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ふたご座の魔法使いは宙を駆る  作者: ラーメンカレーセット
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スマホに増えた名前

 その名前を見た時、私は嬉しくてその場で飛び上がりそうになった。そして、教室の黒板を見て、踊り出しそうになった。

 彼の名前がそこにあった。


 天音カケル。


 私の大切な人の名前がそこにあった。

「カケル……」

 今までは挨拶しかできなかった。あの入学式以来、妙に緊張してろくに言葉が出てこなかったせいだ。毎日、何か話そうと思って話題を考えて、学校に行って、彼と顔を合わせた時、その用意していたもの全てが泡となって消える。彼の顔を見た途端に、ヤケドするくらい顔が蒸気して、平静を保つので一杯一杯になってしまった。

 だが、今日からは違う。今日からはその挨拶の続きを話すチャンスがいくらでもある。これまでずっと話したかったことはたくさんあるのだ。その全てを話したい、もっとカケルを知りたい。これからはそれが叶う。それだけで、私は嬉しかったし、満足できた。

 そして、私は願うのだった。

「早く来ないかな」


 机に座る。空を見る。時折、通りかかるクラスメイトに挨拶をする。筆箱を置く。魔法の道具を確認する。また空を見る。もう何度繰り返しただろうか。そわそわと浮ついた心は落ち着くことはなかった。

 そうして何度も同じ行動を繰り返して10分した時、扉がガララと開いた。何度もその音を聞いては扉に目を向けた。入ってきたのは髪を金色に染めた男の子だった。髪を染めることに対して、口出しをしない学校とは言え、金色に染めた男は彼くらいだろう。名前は確か、タイヨウだったはず。春休み前、遊びに行かないかと誘われ、丁重にお断りした記憶がある。

「はぁ……」

 また違った。そう思って、今まで繰り返してきた行動に戻ろうとした時、目の端にその姿が映った。

 少し長い黒い髪。背は私よりほんの少し高くて、自信が無さそうな顔をした男の子。

「あっ……」

 カケルだった。

 ゆっくりと彼の方へと目を向けた。自然と目が合った。私は嬉しくて、溢れる感情を必死に抑えた。そのため、彼に向けた笑顔はどこか不自然なものになった気がした。変に見られていないか心配だった。今すぐ自分の顔を確認したかった。

 カツカツと彼はこちらへと向かってくる。一歩、また一歩。着実に少しずつ近寄ってきた。その度に、私の鼓動が高鳴った。心臓は痛いくらいに胸を打ち、周りに音が聞こえるんじゃないかというくらいうるさかった。

 そうして彼が私の目の前までやってきた。

 すぐに何か言わないと、そう思っても言葉が出てこなかった。いつものように言葉が喉に詰まり、言うべきことが出てこない。だから、また同じ言葉を発してしまった。

「おはよう、カケル」

「お、おはよう星見さん」

 そう言って、カケルは少し目を背ける。それが彼の癖だった。いつもどこか恥ずかしがって目を合わせてくれなかった。でも、それがどこか可愛くて私は好きだった。

 変わらない彼だった。それが嬉しくて、安心した。だからなのか、次に出る言葉はすんなりと喉を通った。

「席、黒板に書いてあるよ」

 彼は言われるがまま黒板を確認する。それを見て、私は少し二ヤつく。彼は驚く。

「私の後ろなんだけどね」

 会話をする。彼はパーッと笑顔になる。

「今日からよろしく、カケル」

 私は笑う。彼も笑う。

 そんな他愛のない幸せがホームルーム開始を告げる鐘の音が響くまで続いた。


 毎日が誕生日のように幸せだった。しかし、人というのはその幸福の中に身を置き続けると、その先を求めてしまう生き物のようで。私は更に関係を進めたいと思うようになった。

 ここ2週間の間、毎日会話した。そしてそこからわかった事が一つあった。

「奥手すぎる」

 それが私のカケル総評だった。

「あんたもね……」

 だが、それを聞いた私の友人ユウは呆れながらそう答えた。

「私?」

「そ、あんたも奥手すぎるよ。はたから見てたら煩わしいったらありゃしない」

 ユウはその短い茶色い髪を揺らしながら、やれやれと首を振る。そして、私の弁当の中にあるおかずの唐揚げを一つ取り、口に頬張る。

「あ!」

「これは勉強代よ、ミラ。これからあたしが教えることのね」

「教えること?」

 ユウは唐揚げを飲み込んでから、机に置いてあった私のスマホを手に取った。

「あんた、連絡先知ってるの?」

「え?」

 なんだ、そのことか。そりゃもちろん答えは一つだった。

「知らない」

「はぁ……」

 ユウはそれを聞いて、大きなため息を吐いた。まあ、その反応自体は予測していた通りではあったが。

「このSNSがめちゃくちゃある時代、そして高校2年という最も盛んにそれを扱う年齢で、連絡先一つ知らない。そんなことありえる?友達のフォロワーひっくるめて全員が友達みたいな時代で?」

