部活動
遅れてすみません
「おおーい、唯光。飯食おうぜ。おい、どこ行くんだよー」
「煩い・・・」
本当に、掛値なく煩い。五月の蠅。もう下旬だが、六月になれば消えてゆくだろうか。んなことはない。蠅は、不滅だ。叩いても潰しても、いずれ湧いてきて不快な羽音を耳元で奏で通でだす。
それなら、わざわざエネルギーを使って駆逐するのも馬鹿らしい。ただでさえ俺に悪意や敵愾の心を向けてくる奴は多いんだ。煩いだけの蠅に、構う必要はない。羽音は気にしない、気にしない、気にしない。
「唯光ー。購買行こうぜ」
「唯光ー。篠芽の奴がさー」
「唯光ー。何のマンガ読んでんだよ」
「唯光ー。次の」
「唯光ー。放課後」
「唯光ー」
「たーだーみーつ」
「煩えええぇぇぇぇ・・・・・・おう、柳一、てめぇは唇縫い付けられるまで黙れねえのか? 顔についてる二つの水晶体は飾りかよ?少しは人の顔色くらい見やがれってんだ。今日だけで二十二回も絡んできやがって、やれ昼飯だのやれ漫画の内容だの下らねえことでいちいち俺に突っかかってくんじゃねえよ。ぶち殺すぞ」
唸りながら、怨怒の声を上げる。午前から馴れ馴れしく近寄ってきて、昼飯に誘った後はひたすら聞いてもねえ話をしてくるし、放課後は二十分おきに話しかけてきやがる。うぜえ。果てしなくうざったい。ずっと俺に話しかけるから工藤には睨まれるし、何とか話に入ってこようとした女には目もくれないからいつもとは別の意味で厄介扱いされるし、本当に勘弁してくれ。お前の話を聞いてくれる奴はいくらでもいるだろうが。それも美少女が。
堪忍袋の緒が決壊して怒声があふれ出たのは放課後のことだ。あとは帰宅するだけだったが、ここで無反応を貫いても、明日により調子に乗ったこの男が朝から俺の精神をピーラーで桂剝きにかかるのは火を見るより明らかだ。
「な、なんだよ。いきなり怒らなくてもいいじゃんか・・・・・・俺はお前と友達になりたいだけで」
「ああ、それは勝手に思ってりゃいいさ。だが、暇ができりゃあその度に絡んでくるのをやめろっつってんだよ」
いや、もう今日だけで普段の一か月分くらいの会話量だった。普段は目力だけでコミュニケーションは成立して皆引き下がっていくからな。それをこいつときたら、妙にメンタル強えから睨んでも追い払っても懲りずに寄ってきてブンブン飛び回る。いや、単純に鈍感なだけか。工藤や柳一ラブの女共はこんな苛立ちを抱えながら日々を過ごしてんのか。シンパシーを感じて工藤に励ましの視線を向ける。引きつった顔で睨まれた。なんでだ、いやわかるけど。
「お前な、おれにぺちゃくちゃ話しかけてくるくらいなら工藤あたりとくっちゃべってろよ。よっぽど有意義で心温まる時間を過ごせると保証するぜ」
少し、フォローしておくか。そう思って柳一の会話の矛先を駆動へとシフトさせようと試みる。いや、単純にもう帰りたいだけだが。このままじゃ家までついてきそうだ。
工藤は、自分の名前が出たことに驚いた顔をしている。
「いや、俺は今篠芽じゃなくて唯光と話したい」
「馬鹿野郎」
なんだこいつは。いや、工藤と話したくないのは別にいいんだが、この状況でそれを言うかよ。思いっきり本人の目の前で。なぜか涙目からのすごい形相で睨まれてんのは俺だし。工藤、お前もうこいつ諦めてもう少しまともな感覚持ってる男見繕ったほうがいいんじゃねえか。
ああ、くそ、慣れない会話のストレスで腹が痛い。苛々しながらとり繕って会話するのってこんなに負担なのか。
「はあ、なんか気分悪いから帰る」
嘘はついていない。気分が悪い。機嫌も。
「お、帰るのか。じゃあ一緒に帰ろうぜ」
「嫌だ。ついてくるな。来たら殺す。他の誰かと帰れ。それか部活に行け」
「他もだれも、俺はお前と帰りたいんだ!確か春染町だったよな、お前の家。意外と近所なんだよ、俺」
「おいお前なんで俺の家を知ってんだ」
「え?ああ、辰己さんに聞いたんだ」
「あの女・・・」
許さん。帰りがけにシメてやる。どうせ、向こうからちょっかいかけてくるだろうし。
「それから、部活は今活動休止中なんだ。部内の責任者の三日月先輩が交通事故で入院中だから」
「あ、そう」
