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芸能人一家のパパは専業主夫  作者: 美心ある徳
1/1

パパ今までありがとう!これからは私が支えます。

      高慢ちきな梢


ダダダダダッ

2階から物凄い勢いで階段を駆け降りてくる音がする。

「パパッ!ご飯出来てる?」

「今から作るから座ってて」

「遅いよ!パパは家事しかしてないんだから、しっかり準備しといてよ」

 朝一から梢が大声で洋介を罵倒するが、洋介はどこ吹く顔と素知らぬ顔をしてトースターにパンを入れて目玉焼きを作り始めた。

「ママや私達に食べさせてもらってるんだから、しっかりしてよ」

 梢は言えるだけの文句を洋介に投げかけると、ダイニングテーブルの椅子に慌ただしく座り、化粧道具をテーブルに置き、メイクを始めた。化粧水を顔につけながら、リビングでスーツに着替える兄を見ることもなく話しかける。

「お兄ちゃん!今日の予定は?」

「今日はサンサンテレビのモーニングショーでドラマの番宣して、その後そのままドラマの撮影だよ」

 兄の大志も俳優なのだが、余り仕事が無く、今では国民的女優になりつつある梢の専属マネージャーの様になっていた。

「今日って何曜日だっけ?」

「水曜日」

「ヤッバ!今日はMC明石クンじゃん!なんで早く起こさなかったの?」

 初めて兄の方を向いて怒鳴りつける。

「もう今からじゃスタイリスト頼めないじゃん」

「そう言うと思って、佐倉さん頼んでおいたよ」

「はぁ?」

 とても女優とは思えない鬼の形相で大志を睨みつけた。

「あいつはダメって伝えたよね?」

「急だったから、佐倉さんしか空いてなかった」

「マジ使えねぇ」

 梢から深いため息が漏れる。今度はその矛先が父である洋介に向かった。

「お待たせ」

 洋介がプレートに御用達のパン屋『フレンチェ』のトーストと目玉焼き、粗挽きウインナーを載せて持ってきた。

「なんで目玉焼き半熟なの?私は硬めが好きっ知ってるでしょ?」

「急いでるみたいだったから・・・」

 梢は再度深いため息をついて席を立った。

「もういらないから!捨てといて。お兄ちゃん、佐倉でいいから車出して!早く!」

 こうして慌ただしく梢は家を出て行った。

(頑張れよ。梢)

 洋介は梢の残した朝ごはんを口に運びながら梢を応援した。


 


        佐倉が嫌いな理由

 

「女優の山本梢さん入られまーす」

テレビ局の裏口を顔パスで通ると、プロデューサーを始めADなど10名程が梢を出迎えた。まるで大名行列の様にスタッフを引き連れて控室に向かう。

その途中関係者とすれ違うのだが、全員が足を止めて深々とお辞儀をしてくるのに対して、少し顎を動かすだけで挨拶を交わす梢は傍から見ると傲慢そのものだが、業界人と関わりを持ちたくないと言う想いが本心だった。

 控室に入るとスタイリストの佐倉が既にスタンバイしており、嫌う梢を他所に喋りかけてきた。

「あらぁ、今日も梢ちゃん綺麗なんだから」

ニコニコと満面の笑みを浮かべながら肩を揉んでくる。

「触らないで貰えます?」

 ツンケンして佐倉を睨みつけるが、佐倉はお構いなしで続けてくる。

「あらぁ。朝だから機嫌が悪いの?」

 梢が佐倉を嫌いな理由はただ一つだった。この女は表ではニコニコ接してくるが、裏では梢の事をボロッカスに陰口を叩いていた。一度トイレの個室の中で佐倉が自分の事を化粧しなければ表に出られない『ドブス』やら性格が捻じ曲がった『性悪女』、ありもしないのに枕で仕事を取ってくる『股緩女』などとても聞くに堪えない言葉で罵られた。そして一番許せなかったのは、一度も仕事をした事がない癖に大志の事を『視聴率ブレイカー親の七光り』と勝手に渾名をつけて笑っていたからだった。

「無駄話はいいからサッサとメイクしてもらっていい?」

 梢は椅子にドサっと腰を落として携帯を見るフリをして下を向きながら上目で目の前にある鏡を確認すると、案の定眉間に皺を寄せながら梢を睨みつける佐倉がいた。

「急になってしまって、すみません」

 険悪なムードになるが、大志が佐倉に気を使い誤りを入れた。

(何で謝るの?こいつが裏でお兄ちゃんの事なんて言ってるのか知ってる?完全に馬鹿にしてたんだから)