「そ、それは……」

 またため息が一つ聞こえた。この数分の間にどれだけユウを失望させたのだろう。

「わかった」

 そう言って、ユウは私のスマホのロック画面を突き付けてきた。私はその意味がわからず、頭を傾げて1秒。その行動の理由がわかった。

「あ、ちょ!」

「顔認証は便利だねえ」

 ユウは慣れた手つきでスマホをいじる。そして数秒経って、また彼女は失望した顔をしてみせた。

「ミラ……あんた、普段なにしてるの……」

「普段って?」

「学校終わった後とか」

「学校?終わったら帰って勉強してるけど」

 魔法の勉強が主だが。

「それ以外は?帰り道ってあんた街通るでしょ。寄り道は?」

「え?寄り道なんてしないよ、お金無いし、する必要もないし」

「はぁぁぁぁぁ……」

 過去一のため息がユウの口から零れた。それほど失望させたのだろうか。

「女子高生が寄り道一つしないなんて、いつの時代よ……」

「ご、ごめん」

「ま、このスマホ見ればそうか…まさかSNSがLIMEしか無くて、しかも連絡先も僅か5件。それも母親と親戚、そしてあたしだけ。まあ、今までグループに誘わなかったあたしが悪いんだけどさ……」

「ぐ、グループ?」

 聞きなれない単語に私は問い返してしまった。だが、今度のユウは失望するわけでもなく、同情するような哀れみの目を向けてきた。

「わかった。質問を変えるよ。ミラ、好きな果物は?」

「え?何急に」

「いいから」

 ユウは急かすように手を煽る。

「えっと、ブルーベリー」

 それを聞いたユウは、私のスマホで何か入力しているようだった。

「はいはい。次、好きな数字3つか4つ」

「何やってるの…?」

「占い」

「占い?」

 自分でも言うのもあれだが、占いなんて到底信じられるものではない。魔法を介した占いは的中率が低く、魔法を介していない占いなんてほぼ統計学だ。だから、そんな果物や数字なんかで私の事なんてわかるわけがない。

 そんなのは頭では理解しているつもりだったが、私は今助けが欲しかった。話の流れから予測するに、ユウが今やってるのは確実に恋愛関係の占いだ。ならば、少しでもプラスになるような答えがあれば。そう思って答えることにした。

「えっと、1と2と5かな」

「それじゃあ、最後の質問ね。えーっと何でもいいな。じゃあ好きな飲み物」

「今何でもいいって言わなかった?」

「言ってない言ってない」

 あ、怪しい。確実に怪しい。占いで何でもいいが通用するはずがない。これは確実に何か企んでいる。

「早く」

 だが、ここまで来たら彼女の戦略に乗ってみるしかない。そして何か悪いことをしていれば怒ればいいし、何より彼女を信頼している。よっぽどの事はしていないという確信があった。

「ラムネ」

「ラムネ、ねえ……っと完了」

 素早くスマホを操作したユウ。私は彼女の口から出る言葉を待った。

「へー、ほー。なるほどねー」

「え?何々?」

 本当に占いをしていた?そんな風を思わせる言葉がユウの口から出た。

「み、見せてよ」

「いいよ」

 はい、と私のスマホを画面を隠すように手渡された。私は恐る恐るそのスマホをひっくり返して見る。と、そこにあったのは当然ともいうべきか占い結果を表示したものではなく。

