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ふたご座の魔法使いは宙を駆る  作者: ラーメンカレーセット
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僕は魔法使いと出会った

不定期更新です。週1更新できればいいな。

 今日もボーッと授業を聞く。その視線は当然、黒板には向いておらず下を見ることもあれば、窓を見ることもある。そして時折、視線は窓際の少女へと向いた。彼女の名前は、星見ミラ。魔法使いだ。

 だが、現代において魔法使いなんて、珍しいものではない。隣のクラスの男子にも魔法使いはいるし、なんなら生徒会長や今授業を担当している先生も魔法使いだ。だから、彼女は特別な存在なんかじゃない。そう、世間にとっては。僕にとっては、彼女は特別だった。



 あれは、入学式の時だった。父親に持っていけと言われた古い腕時計をどこかで落としてしまった。というのも、あまりにも古くそして何より現代を生きる男子高校生にとっては、とてもじゃないが、格好がつかない。だから、家から出てすぐ腕から外して、カバンに入れたのだが、登校中に落としてしまったのだ。

 別にその腕時計は自分にとっては大切な物ではなかったから、失くしても構わなかった。だが、それは僕の所有物であった場合の話だ。父の物を失くした事実に心を痛めた。その罪悪感は僕を苛め、焦らせた。校門前であたふたとみっともなく、カバンや制服を漁る姿はものの見事に間抜けで、通り過ぎる人には笑われた。

 顔が熱くなっていった。そして、同時に怒りも湧いてきた。いらない腕時計を持たせ、必要ない醜態を晒した事実は自暴自棄になる理由として十分だった。

 だが、現実は違う。僕は今15歳であり、数ヶ月後には16歳になる高校生なのだ。そんなことで駄々をこねる子どもではない。じっと怒りを抑え、考える。ここまでの道のりで落とした可能性のある場所を振り返る。バスの中だろうか、はたまたカバンに入れたタイミングだろうか。様々な憶測が頭をよぎるが、同時に理解する。

 今から取りに戻る時間なんてとっくに無いのだと。もう入学式が始まってしまう。今から取りに戻れば、確実に遅れるし、仮にバスに落としていれば、今日中には帰ってこないはずだ。それに何より、あのダサい腕時計をつけて入学式に出席すること自体最初から選択肢に無かった。

 だったら、もう素直に謝るしかなかった。そして、その事実が最も自分の心を痛めたのだった。父さんがくれた腕時計を失くした、その事実を伝える。何を言われるかわからないし、怖かった。だが、何よりもそれを伝えて悲しむ父さんの顔を考えると余計心が苦しくなった。

 気づいたら、あの醜態はなく、ただ僕は呆然とそこに立っていた。今から高校生活が始まるというタイミングで、僕はただ悲しい事実が胸いっぱいに広がっていた。

 その時だった。彼女が僕に声をかけてきたのは。

「ねえ、どうしたの?」

 声に驚き、振り向いた。その声の主である少女は、僕と同じ青色のネクタイをしていた。つまり、僕の同級生。同じ新入生だった。髪は夜のように黒く、腰まで美しく伸びていた。顔も、これまで見たことない程に整っていた。まるで大人のような余裕のある顔だが、どこか幼さもある少女だった。

 そんな子に声をかけられた僕は、当然緊張してしまった。そして思考も停止した。ここまで考えていた罪悪感なんてものは一瞬にして吹っ切れてしまった。戻ってきた思考は、今何を言えばいいのか、それだけを考えていた。

「あ、え、えっと。と、時計落として」

 まるで初めて言葉を話した人間のような言葉が出た。少女は当然、首を傾げる。先ほどの醜態とは比べ物にならない程の恥ずかしさが全身を駆け巡った。

「えっと、もう一回言ってくれる?声小さくて」

 どうやら決死の思いで出た言葉はあまりにも小さかったらしい。その事実もまた恥ずかしさを加速させた。そして、その恥ずかしさが思考を上塗りして、残った伝えなければという思いが残った。そのせいで、僕はまた恥を恥で上塗りをする。

