火ノ鳥の女王
「あいかわらず、いやらしい趣味の校舎だぜ。門構えからして気取ってやがる。逸平さんの趣味じゃあねえんだろうが・・・」
俺は中世建築の知識なんてないが、一般的にヨーロッパの城を想像すると頭に出てくるような、細っこい金属が幾何学的模様を描いてぐにゃぐにゃしてる、無駄に大きい門だ。敷地に入れば、これまた気取りに気取った建物が見えてくる。実際に、スコットランドのグラスゴー大聖堂とポーランドのヴァヴェル城をモチーフに建築したと、逸平さんが苦笑いしながら言っていたな。
いや、別に建物自体は荘厳で美麗でいいとは思うんだが、ここはあくまで神奈川県味原市なことを忘れているんじゃないだろうか。敷地を出て三分でコンビニや唐揚げ弁当屋に出会える地方都市に、あまりにもミスマッチなんだよ。初代理事長は何を考えていたんだろうか。まあこれを維持できているってことは金があるわけで、金があるのは毎年お嬢様がここに入学を希望するからで、それがこの貴族趣味な校舎の集客能力なんだとしたら、あながち馬鹿にはできんのかもしれねえな、俺は嫌いだが。
余計なことを考えながらも寄り道はせず、通用口警備のおっさんに身元と要件を告げる。流石に話は通っていたようで、安永の世話になることなく校内に案内された。理事長室までの道のりくらいならわかるんだが、きちんと案内しないと後が怖いからな。途中で何か事を起こされたら大問題だし、面倒くさそうな顔をしながらも理事長室の扉の前まで律儀に案内して、俺が部屋に入るまでそばを離れることはなかった。いや、何もしねえっての。するとしたらナンパくらいだ。それがダメなのか。
「お久しぶりだな、タダよ。いや、そうでもないか。この前マサと飲んだ時に、ソファで熟睡している顔を拝ませてもらったっけなあ、がっははは」
顔を見るなり気持ち悪いことを言いながら、唾を飛ばして豪快に笑うこの髭面の親父こそが、米津逸平だ。この姿だけ見れば誰も女子高の理事長なんて思うことはないだろう。なんなら、教職員であるとすら思われない。経営学者も然りだ。俺の親父とは幼馴染で、発言の通りかなり高頻度で交流がある。親父の次に、俺と会話する人間だろうな。いや、最近は柳一が勝っているか。
一方で、この逸平さんには娘がいる。米津美音といい、小学が一緒で中学からは別、つーか火ノ鳥の中等部に入学したんだが、とにかく、俺の古い知り合いにあたる。幼馴染とは認めない。なぜなら・・・
「はん、久しぶりにその野蛮な顔を見て早速気分が悪くなってきたわ。唯光、相変わらず荒んだ生活を送っているようね。全く人間としての成長が見られないのね、低能。しかも」
「けっ、相変わらずなのはお互い様のようじゃあじゃねえか、クソ女。女王様気取りは治ってねえらしいな。馬鹿らしい」
「気取り?ああ、本当に何もわからない男なのね。私は、女王よ。この城の、主よ。火ノ鳥を従える私こそが至高であるべき選ばれた人間、そんなこともわからないのかしら?」
「ああ、そうかよ。そりゃよかったな」
よくねえけど、よくわからんからいいや。中等部にあがったころから、この女はおかしくなった。いや、小学の時点でかなり高飛車な性格だったが、この無駄に壮大な校舎に毒されて自分が一国一城の主だと思うようになった、理事長の娘なのだ。俺も似たようなものかもしれんが、ここまでぶっとんではないと思いたい。
「ふう、唯光みたいな愚かな野犬には躾が必要ね・・・それとも屠殺されたいかしら」
「女王が野犬退治に出かけるなよ。つーかなんだその黒い紐は」
「紐?あら、これのこと。女王たるものが身に着けるべき必須道具なのよ。黒革の鞭。これを振るえばあらゆる能無し男を奴隷にできるらしいわ」
「それは、女王違いだろ。いや、お前の求めてんのはむしろそっちなのか。どっちにしろ痛いからやめたほうがいいぜ」
「そりゃ、痛いのは当たり前じゃない。鞭なんだから」
「無知って怖いな」
「そうでしょう」
ふふん、と勝ち誇ったように鼻息をだす女王様。
この会話からわかると思うが、こいつは基本馬鹿だ。理想の自分を追いかける熱意だけは評価できるだろうが、情報源はネットに頼ってすぐに騙されるし自分がどれだけ高慢に対応しても誰一人逆らうものはいない、いても叩き潰せると純粋に信じている女だ。無知って怖い。
「お前な、その態度を貫き通してあれから何事もなかったのか?正直今頃逆上した男かなんかに乱暴されてるんじゃねえかって期待してたんだが」