「え……え!?」

 白いUIに写真。そしてその写真に対しての文字列。そう、あのカメラアイコンのSNSアプリの画面だった。

「アカウント作っておいたから。パスワードはblueberry125。ユーザー名はmiramune。それともう一つ」

「な、何?」

「あいつの事もフォローしておいた」

 そう言ってユウは顔を教室の入口の方へと顔を見やった。そこには食堂から帰ってきたであろうカケルの姿があった。

「彼のアカウント名はama_oto、っていうかあたしと彼のアカウントしかフォローしてないしわかるか」

 人間、色々起こりすぎると頭がパンクするようだ。そして、パンクするとまるで電池が切れたロボットのように固まるというのを私はこの日自分の身を持って知った。

「おーい、ミラ?」

 ユウが私を呼びかけてようやく自分が固まっていたことに気づいた。

「ユ、ユウ!一体何して!」

「いやいや、そんなこと今はどうでもいいから。それ、見なよ」

 そう言ってユウは私のスマホを指差した。

 そこに示されていたのは、あのama_otoというアカウントからのメッセージ。

「えっと、誰ですか?」

 私はそんな一文に何故か喜びを感じていた。

「ほら、返事しないと」

「え?あ、うん」

 震える指でスマホのキーボードを入力する。今までろくにチャットをしてこなかったせいか、はたまた緊張しているだけなのか、その指使いは覚束なかった。

 そうして苦労して私は短い返事を書き終えた。

「星見ミラです」

 その返事を送った途端、後ろの方で椅子から誰かが転げ落ちる音がした。驚いて音のした方を見ると、転んだ人物は今私のメッセ―ジを送った相手だった。

「だ、大丈夫!?」

 私は立ち上がり、カケルに手を伸ばした。

「だ、大丈夫。驚いただけだから…」

 カケルは手を振り、立ち上がった。

「でも、突然どうしたの?やってるなんて聞いたことなかったけど」

「えっと……それは」

 後ろを振り向く。そこにはニヤリと笑ったまま手を振るユウの姿があった。

「あー、旭さんね……」

 どうやらカケルも自体を把握したようだった。

「ごめんね、突然こんなことして」

 手を合わせ、カケルに謝る。

「いや、全然大丈夫だから。こう見えて頑丈だからさ」

 カケルはそう言って力こぶを見せるように腕を曲げた。だが、何度か体育で見た限りそんなにも筋肉があるようには思えなかった。

「本当に大丈夫?」

 心配になり、彼が打ったであろう頭に触れる。そして、患部であろう場所を擦ると少しばかり腫れあがっていた。

「ほ、星見さん!?」

「ほれ、こぶできてる……って、え?」

 気づいたらカケルの顔が目の前にあった。というか、彼の頭に触れたのも無意識の行動だった。

「あ、これは、その!」

 頭に手を置いたまま、顔が途端に熱くなる。

「はぁ」

 後ろでため息がまた聞こえた。

「ほら、ミラ。さっさと弁当しまいな」

 ユウが言うと同時に5時限目を告げる鐘の音が鳴った。

「ご、ごめんカケル」

 慌てて頭から手を離して席につく。今更ながら自分の心臓が高鳴っているのに気づく。恥ずかしさで隠れたくなる。

「……ふふっ」

 あの顔が頭にちらつく。あの至近距離にまで迫った困り顔。また心臓が高鳴った。けれど、これは心地良い。次は、次こそはあの距離で恥ずかしがらずに向き合いたい。素直にそう思えた。


 その日から私のスマホには新たな通知が来るようになった。毎日ではないが、少しずつだが、確実にその数は増えていった。

 毎日が彩られた。カケルや友人のユウのおかげで。だが、しかしそんな幸せが毎日続くなんてありえなかった。私にはそんな資格なんてなかった。


「お母さん?」


 文化祭が間近に迫った秋。もうすぐ冬に突入するという時期にそれは起きた。

 倒れた母の姿。辺り一面に飛び散る血。そして、母の下には血の池ができていた。

「よお、久し振りだなミラ」

 その日、私は思い出した。逃げ出していた事実から。どうしようもない運命から。その死神が待っていた。

「早く逃げた方がいいぜ?もう俺が通報済みだ」

「どうしてこんな事を」

「は?そりゃ今年で100年。あのクソジジイの言いつけ通りにしなきゃいけない決まりだからな」

「それなら私でしょう!」

「まだその日じゃない。ただお前んとこのババアがうるさかったから始末しただけだ」

 硬く握った手から血が溢れた。確かにお母さんは厳しかった、けどそれは死ぬ理由にはならない。

「ま、お前の生まれた家を呪うんだな」

 外からサイレンの音が鳴り響いた。その音は少しずつ家へと向かってきている。

 その男は音を聞き、窓へと駆け寄った。

「それじゃあ、また会おうミラ」

 そして男は窓から飛び降りて行った。

「待って!ユヅル!」

 急いで窓の下を見たが、そこにはもう誰もいなかった。

 そしてサイレンはもう家の前まで来ていた。

 チャイムが鳴らされる。

「星見さーん?いますか?」

 その声でひやりとした汗が背中を伝った。

 今ここで出ると明らかに私が犯人になってしまう。だが、ここで出なければ身の潔白が証明できなくなってしまう。

 警察はどちらを信じるだろうか。現場と私の証言。

 ドアがドンドンと叩かれる。その勢いは私が黙っているほどに強くなる。

 ドンドンドン、ドンドンドンと音は止まない。

 私は、その時お母さんが死んでしまった事実と一つの恐ろしい未来が頭を支配していた。

 それはこれから起こる星見家の問題でも私の未来でもない。私が真に恐れていたのは。

「カケル」

 彼ともう会えなくなるかもしれないという可能性だった。


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