「あらぁ大志君、そんなに謝らないで。今日もいい男ねぇ。早くあなたが主演をやる様になったら嬉しいのに」

 これは当然佐倉の本心ではない。

(お前が主演をやる様になったら、テレビドラマは終わるけどな。この下手くそが)

 心の声、こちらが佐倉の本心である。

「僕は主演の器じゃ無いですから。端役をやりながら梢のフォローをするのが僕の今の仕事ですよ」

 プライドのかけらを見せる事もなく、力無く笑う大志に俳優でも無いのに完全にマウントを取りながら梢のメイクを始めた。

「顔はいいのに勿体無いわね。私は好きよあのオーバーアクション」

 大志はドラマに出演する度に監督に大きなリアクションは要らないと指摘をされるぐらいのオーバーアクションと声の張りが凄く、叫ぶ演技の際は何を言ってるのか分からないので何度もテイクを繰り返していた。

(お前の声は耳障りなんだよ!)

「はい!出来上がり。今日も綺麗な梢ちゃんの出来上がり」

「終わったらサッサと出ていってもらえます?目障りなんで」



      まだまだ18歳


スタジオに入ると梢の隣にはMCであダンス&ボーカルグループ『Explorer』の明石が立っている。梢は無意識にさりげなく明石の匂いを嗅いでしまった。

(ヤバっメッチャいい匂いする)

 梢の推しメンはダンス担当の明石ではなく、ボーカリストで帰国子女のTAKAHUMIなのだが、Explorerと言うだけでテンションが上がってしまう。

国民的女優の階段を登り始めた梢だが、まだまだ一般人の10代と変わらなかった。

 番宣で出演したにも関わらず、番宣の事など上の空で明石の方ばかりを見ている梢にスタッフが紹介文を書いたカンペを大きく目立つ様に動かすが、そもそも梢の目には明石しか入ってこない。

 CMに入ると大志が寄ってきて注意をするが、尊大な梢に大志の言葉は入ってこない。

「煩うるさいって!私は私の好きな様にやるの!」

 大志の胸を押し退けてスタジオに戻っていった。


 収録が終わり、撮影の合間に食べ損ねた朝食を梢が食べていると、控え室の扉がノックされた。マネージャーの大志が確認に行くと相手は明石のマネージャーで、要件は初共演した梢への付け届けだった。

「明石さんからの付け届けだって」

 中身は何の変哲もない折り菓子で、大志は天下の紅白出場歌手にしてはショボいと思いながらも、まだまだ梢の芸能界での立ち位置はこんな物なんだろうと、少しでも梢が堪こたえてくれれば嬉しいと思いながら、折り菓子を手渡した。

 梢は折り菓子の中身を確認してすぐに蓋をしてしまった。

 この後大志はしっかりと折り菓子の中身を確認しなかった事を後悔する。


「お兄ちゃん、今日はここまでで良いよ」

「えっ⁉︎」

「いつも私と一緒だと疲れるでしょ。たまには午後休みなよ」

 大志からすれば傲岸不遜ごうがんふそん、唯我独尊ゆいがどくそんの言葉がピッタリくる梢がまさかそんな優しい言葉をかけてくると想像していなかった大志は泣きそうになりながら、心の底からマネージャーになりつつある事にも心が沈んだ。

「いいよ。午後暇だし、付き合うよ」

「休みなよ。私一人で大丈夫だから」

 こんなやりとりを何度か投げ合うと、みるみるうちに梢の表情がこわばっていった。

「私が帰れって言ってんの!マネージャーの分際で言い返さないで!」

 遂に梢の堪忍袋の尾が切れ、先程までの珍しく優しい梢はあっさりと消えてしまった。もうこうなってしまうと大志には手に負えず、言われるまま楽屋を後にした。




        大志の悩み

     

