ストーカーな彼女は一周回れば行き過ぎた純情一途説
プレゼンター、俺。
はい、というわけで、本日わたくしが持ってきた説はこちらです。
『ストーカーな彼女は一周回れば行き過ぎた純情一途説』
はい、そういうことです。
そちらの方、今こいつ何言ってんだ、みたいな顔されましたね? 酷い人だ。わかってない。本当、わかってないですよ。
ええ、そうですそうです。
わたくし、この度先日、めでたく彼女が出来ました。
ああいや、そんな……ありがとうございます! ありがとうっ!
いやー、たくさんの方にね、こうして祝って頂いてね、わたくし感無量でございます。本当、このまま天にも昇ってしまいそうな気分です。
そこは黙るんですね。
はいはい。わかってますわかってます。
今わたくし、かなり浮かれています。人生初めての彼女なのでねー。そりゃあ浮かれますよ。ええ浮かれますよ。
皆さん、浮かれてますかー? ってね。
今のわたくし、浮かれすぎて最早怖い物はございません。恐らく今の彼女との関係が冷え始めた頃、所謂倦怠期ですね。えぇ、そうです。そういう時期になるとね、途端に今のこの浮かれ具合が恥ずかしくなるんでしょうね。
カメラなんかが回ってて、一生涯……なんなら全国ネットでお茶の間に流れでもしようものなら、途端に自決を覚悟するでしょうね。
えぇ、はいはい。
まあそうなんですよね。
これ全国ネットになんて流れてないし、映像としても残らないのでね。何ならわたくしの脳内の話!
もうどう転んでも問題ないじゃんという次第でございます。
見世物でないなら一番痛い、という正論は止めてください。
そういうの、わたくし大嫌いでございます。
えぇ、そうです。所謂ロジハラ、というやつですね。駄目ですよ、ロジハラ。若人は正論に慣れていませんからね。嘘で塗り固めた偽りだらけの生活。それもまた一興ではございませんか。
まあ、わたくしがそう思うのも、恐らく先日出来た彼女のおかげ!
そう。わたくし、今浮かれているのです!
もう聞き飽きた?
……黙れよこのバカちんがぁ。
おっと失礼。
というわけで、そろそろ本題に入りましょうか。
はい。
この説、どういう意味だ? と皆さんお思いでしょう。そんなわけない、と皆さんお思いでしょう。
ですがね、それがどうも……そうでもないんです。
つまり、わたくしの彼女、ストーカーみたいなんですよ。
ああ失礼。元、ストーカーですね。晴れてストーカー相手のわたくしと結ばれたので、今では彼女、ストーカーのスの字もございません。
だって、恋仲の相手に行うプライベートの干渉は、それもうストーカー行為じゃないでしょう?
そうでもない?
いやいや、そんなことないですよ。
だって、俺の愛しで麗しの彼女が言っているんですよ?(洗脳済)
……ああ、はいはい。わかりましたわかりました。皆まで言わずとも、VTR見たらわかりますね。そうですね。
それでは早速、VTRどうぞ!
* * *
長い茶番に付き合わせてしまったことを、本当に申し訳ないと思う。
今日は皆さんに、最近出来た初めての俺の彼女のことを紹介しようと思います。これを見て、恋仲関係とは如何に素晴らしいものか。
それを皆に再確認してもらいたいのと、そして俺達の仲睦まじさを惚気たいと思います。
結局、惚気目的かよ、と思った皆さん。悪いが、しばしお付き合いください。だってさ、初めての彼女だなんて、嬉しくなるのは当然だろう?
