愛と誇りの問題
連れてこられた少年が、俺の目の前の椅子に座らされる。椅子の両脇と背後に大柄な坊主頭の一年(例の松竹梅田だろうか)が仁王立ち、空き教室の扉の前には石田が陣取り、俺の横には会長が偉そうに座っている。ただのパイプ椅子に気取って座っても威厳はないと思うが、どうなんだ。
対称的に目の前の少年は何とも力ない座り方をしている。腕はだらりと伸ばし、半開きの口からは幽かに何かを唱える音がする。向かって右の一年坊主が顔を上げさせると、なんともひどい顔が晒された。不細工とか痘痕面とかそういうのではなく、とにかく陰が濃い。目は虚ろで髪は乱れ、顔には血の気が微塵もない。何より不気味なのは目の下にできた巨大な隈だ。一時期物凄いアイシャドウを付けていた一発ネタ枠の女性芸人がいたが、そのくらい作り物めいた巨大な隈だ。歌舞伎役者みたい。
「お前、名前は」
「・・・」
「おい、答えろ」
「・・・」
何も話さない。かなり威圧的に凄んでも一言も話そうとしない。
代わりに石田に連行した仔細を話して貰った。
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「よし、お前ら。怪しい奴はぜってえに見逃すんじゃねえぞ。さっさと犯人捕まえて初鹿野さんに引き渡して、疑いを晴らすんだ!」
『うっす!』
松田たちが声を上げる。と言っても張り込みの仕事だからいつもの張り上げるような声じゃないが、やる気は伝わってくる。いつもはふざけてるがこういう時の真剣さには定評のあるやつらだ。自分たちが殺人容疑をかけられているとなれば尚更だ。
初鹿野さんに突き放すような発言をされて五限目は不貞腐れながら過ごしたけど、六限目になって気が変わった。このまま俺らが犯人として誤解されて解決すれば、俺の兄貴分である初鹿野さんまで苦しい立場に置かれてしまう。それだけは避けなきゃならねえ。ならやるべきは俺が犯人でないことを証明する事だ。一年のころにやった数学を思い出す。
「命題Aが真であることを証明したいとき、Aが偽であると仮定してその矛盾を探す」
何ていうんだったっけ。あ、そうだ、帰謬法だ。とにかく俺は「俺が殺人の犯人でない」という命題を証明したい。「俺が犯人」ならば「他に犯人はいない」もしくは「共犯関係者がいる」。なら、「他に犯人がいる」ということと「その真犯人と俺は共犯でない」ことを証明できればいい。そうすれば「俺は殺人の犯人ではない」。こういった消極的事実の証明は帰謬を用いて要素を潰していけ、と一年のころの数学担任が言ってた。うん、流石俺。初鹿野唯光の筆頭舎弟は伊達じゃない、今日も俺は論理系不良を決めている。
で、どうやって犯人を見つけるかだけど、それがこの「張り込み」って手段だ。これしかやりようがない。だって、俺が手にしている情報は
「事件が殺人であること」
「現場が校舎裏であること」
だけだ。なら犯人は現場に戻るのを信じて待つっきゃねえ。
そうやって俺と松田、竹田と梅田の二組で俺らの会所と焼却炉の周りにわかれて見張ってたら、こいつがこそこそと焼却炉に近寄ってくるのが見えた。
それどころか、ドライバーと金槌を使って焼却炉の鍵を壊そうとしていた。手拭いで音を抑えてたが、姿も音も丸見えだったぜ。へへっ。
「そんなわけでこいつを捕らえてきたんっすよ。道すがら少しでも何か聞き出そうとしたんですが、怒鳴っても小突いても髪抜いても口開こうとしねえんです」
「なるほどな」
あらためて、目の前の少年、もとい有力犯人候補を見やる。相貌は陰湿で犯罪者と言われれば信じたくなる。
だが。
「石田、わりいがこいつは犯人じゃねえと思うな」
「え、何でっすか」
「なぜかしら」
石田だけでなくとなりの会長までが口をはさむ。お前、自分の疑問は口を衝いて出やすいタイプか。
「お前、立て」
「・・・」
口は閉ざしても行動には従う気があるらしい。素直に立ち上がった。
「どうだ」
「なにが?」
「見ろ、こいつはかなり小柄だ。目測だが、恐らく雑賀葉詠よりも身長が低い」
「そうかもね」
葉詠は高身長ではないが、それでも百五十後半くらいだろう。一方こいつは百五十二、三といったところか。
「考えてみろ、いくら強い力で抱き寄せたって、自分より身長の高い人間の頭を胸に押し付るか?」
「そりゃ、確かに無理な姿勢だけれど、できなくはないんじゃないかしら?」
「ああ、だがその場合抱き寄せられた葉詠の姿勢はかなり前かがみになってたはずだろ。だが、葉詠は犯人の拘束が緩んだ瞬間、後ろに倒れることができた。そこまで無理な態勢じゃなかったってことだ」
「なるほど、そうね」
一瞬、皆が静まる。そして、石田が当然の疑問をはさんだ。
「でも、初鹿野さん。こいつは現に焼却炉の扉をぶち壊そうとしてたんですぜ。事件に関係がないならなんでそんなことしたんすか」