「は?私は下賤な男なんかに触れることすらできない存在なのよ。というか、期待していたってなー----痛い痛い痛いッ、やめてえええ」
「触れられたぜ、俺はどうやら意外と高貴な存在らしいな?ほら、こっちに来いよ、なんだかんだで二年ぶりくらいだろ。会いたくなかったが、会ったら久しぶりに遊びたくなったぜ」
「嫌ああああああ!昔みたいに、また私に恥をかかせるつもりなの、助けて、やめてええ!パパ、にやにやしてないで助けなさいよ痛い痛いッ」
蟀谷のつぼっていてえよな。でも、豊乳に効果があるらしい。実際こいつもそこだけは成長してやがる。おたがい、体以外成長してねえってのも悲しいもんだ。
茶番も、これくらいでいいか。
「で、なんで美音がいるんだよ。いくら何でも普段から理事長室に入り浸ってるわけでもねえだろうに」
「普通に話してるけど、まずはその手を止めなさいよ!いたいぃよぉ・・・」
「お前に聞いてねえ。逸平さん」
「がはははっ、なあに、お前の案内役につけてやろうと思ってな。タダ一人で校舎内を歩いたら流石に問題があるだろ。生徒会長である美音が側にいれば誰も文句は言わないはずさ」
「痛いって言ってるのぉぉぉぉ、いい加減に・・・」
「ああ、そういうことか。わざわざこんなやかましい奴じゃなくてもいいと思うんだがな」
「そういうな、幼馴染だろうが。仲良くしてりゃあ、将来的に寂しくなった時に酒を飲む仲間が手に入るってもんだ」
「いや、幼馴染じゃねえからな。幼い時に馴染んだ覚えはねえし、今もなお馴染んでねえからな。おい、いい加減うるせえぞ」
「ならその手を放しなさいよおおぉぉぉ!・・・はぁ、はぁ、やっと放したわね・・・ああ、頭がじんじんするぅ、痛いぃ」
いや、途中から全く力加えてなかったからな。本当に、思い込みで生きてる馬鹿女だ。刺激で脳が活性化して少しは頭がよくなるかと思ったが、結局豊胸の手助けにしかならないか。
「本当に・・・幼馴染に対してあんまりね・・・いや、昔からだけど」
「いや、だから幼馴染じゃねえっての。いつ馴染んだよ」
涙目で睨んでくる、女王様だ。いや、もう無理があるだろ。
古い知人に会って、そこそこ愉しい時間を過ごしたが、俺は今日一応用事があってきたんだった。さっさと角川雛に会って話を聞かなきゃならん。女王様と話して一日を終えるほど馬鹿らしいこともねえからな。
「さあ、お前のことも飽きたし角川雛に会わせてくれ」
「ッ!・・・ほかの女の話なんて、本当にクズね・・・」
「もう茶番はいいんだよ、さっさと案内しろ」
「あら、そうなの。釈然としないけど、まあいいわ。では、ついてきなさい。私の城を、隅々まで紹介してあげるわ。その威光にひれ伏しなさい」
「いや、角川と話すだけで結構だからな。関係ねえ所に連れて行ったら、酷い目に遭わすぞ」
ははは、震えてやがる。なんか顔が赤いし、こいつは意外にマゾヒストかもな。
苦手意識が強かったが、久しぶりに会ったら扱いやすくて愉しいじゃねえか。
「美音」
「何かしら。ちゃんとまっすぐ向かってるわよ」
「まあ、久しぶりに会えてよかったぜ」
「⁉・・・そう、そうなの。え、ていうか唯光が素直に感情表現するなんて、何があったのよ。おかしいじゃない」
「てめえ、言いたいこと言うじゃねえか。まあ、意図せずに人づきあいが増えちまったんだよ。どいつもこいつも、人の顔色も考えずに好き勝手言いやがる。たまには、思ったことの一つや二つは素直に言わねえとな」
「へえ。唯光に、普段から話しかけてくる人間がいるのね・・・臼間高校、噂以上に恐ろしいところのようね」
腹が立つが、否定できんな。俺の知り合いが特別おかしいだけだと思いたいんだが・・・
「着いたわよ。ここが、特別看護室。すごい名前だけれど、要はカウンセリング用の部屋よ」
まあ、角川と話すのには妥当な部屋だろうな。
扉を開けて、落ち着いた香りのする部屋に入る。一応、ノックは忘れずに。
流石にこの部屋は、貴族趣味を排した、精神を落ち着けることを念頭に置いた模様になっている。俺も、かなり安心した。
部屋の真ん中で、黒髪の少女が不動で座っていた。
顔色は青白く、頬は窪み、赤い唇を真一文字に引き結び、それでも可憐さを失わず。
そして意外にも強い意志を湛えた瞳が、俺たちを射抜いた。
高飛車ポンコツ幼馴染、美音ちゃん登場です。何気に、初めての萌えキャラな気がします。萌えキャラですよね...