彼女、本当に俺のことを好いていてくれていてさ。
それでいて、容姿も端麗。頭も良い。体だって……皆に下衆な視線で見られるのは嫌だけど、そりゃあもう凄い。
凄いったら凄い。
そんな彼女の素晴らしさを知ってもらうにはどうしたらいいのか。
そう思って思いついたのが、このVTRさ。
俺が生まれ死ぬまでの長い長いVTRだけど、ほんの一部を切り取って、着色してお伝えしようと思うからよろしくな。
早速だけど、俺の彼女は素晴らしい。
一言で言い表すことは困難だけど、本当にそうなんだよ。こういう時、自分の語彙力のなさが恨めしいな、コンチクショウ!
え、何が素晴らしいかって?
じゃあ、一個ずつ挙げてみようか。
一つ、彼女は贈り物が好きだ。
男の俺はテディベアの贈り物はちょっと気恥ずかしかったけどさ、これをあたしと思って、部屋を見渡せる場所に置いてくれ、だなんて言われたら従わざるを得ないだろう? 本当、可愛い彼女だなー。
ただそのテディベアを部屋に置いた日から、俺の夜の行動が全て筒抜けになったんだよな、一体何故なんだ? スマホをいじっていた回数から情事の回数まで、彼女は俺のことならなんでも知っている。
……多分。
これも全て愛の力なんだろうなあ! (洗脳済)
二つ、彼女は俺の勉強をよく見てくれる。
彼女、さっきも言った通り、頭が良くてさ。ただその反面、俺は頭が悪い。
……ほら、テストで赤点を取ると、補習があるだろ? そうなると、俺とあいつの時間、減っちまうからさ。彼女も、それが嫌なのか、しょっちゅう俺の勉強に付き合ってくれるんだ。
ただ何故か、彼女が俺の部屋を訪れる日は部屋の模様替えをしてテディベアの位置を変えた日であることが多いんだよな。
本当まったく呆れてしまう……。
模様替えして勉強が疎かになったタイミングも把握しているとか、彼女は本当に俺のことよくわかりすぎだろー! (恋は盲目)
三つ。
……それじゃあそろそろ俺の身が持たないし、最近の話をしようか。
* * *
俺、広田祐樹の朝は最近出来たアツアツな関係の彼女の電話から始まる。スマホの着信音が耳障りな中、俺は眠気に負けて早速彼女の思いを無下に、無視しようとしたところから始まった。
枕を両耳を隠すように当てて、しばし着信音が鳴り止むのを待った。
長い着信音が止んだ。ようやく惰眠に耽られると、俺は目をしかと瞑りながら安堵していた。
五分後、再び着信音が鳴り響き、俺は仕方なく電話を取った。
「おはよう、ゆうくん」
「おはよう、麻友。俺、着信をスヌーズに設定した記憶ないんだけど」
「じゃあ、便利な携帯だね」
「どうして?」
「だって、設定しなくてもスヌーズ機能を入れてくれるんだよ」
「ふむ、確かに」
本当、俺の彼女……綿貫麻友は頭が良い。そんなこと、俺は思い付きもしなかったよ!