 梢のマネージャーと言う仕事が無くなった大志の一日は最早ニートと変わらない。昼前には帰宅し、

リビングで寝転びながら今後の事を考えていると父の洋介が買い出しから帰ってきた。

「帰ってくるの夜になるって言ってなかったか?」

 洋介が大志に尋ねると、大志の目からスッと涙がこぼれた。

「パパ、芸能人辞めようかな。僕は芸能界で誰にも必要とされていない」

 息子が父に対して感情的ではなく、悩みを打ち明けて涙をする事など、そうそう無い。洋介は今まで一度も大志の仕事に口を挟む事はしてこなかったが、ここで大志を強い言葉で突き放したら、大志が壊れてしまう気がした。


「舞台俳優を目指したらどうだ?」

 洋介は大志に提案をしてみた。洋介は他人が何と言おうと大志の演技が好きだった。熱意のある演技を批判されているのは知っているが、オーバーアクションの演技が下手と言われる理由なら、世の中に出ている演技派俳優は下手という事になる。

驚いた時に手を激しく動かして相手に喋りかける元アイドルの演技派女優、崩れ落ちながら大声で叫ぶ舞台出身の映画俳優など現実にはあり得ない。

しかし、その俳優達は視聴者を魅了する。その俳優達の演技は視聴者を物語に釘付けにして心を鷲掴みにする。その演技が好きな固定のファンから演技派と称えられている。


「僕は大女優、山本芙美の息子なんだ。舞台俳優なんて日の当たらない仕事は出来ない」

 大志は決してプライドが高いのでは無い。芙美の息子と言う肩書きが彼を苦しめていた。来る仕事を断る気は無いが、自分から表舞台を諦めて芙美の顔に泥を塗りたく無い気持ちの方が強かった。

「それに素人のパパに演技の事が分かるのかよ!」

 大志が珍しく激昂してしまった。

「そうだったな。父さんは素人だから視聴者として大志を見てる。絶対に舞台が合ってるよ」

 洋介は高慢こうまんちきな梢より大志の方が心配だった。梢は今のままの態度で仕事をしていれば、いずれ壁にぶち当たり誰も相手にしてくれなくなる。その時に助けてあげれば良い。しかし、大志は既に芙美という大きな存在に悩まされている。このままでは、自分が若かった頃に逮捕された2世俳優のようになってしまうのでは無いかと不安だった。

「でも、舞台俳優が日の目を見ないなんて事は無いぞ。舞台で必死に実力をつけて、地道にファンを増やせばいい。わざわざ大志の為にお金を払ってまで舞台に来てくれるお客は、余程の事がない限りお前を見限ったり嘲笑したりしない」

 大志は洋介が元俳優だった事を知らない。僅か数作品しかテレビ出演していない為、Wikipediaにも赤字で記載されていた。真剣に話を聞いてくれる洋介に自分が感情的になっていた事を反省した。


「ごめん。パパ。舞台の事真剣に考えてみるよ」

こぼれた涙を手で擦りながら大志は二階にある自分の部屋へ上がっていった。


 洋介の一日は殆ど家事で終わる。起きる時間の違う四人に合わせて朝食を作り、全員が出かけたら洗濯をして、食材の買い出しに出掛ける。昼ご飯を作った後、家の掃除を始めるのだが、この掃除が実は一番大変だった。洋介の家は都内にあるのだが、考えられない程広い。五十畳あるダイニングキッチンに部屋は二階も合わせると十個とトイレは男性用、女性用それぞれ2個ずつ、それに来客用の二十人座れるソファーのあるパーティ部屋、芙美が台本のセリフを覚える仕事部屋にジャグジー付きの家族全員で入ったとしても足を広げられる程のお風呂、家と同じぐらいの大きさの庭。毎日全部掃除していたら一日ではとても終わらない。曜日ごとに、しっかりと掃除をする場所を決めて他は2台のルンバを駆使しながら、拭き掃除をするだけだが、それでも夕方迄はかかってしまう。それが終わると晩御飯の準備に取り掛かる。帰宅時間が違うので、シチューなどの煮物などがメインになる。

今日の晩御飯は大志の好きな煮込みハンバーグにしようと、手間ではあったが、再度買い出しに走り、合い挽きのミンチを手で捏こねて焼き目をつけながら、デミグラスソースに玉ねぎ、トマト、赤ワインを加えていつでも温めれば提供出来る状態に仕上げた。


