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ふたご座の魔法使いは宙を駆る  作者: ラーメンカレーセット
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私はその日、全てを手に入れた

 朝、目覚めるといつも真っ先に彼の顔が浮かんだ。そして、今日は何を話そう。いや、今日も話せる機会があるといいな、そう思って朝の支度を始める。鏡の前に立ち、寝ぐせや目のクマが無いか入念にチェックをする。バッチリなのを確認して、食卓に立つ。戸棚にある食パンを2枚取り出して、トースターに放り込んでから私はスマホへ目を向ける。昨日の友達とのやり取り、そして珍しく彼とメッセージのやりとりをした痕跡を見て私は笑う。おかげで、いつも食べているトーストも一段と美味しく感じられた。

「ミラ、起きたのかい」

 だが、その美味しさもここまでだ。

「お母さん」

 お母さんは何も言わないで、食卓に向かい、自分の席に座る。私はそこへトーストとコーヒーを提供し、そのまま、私は何も話さずに向かいの席へと座る。

 しばし、無言でお互いに食事を進める。そして、ある程度お母さんのトーストが減っているのを確認すると、身体を強張させるのだ。

 お母さんが一口コーヒーを飲んだ。それが合図だ。

「ミラ、昨日の成果は?」

 朝の報告会。私の魔法の進捗を伝える時間。それが私の最も苦痛とする時間であり、最も逃げたい時間だった。

「進捗は……その……」

「はぁ、あなたはいつになったら継承を終えるのですか」

「ごめん……なさい……」

「もう高校2年、17歳なのですよ。星の魔法の一つや二つ継承を終えていなければ、お父さんが悔やまれます」

 始まったお母さんの小言。そして、引き合いに出すお父さんの話。お父さんが死んでから続く毎日の文句。私はそれを耐え忍ぶ。私は悔しさを隠す。私は怒りを抑える。ただ黙って、頭を下げる。

「もうすぐで3年生。そうなれば卒業なんてすぐにやってきます。高校を卒業すると貴方はこの星見の名を背負っていかなければならないのですよ」

「…はい」

「私ももう長くは無いのです、少しでも安心させてほしいものです」

「……はい」

「本当にわかっているのですか」

「……わかってます」

「はぁ」

 お母さんのため息が一つ部屋に響いた。それが終わりの合図。だが、今日は違った。

「高校生活にうつつを抜かし過ぎているのではないですか?」

「……え?」

 お母さんは黙って私のスマホを指さした。そのディスプレイには昨日から続いていた友達とのメッセージが流れてきていた。そして、その中には彼の名前もあった。

「友達を作るなとは言いません。けれど、貴方は星見一族なのです。わかっていますね?」

 わかっている、ここでできた友達なんてこの先、関わることはない。関われない。彼も、カケルの事も高校までだ。でも、それを今否定したくない。それを認めたくない。

 けれど、私は弱かった。

「……わかってます」

 口から出た言葉はお母さんを安心させる言葉。お母さんの味方の言葉。

「そうですか」

 そう言ってお母さんは立ち上がり、掛けてあった黒いコートを取った。

「いってきます」

「いってらっしゃい、お母さん」

 これが私の一日の始まり。これがふたご座の魔法使いの名を背負う女子高生、星見ミラの日常だった。



 私には魔法の才能が無かった。それは16歳になったばかりの私が一番理解していた。

 魔法の才能が無いというのは、別にこの世界ではありきたりで、特別なんかじゃなかった。教科書通りに学んで、教科書通りに数式を解こうとしても解けない人がいるように、魔法も学んだように行使しようとしてもできない人がいる。それが私だった。

 別に才能が無いなら無いで、魔法を諦めればいい。現代における魔法というのは、ただの習い事に近いのだから。辞めたい時に辞める、それで良かった。

 けれど、私は違った。私は星見の一族に生まれてしまった。私は生まれた時から呪われていた。


 星見の一族に伝わる魔法。それは星の魔法と呼ばれるものだった。門外不出であり、継承は自分の子のみ。婚約相手も親が決めた優秀な魔法使いだけ。そんな古臭いしきたりのある家だった。

 だから才能が無い、それだけで魔法を辞めることなんて許されなかった。個人の意思はそこに介入できなかった。ただあるのは家の思想のみ。ただ、その血を、魔法を継承しろという定めだけだった。

