唯光の些細な決意
デート回なのですが、多分期待しているようなことは何一つないかと思われます。
とりあえず、見るだけ見ていってくださると嬉しいです
「なんていうか、その・・・・・・無様ね」
「言い澱むなら最後まで気を遣え」
気持ちは痛いほどわかるが。つーか実際問題痛い。
腰が。
いうまでもなく先日の戦いで負傷した腰の痛みだ。久々の女連れでの外出なのに、我ながら間の悪いことだなと自嘲する。いやまあ、狂犬相手に腰痛で事が済んだんだから快挙なんだろうが、片足が上がらず美音の肩に手をまわしながら負傷兵のように運ばれている。くそう、情けねえ。
今日は根性を見せれば歩けないことはないが、昨日は寝返りをうつだけでも腰椎に落雷のような衝撃が走り、転げまわりながらその衝撃でますます酷い痛みが襲うという拷問の一日だった。
おまけに、来訪者が多かった。
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石田と富永に家まで送られて、玄関先で別れたあと土間に倒れ込んで気を失った。石田は部屋まで担いでいくと言い張ったが、隅から隅までこいつの世話になるのはごめんだと意地を張ったのがいけなかった。
靴も脱げずに気を失い、目が覚めたら視界に朧がかかっていて、未だ夢の中にいるのかと思った。世界が徐々に鮮明になっていき、ああここは現実なのか、と気づいた瞬間に激痛が走った。
疣蛙と油蝉が心中するかのような絶叫をあげてベッドから転がり落ちた。
そう、ベッドから。
「うぐぁあああぁぁ痛ええええ、ったく、ふざけんな此畜生」
呻き叫び、腰を抑えるがそのわずかな圧迫すらも大電流となって腰椎から脊髄、そして脳髄まで襲い掛かる。
再び気を失いそうになった時に、手のひらが包まれる感覚が生じた。
「うぁぁ?だれだ」
「はあ、起きたのですね。腰、本当に酷い痣になっているわ。どんな無茶をしたらこんなことに・・・」
「おい、何の幻覚だこりゃ」
未だに朧は晴れていないのか、土曜の朝の初鹿野家に、辰己祭が存在しているんだがこれやいかに。
いや絶対おかしいだろうが。
夢だな、そうに違いない。頬をつまめばきっと
「いてえええええっっ」
頬に触れるまでもなく確かな痛みが存在した。これで醒めない夢は、それはもう永眠だ。何があっても醒めないだろう。
あまりの痛みに虚空を掴もうとするが右手がうまく動かない。会長の手が握りしめているからだ。
「おい、こりゃあ一体どういう・・・」
「だって、心配じゃないの。米津さんから貴方が死にに行くつもりだって連絡があって、どうすればいいかもわからない内に石田君が来て懐希と一緒に飛び出してしまうし、私にできることがないか考えていたらこの家にの前にいたの」
「そうか」
「当然鍵は開いてなかったけど、なぜか離れられなくて・・・外の石畳でうとうとしていたら物音がしたから見てみたら、貴方が倒れていたのよ」
「それで、部屋まで俺を運んできたわけだ」
「ええ。傷口も冷やしておいたわよ」
「そりゃあ、まあ、奇特なこって・・・あんがとよ」
「・・・」
泣きそうな顔、いや既に会長の眼下には流れた塩水の痕が見て取れた。無性に嫌な気持ちになる。少しは胸を張って歩けるようにしようと考えて始めたはずなのに、いつの間にか汚い芝居を打ち始めて人がたくさん死んで、いままた何一つ関係ない少女が目を腫らしている。昨日は雛の感謝を聞いて救われた気持ちになったが、今はその言葉すらも呵責となって噛みついてくる。
俺は、何をしたかったんだ。何か、守りたかったものがあったんじゃねえのか。わからなくなる。
「初鹿野君・・・また、苦しそうな顔をしてるわね。でも、貴方は貴方の法を貫いたのでしょう?その結果でこんな傷を負っているのね、体にも心にも」
