう。まだ飾り付けされていない校内にいても、そんな気は起きてこない。
「はぁぁ……」
それでも議論しなければならない。こうしてダラダラとしてる間にも本番は近づくのだ。だから無理矢理にでも話を進めていったのだが。
「喫茶店に演劇、お化け屋敷になんだこれ遊園地?学校でできるかよ!」
クラスメイト全員に配った紙に書かせた案は、ほとんどが空欄。案があっても、どれもこれも意見は一致しない。
机に広げた紙を束にして、ファイルにしまう。ふと、教室の窓から空を見た。もう空は赤みを帯びて、少しずつ夜の闇が見えていた。
「今日も進展無し……と」
そして、この文化祭委員が一番学校に残らされる。リーダーではない、本当に奴隷なのだ。これで少しはみんなに聞く耳があれば、負担が減るというのに、奴隷という言葉が残ったからには例年こうなのだろう。
立ち上がり、教室から出ようとした時、扉がガララと開かれた音がした。
「あれ、もう帰り?」
「星見さん」
彼女の手には大量の資料が持たされていた。そういえば、彼女も学級委員の集まりがあったとかなんとか。
「星見さんもそろそろ帰るの?」
「あー、帰りたいのは山々なんだけど。どうしてもまだ作業残ってて」
「作業?」
「うん、文化祭の話をまとめないと。毎週、生徒会に報告しなきゃいけないんだ」
「え?」
知らなかった。学級委員と文化祭委員。同じリーダーであることには変わりないが、仕事は別だと思っていた。けど、学級委員は文化祭にも関わっていた。そして、そのしわ寄せが彼女にいっていた。
僕はそれを知らないまでも、毎日見切りをつけて「明日頑張ろう」と思って帰っていた。そして、僕が帰った後で彼女は学校に残り続け、進んでいない文化祭の話をまとめていた。
自然と手に力が入り、拳を握っていた。
悔しい。カッコ悪い。そんな感情が僕の中で渦巻いた。
僕がちゃんと話を進めて、ちゃんと仕事を済ませられていたら、彼女の負担が減ったのに。僕がちゃんとクラスをまとめていたら。
「それじゃ、お疲れカケル、また明日」
星見さんは笑って僕の横を通り過ぎる。まるで当然のように。
「やっぱもう少し残るよ」
「え?」
「意見まとめきれてないんだ」
その日から、僕は少し長く学校に残るようになった。
「話、進んできたね」
赤く照らされた星見さんの顔が笑った。
「うん、おかげでなんとか他のクラスに後れを取らないで済みそう」
グッと背伸びをした。ここの所、ずっと座りっぱなしで肩がこっている。
あの日から僕は学校に残るようになった。そして、無理矢理でも話を進めるようにした。
まず、集めた意見の中から実行できそうな案をあらかじめ選定して、翌日のホームルームで多数決を取った。結果は過半数を超えた演劇になった。それから話はトントン拍子で進むようになった。
まず何をやるか。誰がどの役をやるか。誰が舞台裏のスタッフをやるか。衣装スタッフは誰が。それらがどんどん決まっていった。
「私も一安心だよ。ちょっと前まで生徒会長に怖い顔されてたんだもん」
「やっぱり?ごめん……」
「いやいやいや、カケルは悪くないよ。それよりも、漠然とした空気を変えてくれたんだから褒められるべきだよ」
そう言って星見さんは笑いかけてくれた。
学校に長く残るようになってから、良かった事2つ目。それは星見さんと話す時間が増えた。いつも軽い会話をしてはいたが、こうして向き合って、話すことは無かった。
話す内容はほとんどが文化祭について。けど、たまに話が脱線することもあった。そこから見えてきたのは、僕の知らない星見さんだった。
「え?星見さんって泳げないの?」
「泳げないっていうか、水が怖いっていうか…?」
「へー、意外。運動全般そつなくこなしてる印象だった」
「いやいや、私って元々何もできないだけ。勉強してるだけだよ。水泳は……その勉強じゃどうにもならないっていうか」
「勉強ねー、成績もいいし」
「勉強は好き。やれば結果として現れるから」
星見さんは笑う。
「帰ってから普段何してるの?」
「えっと勉強して…それから…」
一瞬、彼女の顔は暗くなり、また笑った。
「勉強しかしてないや!」
嘘なのはわかっていた。けれど、それを問いかけると彼女は暗い顔になる。僕は彼女の魔法について一切話をしない。なんとなく、雰囲気からそれを禁句なんだと理解していた。
「そうなんだ」
そして、同時に彼女は本当に努力してきたんだろうと思った。
ふと、彼女のカバンの中身が見えた時。そこには女子高生らしいものなんて一切入ってなかった。教材とあの入学式の時に使った青と黄色の石。そして大量の絆創膏と軟膏だけだった。
よく彼女の手を見ると、所々傷があった。彼女の魔法がどういうものなのかわからない。けど、全て魔法でできた傷なんだというのはわかった。
それを彼女は言わない。言いたくないのだろう。だから、僕も聞かないことにした。
「そういえばさ、話変わるけど、明日の体育って……」
彼女が吐き出したくなった時、僕がその受け皿になれたらいいな。
「カケルは聞いてこないんだね」
それはもう文化祭が間近に迫った放課後のことだった。
「何を?」
「魔法」
「あー……」
もう夕日は落ち、蛍光灯は教室と僕ら2人を白く照らしていた。
「カケルのそういう所がさ、好きなんだ」
「すっ!?」
好き!?これってどうなんだ。告白なのか?いや、早まっちゃいけない。友達としての好きなんて全然あり得る。というか、そっちの方が有力だ。
「そ、それは友達として…?」
「さあね?」
星見さんは笑って首を傾げた。
その反応はずるい。どっちとも取れる解答はすごく、そのすごいずるい。
「カケル」
星見さんは背を向けて言った。
「文化祭、成功させようね」
そして文化祭が迫った1週間前から彼女は学校へ来なくなった。