 そんな中で私は幼い頃から魔法を教えられた。だけど、すぐにお父さんとお母さんは察した。私には才能が全く無いということに。そこでお父さんとお母さんは次の手段に打って出た。それがもう1人子どもを授かるというものだった。

 けれど、お母さんは子どもを授からなかった。私を産んで以来、全く音沙汰が無かった。おかげで、才能の無い私にしか継承させるしかなく、いつも厳しい授業を課されていた。けれど、そんな状況でも私は魔法を学ぶのが楽しかった。そう、あの時までは。

 不運は終わらない。中学に上がったタイミングでお父さんが病で他界した。私はいつもお父さんから魔法を学んでいた。というのも、この家で星の魔法を継承していたのはお父さんだけであったからだ。門外不出はお母さんにも適応されていた。おかげで、その日から私は独学するしか無くなった。


 わけのわからない魔法を毎日頭に詰め込んだ。どれが初級でどれが上級かもわからない魔法を毎日実践した。毎日失敗して、毎日私はお母さんから怒られた。毎日泣きたくなる気持ちを押し殺して、必死にやった。毎日毎日毎日、私なりに頑張った。

 そうしてようやく一つ、探し物を見つける占いに近い星の魔法を会得した。私はそれが嬉しくて、涙が出た。これでお母さんを安心させられると思った。

 すぐに階段を駆け下りて、お母さんに魔法を披露した。けれど、帰ってきた答えは残酷だった。

「それはお父さんの魔法、ふたご座の魔法ではないですよね」

 そう、これはお父さんの魔法なんかじゃない。ふたご座の魔法なんかじゃない。星の魔法の基礎だった。発展じゃない。

 そんなものわかっていた。けれど、ようやく一歩を踏み出せたのだ。それを認めて欲しかった。ただ褒めて欲しかった。

「そう……です……」

 その日から探し物の魔法も上手くできなくなった。ようやく進んだ一歩を私は、戻してしまった。


 おかげで中学校の私はとても暗い少女だった。学校にいても、家にいても魔法の事で頭が一杯で心が休まる時は無かった。それが漏れ出ていたせいで私に友達なんて1人もいなかった。誰も、私に関わろうとはしなかった。


 友達が欲しかった。


 それがあの時、私の唯一の願いだった。もう逃げることもできないなら、せめて家を一瞬忘れられる存在が欲しかった。

 だから私はわざわざ家から遠い学校を選んだ。最寄り駅から何回も乗り継いでいった先の学校。片道1時間半かかる誰も私を知らない土地を選んだ。

 そこで友達を作ろう。そこで明るく過ごそう。そこで家を忘れようと思った。


 あの日、私は運命の出会いをした。

「初めて見た。凄かった、感動した。き、君は凄い魔法使いだよ!」

 最近切ったばかりであろう短い黒髪。私よりも数センチ背が高い同級生。魔法のまの字も知らない男の子。

 私はそんな人に出会った。私はそんな人に救われた。たった一言で。

 言ってほしかった言葉を初めて聞けた。聞きたかった答えを望んだ世界で聞けた。たった一日で、まだ入学式が始まっていないっていうのに、私は全てを手に入れてしまった。

 零れそうになる涙を必死にこらえる。ここで泣いてしまったらみっともない。彼は感動してくれたのだ。感謝してくれたのだ。ここは胸を張らなければ。彼にカッコイイ所を見せなければ。

「星見ミラ」

 知りたい。他の誰でもない貴方の名前を。

「え?」

「私の名前。貴方の名前は?」

 彼は緊張した面持ちをしていた。その顔がどこか可愛らしかった。

「カケル。天音カケル」

 カケル。それが彼の名前。ぴったりだ。君の名前にぴったりだ。

 胸の中で彼の名前を反芻する。悟られないように、私だけに聞こえるように何度も何度も。

 そして、私は意を決して口を開いた。

「これからよろしく、カケル」


 私はその日、手に入れた。けれど、それは私が諦めていたもので、すっかり忘れていたもの。この胸が高まる感情。全てがきらめいて見える症状。私はその名前を知っている。私はその名前を覚えている。

「カケル」

 学校へ走りながら私は小声で名前を呼ぶ。当然、彼は気づかない。それをいいことに私は続ける。

「ありがとう」

 私はその日、恋をした。


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