麻友は俺が納得したことをいいことに、電話口からクスクスと笑い声を漏らしていた。
「そろそろ着くから」
「ん? どこに?」
「どこって……ゆうくんの家に決まってるじゃない」
突拍子もなく、麻友は言った。
「はて、今日遊ぼうと約束したっけ?」
「したよ?」
「そう?」
まあ、頭の良い麻友が言うのであればそうなのだろう。
「それじゃあ、部屋の掃除をしておかないとなあ」
今の俺の部屋は、少しみっともなくて他人には見せられる状況ではない。
「大丈夫。あたしが掃除するから」
「え、そんな悪いよ」
「いいの。お義母さんから鍵も預かっているから、部屋で待ってて?」
「まあ、麻友がそういうのであれば……」
麻友の奴、いつの間に母さんから鍵をもらったのだろう。まあ、彼女が言うのであれば嘘ではないのだろう。
外堀から着実に埋められている気がする。
近々夜這いを仕掛けて、既成事実でも作られてしまうのではないかと、少しだけ不安になる。
俺はまだ高校生の身。
結婚も出来ないし、金を稼いで責任だってとれやしない。
まだ、時期尚早なのだ。
だけどまあ、彼女が持参するピンクのポーチの中に、睡眠導入剤が仕込まれていることを、俺は知っていた。
彼女、頭は良いが結構うっかりさんなのだ。
時々出歩けば、俺が隣にいないと道に迷うし、小さな段差で足を取られるくらいだ。
そんな調子な彼女だから、先日デートに行った時、ポーチを探る拍子に錠剤を落としたのだ。
俺がそれを拾って、これは何? と尋ねると……、
『べ、別にゆうくんに夜這いするための睡眠導入剤ではないよ!?』
と慌てふためていて目を回しながら自己申告してくれた。
それで本当に俺がそうじゃないと信じていると思っているところがなお可愛かった。
本当、俺の彼女は頭が良くて抜けていて最高だぜ! (正気ではない)
今日まで、まだ麻友に既成事実を作らされた記憶はないが……最低限の節度は保たねば。
そんなことを考えていると、麻友は家にやってきて、真っすぐ二階の俺の部屋に入ってきた。
「おはよう、ゆうくん」
麻友の微笑みは、太陽よりも眩しかった。
「おう、さっきぶりだな」
「……お部屋、本当に結構散らかったるね」
「そうだろう? 俺も掃除、手伝うよ」
「ううん。あたしがやるからいいよ」
「……でも」
「それよりも、今日はお義母さんもお義父さんもいらっしゃらないでしょ?」
「そうだな」
なんで知っているのだろう?
……ああ、これが以心伝心か。
「あたし、今日はゆうくんの作ったご飯が食べたいな」
「おう、麻友の頼みならお安い御用だ」
両親は共働きで、帰りが遅い。
だから、俺はこう見えて結構料理を嗜んでいると言えるレベルで料理は出来るのだ。
……目覚まし電話をしてくれるぐらいだから早朝かと思ったが、よく見れば時刻は十一時に迫ろうとしていた。
「丁度いい時間だし、ならご飯を作ってくるよ」
「お願い」
そうして、俺は昼ご飯の調理。麻友は俺の部屋の掃除を行うことになったのだった。
十二時になろう頃、俺は二階にいた麻友を呼び、リビングで料理した焼きそばを頂こうとしていた。
「お水入れる」
「おう、ありがとうな」
麻友は、とても気が利く少女だった。率先して水汲みまでしてくれて、頭がまるで上がらない。
……ただ、キッチンにポーチを持って行っていることを、俺は見逃さなかった。
「はい」
「ありがとう。……あぁと、ごめん。箸を忘れた。取ってきてくれる?」
「わかった」
麻友は疑うことなく、俺の願いを聞いてくれた。
俺は麻友がキッチンに戻る隙に、俺達のコップを入れ替えた。
「さて、じゃあ食べようか」
「おう、頂きます」
「頂きます」
「……どうした?」
「えぇっ!? な、なんでもないよ?」
どういうわけか、麻友から熱い視線を感じた。料理を作ったのは俺。味の品評を求めているわけではないだろう。
このまま、麻友の奴、俺が水を飲むまでただじっと俺を見ている気だろうか?