「ただいまぁ。めっちゃ良い匂いがする」

鼻を激しく動かしながら空気に漂う煮物の甘い匂いに釣られて、学校から帰ってきた次男の健吾が真っ先にキッチンに入ってきた。



        芙美からの電話


 「おかえり、健吾」

健吾は仲野家の中では、一人だけ毛並みが違う。毛並みが違うと言うと普通は一人だけ飛び抜けている事を指すが、仲野家は全員背が高く女子の芙美や梢ですら165cm、洋介が178cm、大志に至っては185cmある。そんな中で健吾だけは15歳の成長期とは言え158cmしかなかった。顔立ちも全員が整った

凛々しい顔立ちの中、健吾は可愛らしい顔立ちで、

デミグラスソースの匂いを嗅ぐ健吾はまるで御馳走を目の前にした愛玩犬のような愛くるしさがあった。

「パパの作るデミグラスソースどんな洋食店よりも美味しいよ」

 更に彼の素晴らしい所は、どんな事も否定から入らず肯定から入る。一度女性ファンのストーカーに遭ったが、その時ですら気味悪がる事もなく、

「セカンドの僕を応援してくれてありがとう」

 と、ニコッと微笑みながら、お礼から始めた。彼女をそれ以来、より熱狂的なファンにして、マナー違反のファンを嗜たしなめる存在にしてしまった。

 セカンドと言うのは健吾が所属する事務所のアイドルグループのデビュー前の総称である。

健吾は高校に上がった後、デビューする事が決まっていた。

「お腹空いたよ。食べても良い?」

「今日は梢も早く帰ってくるから、兄弟揃って食事にしよう」

 家族が揃って晩御飯を同じ食卓でとる事は月に一度あるかないかぐらい珍しい。芙美は仕事で地方に行っている為、家族団欒とまでは行かないが、大事にしたかった。

「姉さんは何時頃帰ってくるの?」

「さっきLINEがあって、十七時に撮影が終わったら友達と会って帰るって書いてあった」

 それを聞いて当分お預けと理解した健吾は、しょぼくれて二階へと上がっていった。


 全員がお風呂に入り、リビングでテレビを見ながら梢の帰りを待つが中々帰ってこない。すでに二十時を回っており、流石に心配になった洋介はLINEで連絡を取ろうとするが、返信が来ない。

「ねえパパ。お腹空いたよ。先に食べちゃダメ?」

 これ以上遅くなると可哀想だと思った洋介は二人分のハンバーグを温め始めた、その時だった。配膳台の上に置いた携帯の着信音が鳴った。梢からだと思い込んだ洋介は名前も確認せずに電話に出ると、相手は芙美からだった。

「パパ?落ち着いて聞いてね。梢が逮捕された」

「えっ⁉︎」

 取り敢えず事情が分かるまで息子達に聞かれないようにリビングを出て芙美に事情を聞いた。



         現実は演技出来ない



 リビングから出た洋介は芙美に詳しい事情を聞こうとするが、落ち着いてと言われても娘が逮捕されたと聞かされたら動揺せずにはいられない。電話口から聞こえてくる芙美の声は普段と変わらず落ち着き払っており、冷静に状況を説明する。

「傷害罪の現行犯だって言ってた。相手の顔を殴ったんだって」

「しょ、傷害⁉︎相手は?」

「同じ芸能人のExplorerのTAKAHUMI君だって」

 TAKAHUMIは普段から梢が好きと公言している人気アーティストだから洋介も知っているが、何故接点があるのか?何故暴力を振るったのかを芙美に尋ねても分からないと言う。

「相手の怪我は大した事が無いらしいから、迎えに来てくれと言われたから行ってもらえる?」

「分かった。事情が分かったら連絡するよ」

 世帯主である芙美の所に電話が行ったが、生憎あいにく芙美はロケで地方に出ており、すぐに迎えに行けない事から洋介が代わりに迎えに行く事になったが、息子達に事情もわからないまま説明する訳にもいかず、食事だけ出して梢から迎えを頼まれた事にして家を出る事にした。

