先生に話しを聞くpart2
一年四組担任の井筒惣十郎先生は化学を担当している。一年のみの教科担当だから、二年とは面識がない。俺も名前しか知らない。
隣を歩く会長の顔が青い。先ほどの桂間ショックが相当精神をむしばんでるようだな、仕方ないか。俺は教師という職業に何の敬意も抱いていないからいいが、会長にはああいった手合いが教職についていることに恐怖を隠せないらしい。生徒の歩き方一つに風紀の乱れを感じる神経質な女なんだ。
井筒惣十郎、化学教師って肩書を見るとまともさは期待しないほうが身のためかもしれない。親父、殺人がなくてもこの学校はある意味だめかもしれねーぞ。
「おお、来たか。すでに話は聞いているよ。座りなさい」
普通のシャツ姿をした普通の先生が、椅子に腰かけていた。何というか、普通だ。縁のある眼鏡とか、年相応に薄い頭髪とか、声の高さとか、すべてひっくるめて普通の中年教師だ。
「・・・・・・」
「お、おい。辰己君、どうしたんだ?泣いているのか?」
会長の眼から光が落ちていく。なんだか安い感動シーンだ。そういえば今日登校してから会長は普通の人とほとんど話していないな。親父も石田も桂間も俺も普通の話しやすい人間じゃねえから、会長にしてみれば渇水時にオアシスを発見した気分だろう。見ればわかる、こいつは話して心が揺れない人間だ。
「一体どうしたんだね」
「ああ、気にしないでいいですよ。それより、話を始めたいんですが、話の大まかな内容はわかってますか」
「ああ、もちろん。というより、わからないはずがないんだ。昨晩焼却炉の稼働を発見して止めに行ったのは私なんだよ」
「なっ。そうだったんですか」
「ああ」
それから当夜の行動の詳細を語ってもらった。
井筒は、木曜日の当直だった。当直の仕事に皆が完全に下校した後に校内の各施設を見回ることがある。井筒も二十一時前には教科や担任としての仕事に区切りを入れ校内を巡回し始めた。三階から各教室や実習室、備品室などを見回り体育館と倉庫、それから部活棟を見回ってから校舎裏をチェックするのが普段のルートらしい。その日は体育館に移動しようとして外に出た時にふと異臭を感じた。風もなくそれほど強い臭いではなかったが、薬品を扱う化学の教師として違和感を覚え、異臭が漂ってくる校舎裏に回り、数十年ぶりに稼働していた焼却炉を発見した。
「とりあえず人を呼ぼうと考えたが、まずは稼働停止したほうがいいと思ってね。鍵のある第二管理室に行ったんだそこで鍵当番の先生に事情を説明して共に来てもらおうと思ったんだが・・・・・・少し問題があってな」
ああ、桂間か。一応聞いておこう
「桂間先生ですよね。どんな感じでした?」
ものすごくふわりとした質問になってしまった。聞き方がわからない。
「なんというか、爆睡していたな」
「やはり」
「イヤホンが片耳外れていてな、少女が「おにいちゃん、ねむれー」とひたすら囁く声が聞こえていたよ」
「初鹿野君。あの人を犯人として提供してはどうかしら」
「妙案だな」
もうなんだかそれでいいや。事件が解決した。
「なんだかすまない。桂間先生とはもう話したんだね。あれには先輩として厳しく言っておくから勘弁してやってくれ」
「なんだか手遅れな気がします。教師というより人間として」
「そういうな、二年での評価は知らないが一年からは割と評判がいいんだぞ、桂間先生は」
「そんな」
会長が絶句する。あれが好評?どういうことだ。
「私にはよくわからないが、サブカルチャーに詳しいんだ。そういった話の合う生徒とうまいコミュニティを作っているらしい。あと、授業が普通に面白い」
なるほど。オタク気味の人間にとっては親しみのわく先生なのか。確かにプラモデルとか作っていそうだな。偏見だろうか。
「それに、ほかの先生方がやりたがらないSR部の顧問を進んで引き受けているから、先生方の印象も悪くない」
「そりゃ、奇特な人だ」
SR部のSRはスーパーレア、ではなくstrangeだ。どうしてRを抜き出したのかはわからないが、とにかくみょうちきりんな部活や同好会の総称だ。臼間は同好会の設立をほぼ際限なく認めているから、一定数おかしなものが発生する。同好会レベルだと顧問などほぼあってないようなものだから、かなり好き勝手にやっている。ちなみに同好会だと活動場所は割り振られないため各自で邪魔にならないところでゲリラ的に活動している。だから、石田達校舎裏不良族も一種の同好会みたいな扱いで黙認されている節があるのだ。
「本当に、桂間先生はいろいろな同好会の顧問をやっている。最近だと「チェーンソー研究会」に招聘されたようだ」
「なんじゃそりゃ」
「信じられないでしょうけど、この学校の同好会の珍妙さは凄まじいわよ・・・・・・一応生徒会が認証するのだけれど、応対するのが億劫だからその場で判子を押すのが通例になっているわ」
「それでいいのか、生徒会長」