「何が、出来たんだろうな。何か、出来たんだろうか」
「貴方は、やり遂げたじゃない。汚い手段を講じて、色々奪って、失って。それでも、貴方は一番大事なものを貫き通したじゃないの」
「・・・」
ひたすらに、透明な瞳で見つめてくる。その純度は、もはや暴力的なまでだ。
「なんだよ、俺は何がしたかったんだよ。くそっ、わからねえ」
会長が、唇を噛んで、もどかしそうに何かを言う。その声は蚊の鳴くような規模で、いつもの歯切れの良さはまるでなかったが、確かに聞こえた。
「貴方は、一人の少女の恨みを、確かに晴らしてあげられた」
「っ」
「これ、読んでみなさい」
手紙だ。薄紫色の、変哲のない封筒に入っている。
差出人は角川雛。その三文字だけで、腕がが酒精の中毒者のように定まらなくなる。
「何だよ・・・」
”初鹿野唯光様へ
突然のお手紙、失礼いたします。お腰の怪我は大丈夫ですか。
私の我が儘な依頼のせいで、無関係の唯光様に負担をかけた挙句、怪我のお見舞いにすら伺えない不義理をお許しください。
私は、父と妹を失いました。
唯光様は心根のお優しい方ですから、今回の件で多数が命を落としたことで激しく自責しているのではと思いこの手紙を書きました。不快かもしれませんがお許しください。
皮肉なことに、死んだことで、鴨蔵のことを父と呼ぶのに抵抗がなくなりました。私は父を恨みぬいて生きてきました。唯光様がいらっしゃらなければ、私は生涯ねじけたまま生きていくことになったでしょう。
でも、唯光様はその恨みを晴らしてくださいました。進馬君や私が受けた仕打ちを、父やその子飼いにたたきつけてくださいました。
私は、感謝しています。もう誰も憎らしいとは思いません。来し方と訣別できたと思います。考えもしなかったけど、父の葬儀の喪主も務めようかと思います。
美鳥も考えてみれば可哀そうな人間でした。私と同じく恋愛も交友も制限されて、十五になっても初恋すら経験してこなかったのです。それでも内なる好奇心を抑えられず、時々遠くまで出かけることがあります。藤沢で津和野を見かけたのもその際のことでしょう。妹の墓には津和野の骨も一緒に埋めるつもりです。
津和野は、不思議な印象です。進馬君を殺した仇のはずなのに、憎しみよりも美鳥の恋人という、家族としての感覚のほうが強いのです。
唯光様。どうか自分を責めないでください。私はもう誰も恨んでいません。全て、唯光様がほぐしてくださいました。自身が一番傷つきながら。
私のこの文章程度でその傷がい癒えるとは思いません。でも、唯光様を癒そうとしてくれる人がたくさん来るかと思います。どうか受け入れてあげてください。一人だけ血を流したまま雨に打たれているなんてそんなことはだれも望みません。
唯光様は、確かに私の太陽です。どうか、今後も周りの人を照らしていてください。
散々ご無礼をおかけいたしました。心から感謝申し上げます。
角川雛”
「・・・うくく、とんだ太陽もあったもんだぜ、世紀末かよ。ったく・・・」
そうだ、俺は怨恨に縛られた雛が、羽を凍らせて飛べずに死んでゆくのを阻止したかっただけだ。
雛はこれからどんな鳥に成長していくのだろうか。鵲か、孔雀か、翡翠か。
なんでもいい。
飛べるんなら、なんでもいい。
この手紙を見りゃわかる。
俺のことを太陽だなんだと抜かすこのふざけた文面の奥に、雨上がりの空を飛翔する翼が見えた気がした。
嗚咽が聞こえる。会長の瞳から音もなく雫が流れ落ちる。その水晶に映る俺の顔も、涙を堪えて歪んでいた。
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その後、会長に朝食を作ってもらい、自室で饗じた。