「パパ、梢に甘すぎない?僕が迎えに行こうか?」 

 大志が洋介に気を使うが、嘘がバレないように冷静に断りを入れた。

「今日掃除道具が壊れたからついでに買い出し行ってくるから」

 嘘に嘘を重ねるとはこう言う事を言うのだろうが元俳優の洋介は必死に子供達にバレないよう冷静に演技をした。


 梢が逮捕されている警察署に到着すると、既に取り調べを終えた梢が入り口で待っていた。

「パパ、ごめんなさい」

 自分のしてしまった事に消え入りそうな声で洋介に謝罪した。洋介は梢が見た所、無傷な事に一安心して暴行した理由を尋ねた。

「殴ったのは悪かったと思う。でも、あいつが悪いんだから」

「梢!大丈夫か?」「姉さん、何かあったの?」

 洋介の後ろから大志と健吾が現れた。

「お前達、つけてきたのか?」

「パパ、バレないように演技してたんだろうけど、俳優だったら失格だよ」

洋介の様子がおかしいと気づいた二人は洋介の車の後をつけてきたのだった。洋介は結局家族にバレてしまった事で、梢の話を家で聞く事にして四人で帰宅した。





          事件の顛末


『今日はお疲れ様でした。夕方からExplorerの打ち上げがあるので参加しませんか?TAKAHUMIに梢ちゃんの事を話したら、ぜひ参加して欲しいと言っていました。』

 今朝、生放送の収録後に楽屋に届いた木箱に入った折り菓子の中に入っていた手紙である。普段なら相手にもしない梢だが、相手がTAKAHUMIでは正常な判断力が失われた。大志と喧嘩してまで早上がりさせて、自分一人でその後の撮影に挑んだ。

普段なら喉が渇いたら大志がドリンクを持っているし、日差しが強ければ傘を持ってくれる。しかし、今日は大志がいなかった為、全て自分でやらねばならない。大変だったが、その後に待ち受けるTAKAHUMIとの出会いに心躍らせながら、いつもよりテンションを上げて撮影に挑んだ。


「梢ちゃん、お疲れー」

仕事後、梢が向かったのはExplorerの行きつけのバーでExplorerが集まる際は早く開けて店は貸切になる。

店に入ると唯一会った事のある明石が梢を出迎えた。カウンターの向こう側にある個室へと案内される。

「もう、TAKAHUMI来てるから」

その言葉に一気に心臓の高鳴りが増してくるのがわかる。バクバクと動くのではなく、苦しいぐらいに締め付けられる。明石が個室の扉を開けて部屋の中に手招きをすると、中にはExplorerの面々が座って既にお酒を飲んでいた。噂には聞いていたが全員が生搾りライムサワーを飲んでいた。

リーダーのYAMATOにボーカルのTAKAHUMIとHIDE、ダンサーの明石に下部組織のサトル。子供の頃から好きだった面々が勢揃いしていた。

「梢ちゃんは未成年だからソフトドリンクね」

リーダーのYAMATOが梢に酒を飲ませるなと指示を出した。流石にこのクラスの芸能人は危機管理能力が高い。馴染みの店で貸切であろうが未成年に酒は勧めない。

「えー?梢ちゃん飲まないの?」

 下部組織のサトルだけがお酒を飲ませない事に残念がるが上下関係のしっかりしたグループは、サトルを一睨みすると完全に黙り込んだ。

梢の座った席の隣にTAKAHUMIがそっと座り込み、体に触れない程度に肩に腕を回した。

「テレビで見るより綺麗だね」

 綺麗と褒められた事よりも、TAKAHUMIが梢の事を認知していた事に、更に心がときめいた。


梢が店に入ってから1時間程すると、彼らの酔いも大分進み、高笑いも出る様になった。すると不意にTAKAHUMIが笑いながら梢に話しかけた。

「梢ちゃんも可哀想だよねぇ」

「えっ⁉︎」

 梢は自分の事を可哀想だと思ったことが無い。大女優の二世と叩かれる事はあったが、それでも実力で演技派女優と言われるまでになった。

「だって兄貴がアレだぜ!視聴率ブレーカー親の七光り大志だろ」

 TAKAHUMIが腹を抱えて笑い出した。

「母親は演技派の大女優で、妹も演技派女優。それなのに息子は大根役者って出涸でがらしじゃん」

大志への冒涜ぼうとくが止まらない。普段なら激昂する梢だが、相手がTAKAHUMIでは怒るに怒れない。

「お酒の席になるとさ、僕達のタニマチの社長さん達がみんな大志だけは、ドラマに使いたく無いってぼやいてたよ」

 梢は愕然とした。「視聴率ブレーカー親の七光り」をつけたのは佐倉では無く、業界では当たり前の通り名だった。

「あいつには芸能人向いてないんだよ。一般人に降りて、セコセコ金稼げばいいのに夢見て、頭わりーだろ」

 梢の中でプチッと音がした気がした。次の瞬間立ち上がった梢は、指輪の付いた右手を天高く振り上げTAKAHUMIの左頬を平手打ちにし、さらに帰す刀で手の甲で右頬に追い討ちをかけた。その帰す刀は頬を外れて、TAKAHUMIの目に当たってしまった。