「時計!落としちゃって!!!」

 あまりにも大きい声が出た。それはもう学校へと向かう他の人が足を止めるほどの声量だった。

 周りからクスクスと笑い声が聞こえた。周りから痛い視線を感じた。

 だが、その少女は笑わなかった。その少女は真剣な面持ちだった。

「時計、落としたんだ。どこ?ていうかいつ気づいたの?」

 彼女は真剣に問題に取り組んでくれた。真剣に僕の言葉を聞いてくれた。だから、そんな反応を見て、自然と言葉が続きを紡いだ。

「き、気づいたのは今さっき。落とした場所は見当もつかない……」

「そうか、困ったな。ある程度絞れれば探せるかもしれなかったのに……」

「ご、ごめん」

 彼女には申し訳ないことをした。笑わずに聞いてくれたのに、無駄に時間を取らせてしまった。

 だが、彼女は違った。

「謝らないで。貴方が一番、辛いでしょ」

「えっ…?」

 初めて彼女と目が合った。その目はどこまでも吸い込まれそうな美しい黒い瞳だった。そして、僕は何故だかそんな彼女の目を見て、涙が溢れてきた。

 また周りから笑い声が聞こえた。でも、もう関係なかった。彼女がいるから。

 そして彼女は笑う。それは周りから見えるような笑い顔ではなく、ただ人を励ます笑顔。人の不安を取り除く笑顔。

「まだ時間はあるな。ついて来て!」

 彼女は袖をまくり、腕時計で時間を確認した後、僕の手首を掴んで走り出した。

「ど、どこに!?」

「人がいない場所!」

「えっ!?」


 そこは少し学校から離れた公園だった。確かに、今のこの時間は人通りが少ない。

「ここに何の用事が?」

「探し物、探すんでしょ?」

 そう言って、彼女はカバンから白い箱を取り出して、開けた。中身には大小様々な、そして青と黄色の石が入れ込まれていた。

 彼女はその中から青い石と黄色い石を1つずつ取り出して、地面に落とした。

「手、握って」

 彼女はそう言って手を差し伸ばしてくる。

「え?」

「早く!」

 僕は慌てて彼女の手を握った。

 彼女は手を握られたことを確認すると、目を瞑り、何かを呟き始めた。

「兄は妹を、妹は兄を求め歩く。それは双子の運命。それは双子の存在を示す」

 地面に落ちていた二つの石がゆっくりと浮かんできた。

「君、考えて。失くした時計のこと」

「考えるって……?」

「形とか色とか。後、思い出とか」

「思い出……」

 そんなものなんて、あの腕時計には無かった。いや、1つだけある。あれは家から出て行く時の記憶。


「おい、カケル」

 今日から高校生活。そんな思いで一杯の時に父さんは僕を呼び止めた。

「何、父さん」

 父さんとは昔からあまり話さなかった。それは別に嫌いだからとか、苦手とかそういう思いではなく、ただたんに父さんがあまり話したがらない人だったからだ。だから、自然と話さなくなった。それで別に問題なく、これまで過ごせてきたのだから困ったことはなかった。

 だから、その日父さんに呼び止められた時は正直驚いた。あの父さんが俺を呼び止めるだなんて。

 僕は玄関で靴を履いて、父さんを待った。奥から何やら物音がしたかと思えば、その手にはあの腕時計を持ってやってきた。

「これ、つけてけ」

「これを……?」

「ああ」

「どうして?」

「今日は、特別だからな」

「特別?」

 その時、父さんは珍しくニッコリと笑った。そして僕の左手を取り、その腕時計をつけた。

「似合ってる」

「父さん、これって」

「俺が昔使ってた」

 それだけ言って父さんは背を向けて、食卓へと戻っていった。

 かなり古い腕時計だった。だが、丁寧に扱われていたのだろう。全くボロボロではなく、ベルトである革も何度か取り替えているようだった。

 家の奥から声がした。

「気を付けて行ってこい」


 その時、浮かんでいた青い石が突然、僕のカバンへと向かって飛んで行った。そして激突するなり、そこで石は宙に浮いたまま止まってしまった。

「そこか」

 少女は目を開け、僕の手から離れていった。そして、ゆっくりと僕のカバンへと向かい、チャックを開け始めた。

「これでしょ?」

 彼女は笑いながら、古い腕時計を見せた。

「あっ、そ、それ」

 結局、腕時計はカバンの中にあった。それもただ奥底に行ってしまっただけという。

 彼女に迷惑をかけてしまった。その事実がとても恥ずかしい。だから、僕はすぐに謝ろうとしたが、彼女はそんな僕の気も知らずに大笑いをし始めた。

「あーっ良かった!」

 彼女はそう言って笑った。

「あ、あの」

「ん?」

「ありがとうございます」

 そう言ってくれた彼女に対していう言葉は謝罪なんかじゃない。誠意を込めて、感謝するのだ。それが、ここまで彼女がしてくれた事への正しい言葉なのだ。

「いいよ。困ったらお互い様でしょ。それに」

「それに?」

 苦笑いをして彼女は言った。

「上手くいくとは思ってなかった」

「でも……」

 成功したじゃないか。そう言おうとした。

「あ、もうこんな時間。急ご?」

 彼女は立ち上がり、カバンを持って駆けだした。

「待って!」

 その時、咄嗟に声が出た。その声に驚いて、彼女も立ち止まった。

「な、何?」

 風に髪を靡かれながら、彼女は振り向いた。

「き、君は」

「うん」

「魔法使いなの」

 風は彼女の髪をサクラを靡かせる。そして、彼女は答える。

「新米のね。珍しいものじゃないでしょ?」

 恥ずかしそうに彼女は言った。だが、それは恥ずかしがるものではない。誇るべきものだ。僕なんかの人間に魔法を使ってくれる偉大な人間なんだ。だから、今は緊張せず伝えよう。今は素直な言葉を紡ごう。

「初めて見た。凄かった、感動した。き、君は凄い魔法使いだよ!」

 彼女は答えない。だが、その顔は初めて見るものだった。それは幼い子どもが泣きそうで、でも大人として我慢するような顔。年相応の顔。

「星見ミラ」

「え?」

「私の名前。貴方の名前は?」

「カケル。天音カケル」

「これからよろしく、カケル」

 彼女は手を伸ばしてきた。今度は連れ去る手ではない。僕はその手を握り返した。

「よろしく、星見さん」

「もう」

 彼女はまた笑った。もうあの顔は消えていた。

「ミラでいいよ」

「えっ!?」

「あはは、カケル、緊張してる」

 その時だった。学校から大きな鐘の音が聞こえてきた。

 その音を聞き、お互いに腕時計を調べる。

「まっずい!初日から遅刻しちゃう!」

 彼女は駆ける。僕はその背中を追った。

 不安はどこかへ消えていた。罪悪感は風と共に流れた。

 走りながら僕はその古い腕時計を左腕につけた。父さんがつけてくれたように。

 足は軽い。まるでまた魔法をかけられたみたいに。

「急いでカケル!」

 僕は魔法使いと出会った。


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