雑賀兄妹の家での会話
「うーん。なんだかな」
ため息交じりに零してしまう。目の前にいるかわいい妹の葉詠が怪訝な顔をしている。
「どうしたんです?兄さん。篠芽さん絡みですか?それとも有紀さん?それとも舞嘉先輩?」
「へ。なんであいつらが出てくるんだよ。どうしかしたのか?」
「兄さんの悩みの原因なんて、女心に対する冒涜を咎められた、それしかないじゃないですか」
単純な物理現象を説明するかのように当然のごとく言い切った。女心がわかるとは思わないけど、そんなに馬鹿を見る目で見なくてもいいじゃないか。
「あのなぁ・・・仮にも兄を女誑しみたいにいうなよな」
「厳然たる真実じゃないですか」
「ひどいな。そもそも今日は有紀とは話してないぞ。先輩は怪我で休みだ。篠芽とは一緒に帰ったけど、特に何もなかった」
「今に至るまで何もないってこと自体が問題ですよ、兄さん」
???
何を言ってるんだ、葉詠。特に問題なく良好な関係を保ってるんだからいいことじゃないか。そう言おうとしたが、葉詠が俺以上のため息を吐いて遮ってきた。
「いいですよ、もう。で、何を悩んでたんですか?」
「あ、ああ。クラスメイトに気になるやつがいるんだが、なんか接しにくいんだよな。何回か話しかけてるんだけど、いつも不機嫌でさ」
「・・・・・・女誑し、極まれり」
「馬鹿!男だよ。ホモとかいうなよ。少し知り合いたいだけだ」
「先回りしなくても、兄さんにその気がないことは知ってますよ。・・・・・・ないですよね?」
「ない」
まったく、日に日に口が達者になっていく妹だ。明るく責任感の強い妹で、話してて楽しいが俺の友人関係となると話をおかしくしようとする節がある。
「で、どんな人なんですか?まあ一年の私には兄さんのクラスメイトなんて知らないとは思いますが」
「そりゃそうだよな。あ、でも知ってるかもよ。初鹿野唯光って言ってさ。理事長の息子だから、名前くらいは聞いたことがあるんじゃないか?」
奴の名前を出した途端、葉詠の顔がこわばった。まさか、一年の間でも悪評があるのか?まだ五月なのに。
「初鹿野先輩って・・・・・・。いろいろ悪い噂がある人じゃないですか。暴力、金銭、女。一年の間でもいろいろささやかれてますよ」
「そうなのか。いや、でも悪い奴じゃないと思うんだ。たしかに乱暴なことするけど、それは自分に理不尽なことを言われたりされたりしたときだけなんだ。何回か見てたけど、あいつが何かしたときに、相手に非がなかったことなんてなかったぞ。確かにやり方は汚いけど、無茶苦茶な奴じゃないと思ってる」
つい熱が入ってしまった。どうしてこんなに初鹿野に肩入れするのか自分でもわからない。葉詠も少し気圧されたようだが、やがて話し始めた。
「確かに、噂の類で話したこともない人を評価するのは良くないです。けど、兄さん。私は見たんです。私は部活のある日は下校時に裏門を利用するんですが、近くの校舎の陰が素行の良くない人たちの溜まり場になっているの知っていますか?」
「ああ」
知っている。あまり数は多くないが、髪や服を崩して、騒いだり煙草を吸ったりしているらしい。ただ臼間は煙草はともかく染髪は許容、制服は崩してはいけないがアクセサリー類や上着下着には煩くない。騒ぐといっても近所の酔っぱらいのほうが迷惑度は高いというレベルの不良なので、あまり危険視されていないと聞いている。
「あの人たちはそこまで危険じゃないですし、何回か声もかけられましたけど拒否したら引き下がっていくような小者です。だから私も平然と裏門を使えるんですが、あるとき先輩らしい人があそこの不良のまとめ役である石田先輩から現金を受け取っていたのを見てしまったんです。石田先輩にはカツアゲの噂があります。そして、あのあと知人から初鹿野先輩の写真を偶然見せられました。言いたいことは、わかりますね、兄さん」
まさか、あいつ。そうなのか。
「兄さんには、痛い目にあってほしくありません。危ない人には、わざわざ近づく必要なんてないじゃないですか」
「明日」
「はい?」
「明日、話しかけてみる。それで、本当に悪いことをしてるのか訊いてみる」
「な。兄さん、どうして」
どうしてって。気になったから。それしかないだろう。あいつが善人か悪人か、確かめたい。善人なら友達になりたいし、悪人なら思いっきり詰って、反省させて、友達になりたい。
「べつに、いいだろ。そうしたいだけだ」
そう言って、階段を下りる。風呂に入ってすっきりしよう。
「あ・・・・・・にい、さん。」
か細い声が聞こえてくる。最後はかなりつっけんどんに言い残してしまったな。悪い気分になったからって妹を傷つけるなんて、自己嫌悪がわく。
葉詠は、あんなふうにクールで責任感が強い女の子だ。だけど、メンタルはあまり強くない。俺が気にかけてやらなくちゃいけないのに、なにやってんだろうか。
浴槽につかりながら、暗い気持ちが霧消することはなかった。
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柳一は、翌日にも唯光とコンタクトするつもりだ。
祭は、今後の唯光の素行を鑑みて場合によっては評価を変える手伝いをしようと思っている。
葉詠は、兄の心配をしながらも兄が妙に惹かれている唯光という男に一抹の興味を抱き始めた。
唯光は、特に何も考えず眠りについた。一部の他人が自分を認識し始めたことを、まだ知らない。
しかし、彼らは知らなかった。その翌日という日を境に、あれほどの大事件に立ち合い、関わることになろうとは。
正義のポジション、妹ちゃん登場。
すごく思わせぶりな最後でしたが、あんまり気にしないでください。そこまで壮大な話ではないです。