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理事長の息子は権威を笠に着て練り歩く  作者: 大魔王ダリア
第二章 「憎悪の弾丸、狂愛の刃」
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旧武道場内での秘事

「本気でついてくんのかよ」


窓から黄昏の光がうっすら差し込む廊下を歩みながら、最近わけのわからない新しい会長業を始めたらしい生徒会長様に念押しする。


「お前は関わらないほうがいいと思うけどな」

「ついていくわ。そもそも学校内の廃施設を使用すること自体、私の権限ですら無理なのよ」

「そうか。お前なら別にいいんだが、後から苦情言われても困るからな」

「そんなに不安を煽るのなら、何をする気なのか教えてもらえないかしらね」

「へへっ、準備だ。鴨狩りのな」



会長が訝しげに眉を顰める。いつの間にか随分とぬるくなった夜風が、額に迫って抜けていった。渡り廊下に出たのだ。


今向かっているのは旧武道場、今では一切使用されていない、焼却炉と同様の施設だ。壊されていないのは例によってコストを惜しんだため、それに土地的な問題が絡んでいるらしくここ十数年放置されている。鍵はいつの間にか紛失してしまったようだが、南京錠が破壊されているため何の障害もなく侵入することができる。相も変わらずセキュリティのなってない学園だ、親父には猛省してもらいたい。



まあ、今からやることはあそこが解放されてるからできるんだがな。渡り廊下の端、旧校舎の入り口の手前右側に小さな階段がある。そもそも旧校舎を利用する者自体がSR部や逢引きなんていかがわしい奴らばかりだ。ましてやこのまっすぐ歩けば見逃しそうな脇の階段から、雑草に塗れた道を歩いて旧武道館に行くものなんて殆どいない。存在を知っているものもそうそういないだろうな。理事長の息子である俺や生徒会長である辰己、あとは・・・




「初鹿野さん、お待ちしてたっす!言われた通り、準備しておきましたよ」

「そうか、そりゃよかった。どんな様子だ」

「いや、まだ目を覚ましてねえようで・・・情けねえ野郎っすね」



武道場の前に来た。武道場というから、やはり和風の木造建築物なんだが、見た目的には廃棄された山奥の温泉旅館の大納屋といった趣だ。端的に言えば廃屋。

石田の案内に従って、一階を進む。途中で腐った床に足を取られたり会長が鼠に驚いて悲鳴を上げたりしながら、柔道場の木扉を開く。ぎしししぃぃ、とかなり無理をした音が響き、虫食いだらけの畳が広がる床が現れた。






昨日の夕刻に美音から連絡があった。角川雛が、暗部の隠れ家が雑巾町のボロアパートの二階であること、そして外出する税所辰宣が外道坂を下っていくところまでを尾行して確認したこと、それらを調べ上げた。神経質そうな税所が怯えた表情をしながら歩いている写真や、暗部との取引に使った金の出納帳の写真まで添付されていた。恐ろしい行動力だ、流石の俺もこれには舌を巻いた。




そして、俺は今目の前で、後ろ手に縛られ猿轡をかまされたまま失神している男を足先で突いている。



「おい、起きろよ。てめえに悠長に寝てもらうわけにはいかねえんだよ。狩りの準備を終えなくちゃいけねえ。おらっ」


腹をけりつけると、くぎゃあ、と蛙がつぶれたような声をあげて、男の目があいた。





「ううっ、ここは・・・」

「おはよう、税所辰宣。ここは・・・まあどこでもいい。俺の質問に答えてくれりゃあ、悪いようにはしねえよ」


慌てふためく初老の男。屋敷御用の税所辰宣だ。親父に掛け合って石田の授業を免除してもらい、雛に御用を命じられて外出する税所を石田が急襲、捕らえてここに放り込んでおいた。


「な、なんなんだお前は・・・私に何の恨みが」

「お前じゃねえ。お前の主と、主の飼い犬に一泡吹かせようってガキの集まりがあってな」



税所の目が、驚愕に満ちる。と同時に、鴨蔵の存在を思い出したのか顔つきが不遜なものに変貌した。



「ふん、お前らは旦那様に歯向かう気か。愚かな。旦那様の恐ろしさを、お前らに理解できるはずもないだろうが、あのお方は邪魔立てするものは赤子でも捻り殺すような」

「馬鹿野郎。そんなことは承知の上だ。お前の旦那は娘と恋仲だってだけで少年の頭から雲を吹かせる外道だ。全部分かったうえでお前に聞きてえことがあるっつってんだ」


頬桁を殴りつける。とっさに腕でかばおうとしたが、手が縛られていて動かせない。鼻から血を吹いて、税所は呻いた。会長が、軽く悲鳴を上げる。


「会長、俺がやるのはこれだ。こいつに、知ってることすべて吐いてもらわなきゃならん。場合によっちゃあ手酷い拷問を加える始末になるかもしれん。今からでも帰ってくれて構わねえぜ。片付けはやっとく。石田が」