「仕方ないでしょう。「日本電信柱愛好会」の設立について議論してるような暇は生徒会にはないのよ」
本当にひどいな、臼間。
「つーか、仮にも一年間ここに通ってたがそんな奇天烈な活動してるやつを見たことねえが」
「それは、初鹿野君が周りと隔絶しているからじゃない。ああいう手合いって、危険に敏感だから。あの威圧的な歩き方や怒鳴るような喋り方をやめればすぐに目につくようになるわよ」
これから一生あの歩き方を押し通そうと心に決めた。蠅除けにはちょうどいい。
「まあ、とにかく桂間先生は怠惰でものぐさな困った後輩だが、悪い人間ではないんだ。多分」
「そうですか」
「話を戻す。先生は焼却炉の鍵をとりに管理室に行って、爆睡している桂間先生にを見つけた。その後は」
「ああ、仕方がないから鍵をとって一人で現場に戻ったよ」
「鍵は定位置においてあったんですか」
「ああ」
「あ、そうだ。焼却炉の構造についても教えてくれませんか。現場には入れないから、よくわからないんですよ」
「わかった」
話によると、学校用のものとしてはかなり規模が大きいらしい。人間一人なら余裕で入る。よほど大きなものを長時間燃やすことを想定しているのか、扉はかなり頑丈で臭いや熱も漏れにくい構造だ。鍵は二重だが同じ束で管理されていた。鍵束には二重の扉用の二つと操作盤を開く一つの計三つの鍵がついており、それが第二管理室の中にある段ケースの中に管理されていた。管理というかほぼほぼ忘れられていた。
「いや、そこにあるというのは知っているんだが誰も気にせずに生活しているのでな。中には、知らない先生もいらっしゃることだろう。特に、若い先生なら焼却炉とも縁がないだろうから」
そうか。じゃあ桂間が鍵の存在を知らなかったのはそこまで責められることではないのか。桂間は確か二十四だったな、ならしかたな・・・・・・くはないだろう。
「で、その後はどうしたんですか」
「操作盤をいじって稼働を停止して、それからすぐに報告に行った。焼却炉は稼働停止してから二時間くらいは様子を見ないといけないんだ。その間に内部の熱処理やガスの処理を機械がやってくれる。上司に報告して現場に案内して、ひとしきり説明を終えたらいったん当直業務に戻った。零時に、炉内を確認することで話がついたんだ。かなり気にはなったがどうせ校舎裏にたむろしているチンピラたちがふざけただけだろうと思ってな、厳しくしかりつけるいい機会くらいにしか思っていなかったんだよ。まさか、こんな刑事事件になるとはね」
刑事事件か。まだ警察は本格的に介入していないが週明けまでには片付けないといけない。片付けるといっても真相を解明するだけじゃなく今後どう動くかも考えなきゃいかんから、その時間が一日は欲しいところだろう。すると今日中に粗方結論を出して、明日には親父と打ち合わせないとな。
いや、無理だろうよ。なめてんのか。
石田と桂間からはほとんどの手掛かりが得られなかったし、井筒からはある程度の情報を得られたが圧倒的に不足だ。
時刻は放課後、俺と会長は「空き教室」にいる。本当に何に使われているのか不明な、ただの空いている部屋だ。俺が一人になりたいときによく入り浸っている。
あの後、井筒には庄和望と雑賀葉詠の交友関係や校内でのトラブルについて聞いてみたが、めぼしい情報は得られなかった。そりゃそうだ、担任といえどもいちいち生徒間の友人関係や異性関係まで把握しているわけがない。ただ、二人とも問題行動などは見らていないという。そもそもまだ入学して一月なんだからトラブルが起こるほどの関係ができるとも考えにくい。やはり性欲をこじらせた誰かが無差別に行ったのだろうか。
ああくそ、わかんねえ。どうしろってんだ。
石田か。
その仲間か。
それとも残る足跡の主か。
残る足跡にしても特定は難しい。科学捜査の手を借りれば一発なんだろうが、そうしなきゃならなくなった時点で既に御終いだ。さーて、どうするか。いっそ本当に桂間を・・・・・・
その時。
「初鹿野さん!さがしたっすよ!」
石田角之介が無遠慮に扉を開け非常に興奮しながら入室してきた。
「おう、なんだよいきなり。茹蛸みてぇな顔になってんぞ」
「やってやったっすよ!はんにん、つかまえたっすよ!」
よほど興奮してるのか、かなり舌っ足らずになっている。
ん、犯人?
「石田君。今、犯人と言ったかしら」
「ああ。そうだ。おい、お前ら!入って来い!」
『うっす!』
石田の声とともに入ってきたのは、三人の坊主頭の一年と、
「・・・・・・」
彼らに拘束されながら項垂れている少年だった。
連れてこられた少年で、すべての登場人物が出そろいます。
繰り返しますが、これは、ミステリではなくあくまで痛快に悪党成敗しつつ学園でハートフルなラブコメを送ろうというものなので、真相なんて大げさなものはありません。多分もう大部分の方は察しているかと思いますが、温かく読み進めていいただければと思います。