我らが生徒会長のご登場
かいちょー!
化学は、座学だった。電気精錬やメッキの方法なんかが授業内容だったが、軽く聞き流した。板書も適当に済ます。
「ねーえ、りゅうくん。今日あたし部活ないんだけど、りゅうくんは?」
「無いよ。つーか三日月先輩が戻るまでは何にもできないかな」
「じゃあ久しぶりに一緒に帰ろうよー」
「別にいいけどさ。でも、ほかの女子と帰らなくていいのか?なんか、誘われてただろ」
「うー。りゅうくんがいいっていってるの」
「そうか」
なんつー茶番だ。いたって大真面目に茶番劇を繰り広げられてるせいで、自然と口角が上がる。普段不機嫌面を保っているのだから、偶には笑ってもいいだろう。
「ね、ねぇ。あいつ、二人のことめっちゃ睨んでるよ」
「うわ、唇ひくひくしてんじゃん。お、おれはかえるぜ」
「工藤さん逃げて。超逃げて」
今後一切笑うまい。ついでにてめえらも笑えなくしてやる。表情を消してぎろりと睨みつけ、喧しい馬鹿共に詰め寄る
事なく教室から退室する。睨んだだけで殴られたような顔をしやがるんだ、手を下すこともねえだろ。つーかそんなに怖いなら口を噤めばいいんだが、奴らの口は言葉をせき止める機能はないらしい。あまり鬱陶しかったらボコすが、今日はいいや。帰って漫画でも読もう。
帰宅さえすれば一人になれる。親父は遅くまで事務をこなし、母さんは既に灰になった。一人っ子で、家に入り浸る幼馴染はいない。誰にも邪魔はされない。孤独だが、苛立つこともない。親父が帰るまでの自宅は、そこにいる俺の心は、安寧が支配している。
だからさっさと帰ってゆっくりしたいってのに。
「初鹿野君。相変わらず気取った歩き方ね。そんなに無法者でいることが楽しい?」
面倒なのに捕まった。
階段の踊り場ですれ違っただけなのに、いきなり嫌味を投げつけてきた。なんだこいつは。
目と目が合えば勝負が始まるのはポケモンも人間も同じだ。仮にも生徒会長と勝負する気はない。かったるいし、勝てないし。
「おい、貴様。祭を無視して逃げようとするとは何事だ。そこに直れ」
なんか変な奴が増えた。つーか道をふさがれた。紺色に近い黒髪長髪の女だ。口調はおかしいが、腰の据わり具合と足の開き方をみると、相当に腕が立つに違いないな。仮に俺がいまこいつを蹴り飛ばして階段から突き落としたとして、立派に受け身をとれるだろう。余計にかったるいことになった。つーかこいつ誰だ、本気で。
「えーと、なんか用があんのかよ、会長。あんたらに目を付けられることはしてねえと思うが」
「よく言うわね。五限目の授業を無断欠席したでしょう。貴方には真面目に生活するという発想はないの?ただ恐怖と不快感をばらまくだけの存在なら、理事長の息子だろうと容赦しないわよ。風紀紊乱の種は全力で排除する。それが辰己祭の生徒会長としての公約であり、信念よ」
ご高説どうも。きっとおそらくとても尊敬すべき信念なのだろう。茶化しているのではなく、本心でそう思う。だが、今は帰りたい。早く帰って苛立ちを鎮めたい。会長は立派な人物だろうが、突っかかられれば腹が立つし、関わっていいことはない。この場を離れるためには・・・・・・
「ちっ。悪かったよ。今後は授業をばっくれない。風紀か何だか知らねえが、乱さない。これで満足かよ」
これしかない。さっさと言い分をみとめて、去るのみ。未だ目と目は合っていないのだから、勝負は始まっていない。
じゃあ帰るか。
「へぇ。初鹿野君、なかなか素直じゃない。貴方が何を思っているのか知らないけど、貴方には更生の余地があるわ。私はそう思っている。歩き方でも、話し方でもいいからただしてみなさい。貴方が模範生になれば皆も過ごしやすくなるわ」
褒めているようで、お前が悪いい雰囲気の根源だと貶している。貶しているが、期待している。本当に面倒くさい女だ。
「そーですか。考えておく。つーか会長がこんなところで油売ってていいのかよ。暇なのか」
「暇?そんなわけがないでしょう。行事の企画に書類の整理、揉め事の仲裁。揉め事なんて本当にくだらないのよ。部活動の縄張り争いとか、誰かの悪戯で宿直室の洗濯機が故障したとか。・・・・・・貴方じゃないでしょうね?」
「誰がするかよ。んな馬鹿な事」
「・・・」
目が合った。勝負か?やんのか?