「うっす」

「・・・いえ、ここで見ておくわ。貴方という人間が何をなそうとしているのか、見てみたい。それが理不尽で害をなすものなら全力で排除するし、もし貴方が貴方の規則に従って報われない恨みを叶わせようとしているのなら、私はそれを見届ける」

「そうか。じゃあ、遠慮なく」



指をぽきぽき鳴らしながらにじり寄る。税所は後ずさろうとするがうまくいかない。

目の前に立ち、白い髪を掴んで引き上げる。


「待ってくれ、話す、話を聞くから、待って」



随分とあっさり降参した。見た感じ五十は超えてそうな老人だし、流石に苦しかったか。



「ああ、そうか。そりゃ賢明だ。じゃあまず、鴨蔵の暗部は何人だ」

「六人だ・・・いや、この前二人やられたから、四人だ」

「ふうん。意外とすくねえな。やられたのは妻書と大北ってやつか」

「ああ。い、言っておくが誰がやったのかは知らんぞ。こっちでもまだわかっていないいのだ」

「へえ、そうかい。俺にゃあおおよその検討はついてるけどな」



信じられんという表情になる税所。まあ、そういう反応だろうな。俺も別に確証があるわけじゃない。



「灯台下暗しってやつだ。お前に語る気はないがな。それより、お前に一番聞きてえのは焼津を撃った狙撃手のことだ。いったい何者なんだ?暗部の一人なのか」

「それは・・・私も詳しく知らない。本当なんだ。旦那様が、いい人材が手に入るかもしれないから呼んで来いと命令なされて・・・」


税所が頬の皺を震わせながら、うつむき加減にしゃべりだす。少なくとも、何かを隠そうとはしていないようだ。鴨蔵の権威に頼り切っているから鴨蔵の手の届かないところで責められれば、簡単に情報を吐いてしまう。所詮はこんなもんだ。この爺さんには俺にうそをつくような余裕はない。





それでも、税所は鴨蔵から受け取った情報を漏らした。



狙撃手の名は津和野三代武、藤沢在住で湘南工科大学機械工学科三年生。成績は優秀だが人付き合いは悪く狷介孤高。そして、津和野の得意分野は金属の筒状加工と組み立て。犯行に用いた銃はなんと自作だという。そりゃ、いくら銃を洗っても犯人にたどり着かねえわけだ。



「旦那様には、そんな最低限の情報と、津和野が連続射殺魔であるという事しか聞いていない。それだけあれば津和野を脅して焼津進馬の始末を依頼するには十分だからな」

「そうか。しかし、どうやって鴨蔵は津和野が射殺魔だと知ったのか、わかるか?」

「いや・・・知らない。本当だ。旦那様は命令するとき必要な情報は一切漏らさずに伝えてくださる。逆に、伝えられていない情報は知る必要がないということだ。下手な詮索や質問は、厳に慎まなければならない」

「そうか、そういう認識か。だがな、俺には誰だか大方見当はついてるぜ」

「またか・・・はったりじゃないのか」

「へっ。嘘でも虚勢でもねえよ。鴨蔵に津和野の存在を教えた人物、暗部二人を殺した人物。なあ、税所。妻書と大北が物騒なもんもって始末しようと出かけた、その相手は津和野なんじゃねえか?」


図星のようだ。皺がこれでもかというくらい震え、額がひくひくしている。



「そうだ。津和野は他人に命令されて撃つのは嫌だと言い出して、旦那様は早々に見限られた。雑巾町から先に津和野を発たせて、後から尾行、外道坂の途中で殺す予定だったらしい。雑巾町内で揉め事を起こすと、土地の者といろいろ面倒だから」

「やっぱりな。なら、俺の想像も間違っちゃねえだろ。なんだ、教えてほしいのか。嫌だね、自分で考えやがれ。何なら帰って旦那様に聞きゃあいいさ」

「・・・わかって言っているだろ。私はもう角川邸には戻れない。今頃、私を見つけ出して口を封じようと暗部の連中が探しているだろう。ある意味、ここが一番安全なのかもしれない・・・なあ、ここはどこなんだ」

「気にするな。・・・最後に一つ、お前にはやってもらうことがある。それをやってくれさえすれば今すぐ解放してやろう」




そう言って紙とボールペンを渡す。



「これに、言ったとおりに書くんだ。宛先は、鴨蔵宛と津和野宛。内容は・・・・・・」






一通り書き終わった。税所は、疲れ切った顔をして悄然としている。



「よし、準備は整った。石田、縄を解いてやれ。会長、監督ご苦労。あとは、俺の仕事だ」

「初鹿野さん、俺も手伝わなくていいっすか」

「いや、いい」

「初鹿野君」

「会長は、もっといらん。荒事だし、鼠や爺さんの鼻血ですくんでるようじゃ話にならねえ」

「そう・・・」





そう、これは俺の仕事だ。


税所が書いた手紙二通、さらに元から用意していた三通、合わせて五通の手紙。



これが、鴨狩りの仕掛けだ。






さあ、とくと御覧じろ。

さあ、出陣。


次回、vs鴨。

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