病気じゃないから、腹は普通にすく。つーか昨日は途方もない運動量だったから普段よりも空腹は激しく、目の前にお盆が差し出された瞬間、箸と匙をひったくりまずは米をかきこんだ。
単純にふりかけがかかっただけの白飯だが、疲れ切った体にわざとらしい塩分が染み渡る。
半分ほどを一気に腹に収めて次はすまし汁。水団と紅麩が浮いているだけのインスタントだが、これまたうまい。疲弊してうまく働かない感覚には、簡易食品の少し大雑把な味のほうがわかりやすいな。
他にも湯煎するタイプのサバのみぞれ煮、電子レンジ対応の鶏つくね団子。
「なあ、会長お前手料理できねえのか?」
「・・・ええ」
「まあいいが。普通にうまいし、粋がって発癌性物質量産して産廃処理させられるよりは数倍いい」
「だいぶん棘があるわね・・・貴方は料理ができるの?」
「人並にはな。・・・今度礼も兼ねてなんか馳走するよ」
「ええっ。それは、またここに招待してくれるって」
「馬鹿か。弁当でも作って差し入れるだけだ。ついでに生徒会のやつらにもな、富永には世話になったし」
「そ、そうね。・・・ふふ、楽しみにしてるわよ」
九時過ぎに、会長は帰っていった。
今日は一日安静にしてなきゃならん。
まあ誰も来ることは
チャララララー
おい、旗くらい最後まで立てさせろ。
キャスターを使い腰を動かさずにインターホンの管理画面を見る。誰だよ。
初鹿野家の玄関先に深海魚が迷い込んでいた。
「チャレンジャーへ帰れ」
「おお、その憎まれ口は元気の証。入ってもよろしいですかな」
「二度も言わせるなよ」
「では、遠慮なく」
「そうだな、えの字もないな」
自宅に深海魚が無許可侵入して来た場合はどうすりゃいいんだ。え、怪しい奴は110?こいつがその110だよ。
入ってくるものは仕方ない。こんな体じゃ抵抗はできない。
まあ安永は特段俺の心配をしてきたわけじゃない。ただ、事件の後始末の顛末を報告しに来ただけだった。
角川商社にはすでに連絡がいって、驚天動地の騒擾だという。もちろん邸内にも連絡済みである。詳しくはわからないが、重役たちは緊急事態の中自分の地位を守ることだけに腐心し、足を引っ張りあっているらしい。角川は長くもたないようだ。
「へへ、折角の機会ですからねぇ、倒れ行く会社から漏れる絞り汁にありつくとしましょうか」
「ちぇっ、泣きっ面に蜂だな。悪徳警官が。まあどうでもいいか」
「ぬふ、坊ちゃんにも報酬は払いますよ。なんてったって警察も手をこまねいていた狂犬の忠兵衛を始末してもらったわけですからねえ」
「ああ、頼むぜ。こっちも金は必要なんだ」
「おや、何かあるんですかい」
「気にすんな」
特に深掘りはしてこない。そもそも気になってもいないんだろ。
本当に大した使い道じゃねえ。雛が巣立つのにも、それなりに金が要るだろうからな。あるべきところに戻るだけだ。
津和野のことは、藤沢の方がうまく対処してるらしい。
焼津や、今までの被害者の遺族への説明は、これから味原藤沢が合同で説明に当たるとのことだ。事件は二県に跨っているからな。
会長と違って特段話し込むような仲でもない。当然手も握らないし、見つめあいもしない。一頻り報告が終わったら、さっさと部屋を後にした。
去り際に一言、余計なことを漏らして。
「明日は火ノ鳥のご令嬢と道行だそうですねぇ。どうか、お大事に。にひひ」
冬になったら、鮟鱇鍋でもするか。
