腹心を布く
どう説明しようか瑠凪が口籠っていると、ヴィンフリートの眼差しが更に温度を下げた気がした。
不審者なのは当然だけど…でも、何をどう説明すれば良いのか…。
体験した当事者が信じられずにいるものを信じてもらえるとは思えず、けれど、黙っている事は問題を拡げるだけだという事も分かっていて。
そんな中、ライナルトが口を開く。
「お二方。私は『話し合いを致しましょう』と申し上げました。お二方のなされているのは話し合いではなく尋問です」
切り捨てられ、2人は顔を見合わせる。
「確かにね。言うとおりだ。では、ライナルトに任せるよ。宜しくね」
氷の微笑が浮かぶ。そのままヴィンフリートはフォルクハルトの隣に腰を落ち着けてしまった。
「ではまず、こちらの説明から致しましょうかな。私は此処、リートミュラー伯爵家の執事でライナルトと申します。こちらは御当主のフォルクハルト様と双子の弟君のヴィンフリート様でいらっしゃいます」
この若さで当主…。主である父親が早世したって事かな。
でも、双子か…。見分け易くて助かった。うちみたいにそっくりさんだと入れ替わりをやられるんだよね。
…さて、私もきちんと話さなければ。
スッと背筋を伸ばし、両掌を絨毯に付けて深々と頭を下げる。
「わたくしは、橘瑠凪と申します」
「タチバナ家など聞いた事はないな。爵位はあるのか」
フォルクハルトが口を挟んでくるのには首を振り。
「では、何故屋敷の敷地内にいらしたのですか? 何処から入って来られたのでしょう?」
ザ、執事!という感じの、穏やかな中にもピリッとした感じの眼差しで、何故か話さなければならない気にさせられる。
…悪戯を白状させられる子どもな気分。
「現に体験しているわたくしが納得し切れていない事を皆様方に信じて頂きたいと申し上げるのも心苦しいのですが…」
膝の上に置いた手をぎゅっと握りながら言葉を紡ぐ。顔を見るのが怖くて俯きながら。
「解らないのです。何故此処にいるのか、此処が何処なのか、どうやって来たのか。気付いたら此処にいたとしか申し上げられないのでございます」
突き付けられた剣を思い出して、身体も言葉も震えてしまう。
ー我ながら怪しい事この上ない。
俯く視線の先に膝が映る。顎を持ち上げられ、緑玉の瞳に射抜かれる。
おそろしさに、ひとみが、ふるえた。
感情を抑えられず頬を伝い落ちる滴に、フォルクハルトの貌が狼狽したのが解った。
慌てて顔を背けると涙を拭う。
気持ちを落ち着けるべく大きく深呼吸すると、もう一度深く頭を下げた。
「重ね重ね申し訳ございません。涙はお気になさいませんよう。…女の涙は武器にございます。このような場でそちらの喉元に刃を突きつけるような所業、平にご容赦下さいませ」
掌に爪を立て、震える声を必死で抑えながら顔を上げ、目の前のフォルクハルトの顔を見る。
ー鳩が豆鉄砲食らった様な…ってこういう表情のことを言うんだろうな。
「何故? 武器だと言う自覚があるのなら、遠慮なく振るうべきじゃないの? 『何処から来たのか解らない』というその言が真実なら、行く当てもないということだろう。持っているものを使って、自分の居場所を確保することの何が責められる?」
ヴィンフリートが理解出来ないといった風情で声を上げる。
「それも一理ありますけど…。こんな怪しい存在を身の内に入れて下さっているのに、それ以上何が願えると…? 追い出される覚悟は決めておりますわ」
「ここを出てその後どうする」
「言葉は出来ますし、何処かで住み込みの仕事を捜せないかなとは思っています。…あ…目下の問題は服ですね。この格好は普段着には適さないので」
レンタルしたものじゃなくてよかった。
弟たちが着る訳ないし、結婚したとしてもお嫁さんがもらってくれる可能性も無いから安心してられる。
最悪、売れるものなど此の身一つ。ー春をひさぐ覚悟も、決めないといけないのかもしれないけど。
「お止めになることを勧めます。貴方のように見目麗しい女人など、騙されて娼館へ売られる未来しか見えませんよ。娼館は見目の良いのは当然のこと。あとは知識や礼儀作法、高慢さも必須となって参ります。貴方のような方では生き残ることすら心許無い」
うわ…という事は、行き先は“羅生門河岸”…?
餓死の未来しか見えない。
それでも…!