白いドレスの願い
それからリックはもう来なくなり私の生活は元に戻った。
意味がないとは思ったが家庭教師との勉強も続いた。
私ももしかしたらリックのお嫁さんになれたかもしれない、そう思うだけで頑張れた。
もう訪れることがない未来だとしても。
もうすぐデビュタントの日が近づいている。
アンに呼ばれてアンの家に遊びに行った。メイドが部屋に通してくれる。
「はい。」
ノックするとアンから返事が聞こえた。
ドアを開けて中に入る。
「スーザン!」
アンが私を抱きしめた。アンは明るいキミドリ色のドレスを着ている。
アンは私の失恋を兄から聞き知ったようで、心配して今日は呼んでくれたのだ。
私はアンに抱きしめられながら部屋の隅でマネキンに白いドレスが飾ってあることに気付いた。
デビュタントのドレスだろう。
アンはあれを着て兄のエスコートでデビュタントに行くのだ。
私は悲しくなって目を逸らした。
「スーザン、今お茶を淹れるわ。」
私を解放するとアンが部屋を出て行った。
私はキミドリ色の椅子に座った。兄の目の色に似ている。
私の茶色のドレスは明るくて優しいキミドリ色の中で浮いている。
このキミドリ色の部屋に私は似合わないと思った。
私も本当は濃い青色が好きだった。リックの瞳の色だ。
「お待たせ」
アンがティーセットと白いクッキーを運んできた。
この白いお菓子は見たことがあった。兄が先日買ってきたものだ。
ふたりのデートで買ったんだなと思った。
私はまた悲しくなりクッキーから目を逸らした。
黙って紅茶を飲んだ。
「スーザン…ごめんね。お菓子取り替えるわ。」
さすが親友なだけあって言わずとも伝わってしまったようだ。
私は困らせないよう無理に笑顔を作った。
「大丈夫。兄のは妹たちが全部食べちゃったし!
食べたかったから嬉しいよ。」
クッキーに手を伸ばした。
チョコレートコーティングがされていて美味しい。
アンは兄のことがずっと好きだった。
初めて兄を好きだと言われた時からずっと応援していた。
兄とアンが鉢合わせられるようにこっそり作戦を立てたりもした。
そうしながらやはり私は胸が苦しかったのだ。
幼い頃から馬糞が飛んでくる私にはアンみたいに恋をすることはできなかった。
「こんな親友でごめんね。」
アンが言った。反射的に顔を上げるとアンの目は涙に濡れ、サラサラのストレートヘアーを揺らし俯いていた。
また私の気持ちが伝わってしまったようだ。
アンのすすり泣きを聞き涙がこみ上げてきた。
アンに甘えたくなる。
でも困らせないように私は首を振った。
「私が悪いの」
涙がぼろっとこぼれ落ちた。
「自分のことばっかり考えて…。
私の方こそこんな親友でごめんね。」
鼻の奥がツンと痛くなりそのままぼろぼろぼろぼろ涙がこぼれ落ちた。
アンが私の隣に来て私の手を握ってくれる。
結局、私はアンに甘えてしまった。
耐えられなくて私は大きな声を上げて泣いた。
アンは一緒に泣いてくれた。
この子が親友でよかった、私はそう思った。
「アン、ありがとう。」
ひとしきり泣いて私はアンが差し出してくれたハンカチで涙を拭った。
アンが心配そうに私を見つめている。
「もう大丈夫だよ。」
そう言うとアンは正面の席に戻った。
私たちは向かい合った自分たちの目と鼻が真っ赤で笑ってしまった。
「トナカイになった気分」
私が言うとアンはもっと笑った。
それから私たちは近況の話をした。
ルーシーがデビュタントのドレスを小さく作りて破っただとか、隣の家の猫が生まれたとか、庭の花が咲いたとか幅広い話をした。
久しぶりに私はたくさん笑った。
「アンはあそこのドレスを着るの?」
部屋の隅のドレスを指差すとアンは頷いた。
「うん。」
「素敵。」
白くてふんわりとしたドレスだ。
腰回りから布がたっぷりと使われていて踊ればスカートがふわふわ広がりそうだ。
「触ってもいい?」
「もちろん!」
私たちは立ち上がって優しくドレスに触れた。
さらりとした感触が気持ちよくてそのままドレスの腕の部分を手に取る。
袖口が一度広がり手首のところでキュッと締められていてかわいい。
遠くからだと分からなかったが所々キミドリ色の刺繍がしてあった。
刺繍は兄とアンの思い出の花だった。
これを刺繍しているアンの姿を想像して胸が少し切なくなった。
「スーザン」
アンに呼ばれて振り返る。
アンがもう一つマネキンを持っていてびっくりした。
アンのドレスとほぼ一緒だが刺繍のない真っ白なドレスだった。
「これスーザン用のドレス。一緒に作ったの。」
「そんな!もらえないよ!」
何より私はデビュタントには出ない。
「私デビュタントでないもん!」
「もらって! デビュタントじゃなくても一緒に着ようよ。
私、スーザンに本当に感謝してるの。」
一瞬戸惑ったが白いドレスに触れた。
アンのドレスと同じ感触がした。
「…ありがとう」
私はまた少し泣いた。
絶対に転けたり男性に当たったりしないよう気をつけながら家に帰って、真っ白なドレスを部屋で広げた。
嬉しいけど胸がぎゅうと締め付けられた。
デビュタントでは着れないけれど私はこれに刺繍をしようと思った。
裾を濃い青色の刺繍糸で刺繍しよう。
私の恋の思い出に。