嬉しいような嬉しいような。とにかく嬉しいが、さすがに俺としたら、作った焼きそばの評価ももらいたい。
……まあ、致し方なし。
焼きそばに少々口を付けて、俺は水を一気に飲み干した。
良し、と小さくガッツポーズしている麻友が見えた。
「ほら、冷めちゃうから早く食べろよ」
「う、うん。わあ、美味しいなあ」
うん。あれは嘘じゃなさそうだ。良かった良かった。
そうして俺達は、俺の作った焼きそばを平らげて、
「……スゥ」
しばらくすると、麻友は眠りについた。
疲れでも溜まっていたのだろうか? なんて思うのは、あまりにも鈍感すぎるのでナンセンスだった。
* * *
「……はっ、ゆうくんの匂いに包まれてる」
寝起き一番、麻友は言った。
「おはよう、良く寝ていたな」
「……あれ、おはよう?」
麻友の顔は、どうして睡眠導入剤を服薬したはずの俺が起きているのか、という顔だった。
「麻友、俺もしっかり自分の意思を伝えず、なあなあにしていたのは悪かった。だからはっきりとしよう」
「何を?」
「睡眠導入剤は駄目だ」
ビクリ、と麻友の体が飛び上がった。
「……な、なんのこと?」
「惚けるなよ、自分の口からこの前言ったことだぜ?」
「あれは違うって言った」
「騙せると思うなよ」
俺は苦笑した。
「……うぅぅ」
言い訳が通じないと判断した麻友は、唸ってから続けた。
「あたし、ただ証が欲しかっただけ」
「証?」
「契りともいうね」
「そんなの必要ないだろ。俺、麻友のこと好きだし」
「形にしたいの」
「……わかった。じゃあ、いつか形にしよう。でも今は駄目だ。俺が責任を取れないから。責任を取れるようになってから……そうだな。お互い社会人になったら、でどうだ?」
「……わかった」
不承不承気味に、麻友は頷いた。
さあてと、もう一つあるんだよな。はっきりさせないと駄目なこと。
「麻友、もう一ついいか?」
「何?」
「お前、掃除する時、俺の部屋にある物を仕掛けただろ」
「ギクリ」
慌てふためく麻友に、俺は机の下のコンセントに刺さった見覚えのない複穴式のコンセントを取り外した。
「これ、盗聴器だろ?」
「な、なんのこと?」
「惚けるなよ。蓋開けたらすぐわかる」
「……うぅぅ」
悪事がバレた時の……さっきと同じ唸り声をあげて続けた。
「あたし、もっとゆうくんと一緒にいたいだけなの」
「ほう」
「ゆうくんの吐息。ゆうくんの笑い声。ゆうくんの満ちる声。全部聞き逃したくないの」
「ほうほう」
「だから……これは嫌」
「駄目だ」
「どうして? いいじゃないいいじゃない! どうして!?」
ヒステリックに麻友は叫んだ。
そう叫ぶ麻友も可愛い。
おっと、話が逸れたな。
俺は盗聴器コンセントを持って、ベッドの下のコンセントに刺しなおした。
「……え?」
「いつも夜、麻友と電話をするのはあそこだろ?」
「うん」
平然と頷くことは、最早突っ込む気はなかった。
「盗聴器があるとさ、電話の時とかにノイズが入るんだよ」
「そうなの?」
「そう。だからさ……麻友の声、聞こえなくなっちゃうだろ?」
途端、麻友の顔が晴れ晴れとしていった。
「もっと声を聞きたいなら、電話の時間を長くしよう」
「うん」
「もっと俺を感じていたいと思ってくれるなら、もっと俺に勉強を教えてくれよ。この部屋で」
「……うん」
「それでも満足できないなら……あそこからの音を聞いてくれよ」
「ゆうくーん!」
うわんうわんと泣きながら、麻友は俺を抱きしめた。
彼女の耳がキーンとする甲高い泣き声も、やはり可愛い。
彼女はやはり、俺の可愛くて魅力的で初めて出来た彼女に間違いないらしい。
……それじゃあ、最後に。
『ストーカーな彼女は一周回れば行き過ぎた純情一途説』
これは立証されたのか、どうなのか……?
……まあ結局は、彼女がストーカーか否かは、俺の……被害者の気持ちの持ちよう次第なのだろう。
俺は多分、これからも彼女とのこういう甘い甘い楽しい時間を望んでいる。
だとしたら、この説は無事、立証完了だな。
一見すると良い話っぽいこともないこともないが、どう見てもただのストーカーと精神異常者ですありがとうございます。
感想、ブクマ、評価お待ちしています。