「痛ってぇ」

 目を押さえながらTAKAHUMIが蹲った。怒りの収まらない梢が更にTAKAHUMIの胸倉を掴もうとした所で、慌ててメンバーが梢を後ろから押さえ込んだ。

TAKAHUMIが右目を押さえながら、立ち上がり梢に罵声を浴びせたが、怒りを忘れて笑ってしまった。

左側の歯が折れていてうまく言葉が喋れない。その容姿と今までの言動が相まって梢の恋心は一気に消え失せた。

リーダーのYAMATOが駆け寄り、梢に謝罪した。

「今のはTAKAHUMIが悪ノリしすぎた。でも俺たちは酒を飲ませて無いから警察には連絡させてもらうよ」


十数分後警察が到着し、梢は現行犯逮捕されたのだった。




        大志、前と上を見る


「往復ビンタか・・・血は争えんな」

梢に事件の原因を聞いた洋介は過去を振り返り苦笑いをした。

「えっ⁉︎何か言った」

「何でもない」

「姉さんは悪くないよ。僕TAKAHUMI好きだったのに・・・」

好きだったアーティストの醜態に健吾は溜息をついた。

「いいか、相手がどうあれ暴力はダメだ。しかも、相手は歯が折れている。梢は誠心誠意、謝罪しなさい」

 優しく嗜たしなめる様に二人の方を見た。すると健吾は反省したのか、洋介に謝った後、視線をずらすと、先程から一言も喋らない大志に話しかけた。

「兄さん、さっきからどうしたの?」

大志は自分のせいで梢が暴力に至った事に心を痛めていた。

「梢、ごめんな。僕が不甲斐ないせいで、辛い思いをさせた」

今にも泣き出しそうになりながら声を振り絞り、梢に一言謝り二階へと上がっていった。


 4人での話し合いが終わると既に日付が変わっていた。健吾も梢も二階に上がり、洋介が晩御飯の片付けをしていると、予定では今月帰ってこないはずの芙美が帰宅した。スタッフに事情を説明して、謝罪し、2日休暇を貰って帰ってきたのだった。

 洋介は芙美に事の顛末を話をした。

「良くやった!梢、えらいっ!」

大志を馬鹿にしたTAKAHUMIへの暴行を称賛した。

「いや、暴力はダメだって」

健吾を嗜たしなめた時と同じように芙美にも注意をするが、芙美は止まらない。

「自分の為に暴力を振るうのはダメだけど、梢は大志が馬鹿にされて兄の為に叩いた。歯が折れたのは結果でしょ」

 洋介の注意をどこ吹く風と笑い飛ばした。この二人は仲がとても良いが性格は真逆である。失敗知らずで頂点をとったイケイケの大女優と、夢を諦め家庭に入り家族の為に尽くしてきた洋介。仲野家では両極端の二人は、まるでシーソーのようにうまくバランスが取れていた。

「Explorerの社長って確か・・・」

洋介が芙美に尋ねると、芙美は一瞬名前を出すのを躊躇ったが、

「・・・うん。原島だよ」

Explorerの社長である原島とは二人は若い頃面識があった。

「明日、僕が謝ってくるよ」

「私もついて行こうか?」

 芙美と一緒に行けば話は簡単に着くだろうが、過去のこともあり、洋介一人で会いにいく事になった。



 翌日、洋介が朝食の準備をしていると、大志が一番に降りてきた。

「パパ、舞台俳優やってみるよ。昨日一晩考えて、今のままじゃダメだと思った」

 梢にまで迷惑をかけて、不甲斐ない自分になり振りなど構っていられないと決心した。

「そうか、パパの若い頃の友達に舞台の演出とか監督してる人がいるから紹介するよ」

 洋介が若かりし頃に寝食を共にした刎頚ふんけいの友とでも言う存在の加良健太、現在は四谷演劇という名義で舞台から大河まで幅広活躍している演出家兼脚本家がいた。その男を紹介する事にした。

 芸能の師と謳うようになる男と出会う事になった。


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