前にも話題になったが、臼間には部活・同好会が多い。多すぎる。総数は知らないが、三桁はくだらないだろう。同好会は奇矯で活動目的も意味もわかりたくないものだらけだが、部活動の中にも恐ろしいものがあったりする。SR部ってやつだ。それだけ数があるから顧問の数が間に合わず、名義だけ貸して、その部活ないし同好会内で責任者を決めてそいつにほぼほぼの権利を委託している。だから活動はかなり自由だが、責任者が不在の場合は活動が認められないのが唯一の束縛だ。
あんまりこいつとは会話したくないが、怖いもの見たさでつい聞いてしまう。
「お前、何の部活入ってんだ?同好会か?」
「一応部活だ。「男塾研究部」ていうんだけど、もしかして興味あるのか?」
「あってたまるか」
何でそれが部活認定されてんだ。それに部費がおりてんのか。何に使うんだよ。油でも大量に買うのか。こいつが竹林剣相撲で血みどろになっている様子を頭に思い浮かべようとしたが、この端正な顔立ちと細めの体ををあの体の隅から隅まで倍率のおかしいスタイルに変換できずに、あきらめた。
「つーか、部員いるのかよそれ。いるんだろうな、空恐ろしいぜ・・・三日月先輩、何者だよ」
「知らないの?」
「うお」
いきなり工藤が割り込んできた。この流れなら自分も入れてもらえると踏んだのか。いいぞ、このままひきつけてくれ。そのまま引き取ってくれ。
「三日月弧刃先輩。聞いたことくらいはあるんじゃないかな?」
「みかづき、このは・・・ちょっと待てよ、どっかで聞いた覚えが・・・・・・あ」
そうだ、先週石田から聞いたんだ。
「確か仇名が、【半世界の謎】だったか」
「なにそれ?」
「いや、なんでもねえ。戯言だ」
あいつのキャラがいまいちわからん。放課後校舎裏不良族のリーダーでカツアゲの常習だが、訳の分からん仇名を付けたり匿名で学内新聞に詩を投稿したり、恐ろしくポンコツだが喧嘩の腕は一流だし。あいつ、あれでも棒術の師匠について学んでたらしいからな。
「とにかく、俺は帰るぜ。お前は来るな。絶対に」
「そんな事言わ」
「りゅうくん、初鹿野君も困ってるし、今日は私と帰ろうよ、ね」
ナイスだ、工藤。心の中で親指を立てる。普段は地面を指してばかりの心の親指が立てられるのは珍しい。俺の最大限の感謝だ。
「えー。今日はも何もお前とはいっつも一緒に帰ってんじゃん。それよりも俺は」
「言うな。それ以上言葉を紡ぐな。いいからお前は二人で仲良く帰れ。命があるうちに。あと、明日からは俺に話しかけるな。じゃあな」
そろそろ限界が来ている。このままじゃ胃に穴が開く。明日からもこの調子が続くようなら最悪、拳に訴えよう。葉詠に文句を言われそうだが、仕方ない。なんならそれで葉詠とも縁が切れるかもしれない。正直あの美少女の後輩のことは嫌いじゃないんだが、最近人づきあいが増えすぎてまいってんだ。切れるところは切っておかねえとな。
「おーい、待ってくれよ」
待つかよ、馬鹿。お前は工藤と仲良く手でもつないで帰ってりゃいいんだ。はたから見りゃあ立派なカップルなんだから、後は既成事実を組み立てていきゃいいんだよ、頑張れ工藤。
はたから見りゃあカップル、か。
赤い雲の写真が、脳内に投影される
いや、別にいいさ。あいつらが撃ち殺されようが知ったこっちゃねえ。大体今までの犯行は休日の夜中に起きた。いくらなんでも平日のまだ日のある夕方に、それもただ下校中の男女を狙うか?それだけで狙われてりゃ日本の学生数は半分以下になっちまう。あー、馬鹿らしい。
赤い雲。頭から離れない。
「柳一」
教室から出る直前に、思わず声をかける。
「なんだ?」
「・・・・・・気をつけて帰れよ」
「? おう、わかった」
不思議そうに顔を傾げながら頷く。こいつも新聞を見てねえのか。いや、見てても気づかないだけか。
誰も、灰色の紙面に踊っている出来事が、自分の身に降りかかるなんて思っちゃいない。
まあ、カップルなんていくらでもいる。誰がいつ狙われて死ぬかなんてわからないし、どうしようもない。
「あいつらなら、大丈夫だろ」
少量の願望を込めて、呟いた。
なんだか、旗を立ててしまった気がしたが、もう遅い。
校舎から出ようとして、「世界水道事情研究会」の旗がひらひらしているのが見えた。
俺が立てた旗も、あんな下らねえやつならいいんだが。
というわけで、二章二話です。
次回から事件編、今回の舞台は臼間ではなく・・・。