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俺と美音は公園の木陰に腰かけて昨日の話をしていた。本当ならそこらへんで買い物にでも付き合うものなんだろうが、下半身が言うことを聞かないのだから仕方がない。流石にあのまま介護されながら食事をしたり買い物をしたりするのは避けた。まあ、これはデートじゃなくて幼馴染だからな。
「祭がね・・・そう、よかったじゃないの。朝から美少女生徒会長にご飯作ってもらって、その翌日には超美人生徒会長とデートよ。身に余る光栄に血を噴いて喜びなさい」
「嫌だね。血は十分に流れたさ。けっ、あいかわらず飛車がたかーく飛び回ってんじゃねえかよ。俺が死ぬかもと聞いて泣きながら走り回ってたくせに」
「なななっ、よくもそんなことをぬけぬけと・・・唯光に死なれたら困るのよ」
「なんでだよ」
「なんで、言わせたいの?べつに今言ってもいいけど」
ああ、失敗だな。こいつが何を伝えたいか、俺に何を思っているのか、大体は想像がつく。
「今は、やめとけ。悪いが、恋とか愛とか無邪気に燥げる気分じゃねえんだ」
恋に、故意に、乞いに。愛に、哀に、穢に。純粋で狂おしいほどに狂った人間劇場を一番近い席で見せられたんだ。しかも、脚本は俺が半分立てた。
あれを目の当たりにした後じゃあ、簡単に恋愛に踏み切ることは躊躇ってしまう。
津和野は叫んだ。
恋愛は、苦しみ悶えてのたうち回り血を流しながら手に入れるものだと。
まだ、俺は、血を流したりない。
美音であれ会長であれ、本気で愛せるほど苦しんでいないし、それは結局愛していないってことだ。
「よっこらせ、いてててて」
軋む腰に喝を入れて立ち上がる。そして、態と肩を怒らせて、目つきを鋭くして歩いた。近くで遊んでいた親子連れがそそくさと逃げていく。
「どこいくのよ、待ちなさいよ」
「お前も、もう少し待て。おれもそろそろ覚悟を決めなきゃならん。少しはあれをみつめられるような人間に成り上がるつもりだ。それまでは、こうやって練り歩くしかねえ。もう少し、待て。無理なら他を探せ」
憎らしいほど晴れた空を見上げようとして、宙ぶらりんな視線のまま大光源を指さす。
美音は少し呆けたような顔をして、そのあと少し唇をかみしめ、そして、笑った。
「仕方ない、か。これでも私は女王よ。火ノ鳥は、永遠の炎を灯すもの、だけど炎は常に形を変えてゆくのよ。待てなくなったら唯光を焼き焦がしてやるから、早く大人になりなさい。・・・手助けできることがあったら、言ってね」
「あいよ」
振り返らない。そのまま、覚束ない足取りで家まで帰る。
部屋まで何とかたどり着き、マットレスに寝そべってつらつら考える。
そうだ。俺も大人にならなきゃいけねえんだ。臼間を出たら、俺は理事長の息子じゃなくなる。今みてえに肩書に依存して精神状態を保っているようじゃだめだ。
初鹿野唯光として、自分で自分を指ささなくていいようにしよう。
実際、なにをすべきか・・・人に恥じない、俺が躊躇なくできること、俺しかできないこと、肩書に頼らなくていいこと・・・
「・・・部活でも始めるか」
まさかの、商店街を介護されながら移動して、公園で語り合うだけだという。
顔が緩むような男女関係は、もう少しお待ちください。
今回の多段突んの決意により、ようやく物語はスムーズに動き始めます。
作中の恋愛理論は、ダリアの心の声でもあります。そんな簡単に、恋を成就させてたまるものですか。血と汗にまみれた、最高のラブコメを目指して彼ら彼女らを動かしていく所存です。
次回から第三章に入ります。構成は練り上げているのですが、四章以降のことも少し考えたいので数日間を開けるかもしれません。
三章ではレギュラーメンバーがかなり増えます。
個性的な女の子や個性的な野郎が、今まで以上に暴れまわりますのでどうか見てやってください。
それでは