「さあな。まあ関係はあるってことだろ。そこん所を少しでも聞きたいんだが・・・・・・」
いまだに開かぬ貝ノ口を見ながら、俺は言った。
「なあ、お前さ、名前くらいは言う気ねえか?」
「・・・ぃ」
時間がねえから、このまま黙りこくるんなら実力行使をする、と脅そうとしたがその前に貝が開いた。
「あ?」
「阿部喬平、です。二年五組の」
「ふーん」
意外と落ち着いた、綺麗な声だった。この死神みたいな見た目とのギャップがすごい。
「で、現場で何をしようとしていたのか、言う気はあるか?」
「ありません」
「おいゴラァ!このモヤシ野郎が、俺らをなめんのもいい加減にしやがれ、アァ!」
即拒否か。残念だ。俺が声を上げる前に、石田が胸ぐらを掴み、そのまま持ち上げる。ガタイのいい石田がつかみ上げたのだから、阿部の足は宙に浮いている。石田も何気にすげえな、いくら小柄でも数十キロあるだろうに、片手で。
「ねえ、私たちはとても真剣に行動しているの。貴方が犯人ではないのは理解したけれど、不審な行動で咎められた以上は説明してもらうわよ」
見た目がチンピラの石田、その取り巻き三人、さらには辣腕生徒会長、理事長の息子にまでにらまれながらつるし上げられた阿部は、苦しそうにえずきながら声を絞り出した。
「これは、僕の愛と誇りの問題なんです!誰であろうと、他人に話す気はありません!」
髪を振り乱し白目を剝きながら、掠れた、それでも綺麗な声で愛と誇りを叫んだ。
「はぁ?なにいってやがんだてめ」
「もういい、石田、離せ」
「え。でも」
「角」
「・・・うっす」
精一杯の不満の表れなのか、腕を目いっぱい高く上げて、手を離した。どさりと阿部の体が地につき、そのままへたりこんで喘いでいる。
「阿部。帰っていいぞ」
「え。ほんとうに?」
「ああ」
もういい。
「そんな、初鹿野さん。せっかく捕まえてきたのに」
「犯人じゃねえってわかっただろ。それに身長理論に則れば石田、お前が一番怪しいのには変わりないからな、覚えとけ」
「そ、そんな~。ひどいっすよ~」
また泣きそうになってやがる、優しい論理派のヤンキーだ。自称だが。
「初鹿野君。帰すのはいいけれど、あとはどうするのよ。まだ話を聞く人はいるの?いるのなら早くしたほうが」
そう言って時計を指さす。なるほど、もう十六時を回っている。生徒に話を聞くのなら早々に動き出さなきゃな。
だが。
「いや、もう聞きたい奴はいねえな」
「そう、なら」
「だけど、話さなきゃならん奴がいる」
「? 誰かしら。いえ、話している時間ももったいないわね。行くのならさっさと行きましょう」
そう言って会長が立ち上がる。
「いや、会長はもういい。つーか石田達も阿部ももう帰っていいぞ」
「そんな、もっとお役に立ちたいっすよ!」
「そうよ、そもそも理事長先生から探索を命じられたのは私たち二人なのだから、私も最後まで立ち会うわよ」
「だから、それが要らねえんだって」
「なんですって!」
いきり立つ会長。自分が邪魔者扱いされたと思ってるんだろう。まあ実際その通りだが、誤解があるみたいだ。
「会長、「探索」は終わったぜ」
「!」
「俺は、今から親父・・・初鹿野理事長に会って経過報告と頼みごとをしてくる。その頼みごとの報告を今晩親父から聞いたら・・・・・・」
「明日、理事会議室に集まってもらうぜ。お前ら全員、な」
「・・・そう、何かわかったのね」
「俺の疑い晴らしてくれるって、期待してるっす!」
「・・・・・・あした、会議室に行けばいいんですね」
『うっす!』
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深夜、初鹿野邸にて
一時はかなり焦ったが、どうにかなりそうだ。
布団に転がり、足を伸ばしながら安堵の溜息をつく。
さっき親父から「頼み事」の結果を聞いた。それをもとに明日するべき行動をシミュレーションする。
大丈夫、これなら臼間への傷は最低限に抑えつつ、悪辣な殺人犯への制裁も十分に行える。しかもかなり理想的な形で。
「くふっ。俺も意外と探偵とか刑事とか向いてるんじゃねえかな」
なんてな。そんなわけがないのだが、少なくとも教師よりは向いている気がする。
俺は野蛮で助平で自分勝手な理事長の息子だが、偶には悪党退治で名を上げるのも悪くはないだろう。
そうでもしないと、時期に太陽が見れなくなってしまう。
当然、辰己祭の目すらも。
予告
次回、犯人を名指しします
次々回、犯人を追い詰め、事件を落としどころに落とし込みます
次次々回、後日談。
多分今週末には一章を終わらせられるのではと思います。
犯人やトリック(とも呼べないような駄案)はもう粗方想像がついていらっしゃると思いますが、犯人を追い詰める描写は読者様の胸がすくよう頑張るので、どうかよろしくお願いします。