そらした。俺から勝負を放棄した。仕方ねえじゃんか。瞳孔が怜悧に、はっきりと輝いてるんだから。ちくしょう、これだからこいつには勝てねえんだ。
「そうね、貴方ではなさそうね。疑って悪かったわ。ちょっと嫌なことがあったものだから、猜疑的になってしまった」
「あーそうか。・・・そろそろ帰っていいか?」
「聞かないの?何があったのか」
「聞かねえ」
「ストーカーよ。物陰から、写真を撮られるのを見たわ。実害はないけれど、気持ち悪くて気が立っていたの」
「聞いてねえ」
「本当に、どうしてこんなに面倒ごとが降りかかるのかしら」
「聞いてねえって、聞いちゃいねえ」
「貴様ではないだろうな?」
「お前まだいたのかよ。誰だよ」
「なっ!副会長の富永懐希だ!」
富永副会長か。そーいえば、会長とセットで見たことがあった気がする。覚える気はない。
「そんじゃ、俺は帰るからな。授業は出席するから、忙しい中で俺にかまう必要はねえ、つーか構うな。じゃ」
返事も待たずに階段を下りる。待ったの声は、かからない。苛々も、酷くない。
膨大な量の雑務に、ストーカー被害か。会長もご苦労なこった。会長職に立候補したのは彼女自身だから文句は言えないだろうし、あいつもそれを理解している。善良な生徒の支持で得た職なのだから彼らの前で不満は言えない。だから、心にたまった鬱屈を吹き出せない。だから今日は、つい俺に愚痴を漏らしたのだろうか。善良な生徒とは程遠い俺に。
だとしたら、糞迷惑だ。
だとしたら、ほかをあたってくれ。
だとしたら、妙に親近感がわく。
俺も、不満を言える相手はいない。
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初鹿野唯光。
彼は、無法者、もしくは無頼漢。
とにかく、風紀を乱す存在だ。
私、辰己祭は風紀を乱す人間を憎む。多少強引で過激でも、排除すべきだと思う。
世の中には規律があって、その中で生きていかなければならない。
それが、秩序を守り、安寧を生み出す。私はそう信じている。
ただ、初鹿野君のことはどうも憎み切れない。
先ほど告げたように、彼にはまだ正しさに則る気持ちが残っている気がする。それに、話していると時々苦しげな表情を浮かべるのだ。苦い顔ではなく、苦しい顔。自身の生き方に葛藤しているに違いない。彼には更生してもらいたい。そして。
「懐希、生徒会の庶務職はまだ空いていますか?」
「む。ああ。空いている。応募は殺到しているが、殆どが下心に塗れた男ばかりだ。情けない」
「そう。しばらくは今の人数でまわしましょう。そのうち、適任が現れることでしょう」
わたしは、彼に期待している。
というわけで、会長登場です。女の子を表現するのは難しいですね。レギュラー陣はできるだけ嫌らしくないキャラにするつもりですが、こいつはあかんというのも出てくるかもしれません。アレルギーが出たら、ごめんなさい。まず、主人公がだめだろう