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月華の庭園(にわ)と瑠璃唐草

お待たせして申し訳ないです。なかなか進まない…。

毎日更新される作家さん方には本当に頭が下がります。


夕食時、何故かじっとりとした眼差しで異母姉あねに睨まれたヴィンフリートは、理由が分からず首を傾げた。


食後早々に、まとわり付くテオドールを王都でのテオの世話係になっているギーゼラに預けるとヴィンフリートを追い掛ける。


「如何しました? 姉上」

「『どうしました?』じゃないでしょう! 今日マダムのお店で聞いたわ、夜会が明後日だって!」

「ええ。…あれ?総帥からお聞きでは?」

「『総帥』ってリーンハルト様の事でしょう? どうしてそんな話が出ると思うの?」


瑠凪は頭を抱えた。そんなプライベートまで話すような仲では間違っても無い。

ヴィンフリートから言われて初めて、魔術師団での夜会なのだから会ってもおかしくないのだと気付いたほどだ。


「あのね、わたくしは魔術を修めに行っているのよ? お茶しに行っている訳ではないの。…それとも、ミスリル入りの靴でも用意してあるから安心しているのかしら。わたくしはダンスには不慣れだし、ヴィーと踊ったことは一度もないと思うのだけど」


呆れ果てて、深い藍の瞳をめ付ける。

悪戯めいた色を含む眼差しに、苛立ちすら覚えるが、ヴィンフリートは爽やかに笑むと、歩いて行ってしまう。

慌てて追うと、入った事の無い部屋の扉を開けて中へ入って行った。

後から入ると、部屋の中央でヴィンフリートが微笑んで立っている。


「心配ご無用ですよ、姉上。ダンスはパートナーに任せておけば良いものなんです。多少のステップを頭に入れておいてさえもらえれば、後はこちらが努力する事です。ーだって、あの夜会の時、リュディガー様と踊った曲、踊ったことありましたか?」

「音楽は好きだから聞いた事はあったわ。故郷あちらでは『パッサカリア』って呼ばれていた。でも、踊った事は当然だけど無くってよ」

「でしょう? あのパッサカリアはご子息のデビューに合わせてお抱えの音楽家に作らせた曲だそうで、あの場にいた全ての人が初めて聞く曲でした。それでもリュディガー様はミスひとつなく、姉上をリードしたでしょう?」


「…ええ。お陰で目立ってしまったわ」

苦笑する瑠凪に、ヴィンフリートは微笑う。


「ですから、私にお任せ下さい、姉上。足も蹈鞴たたらも踏ませません」





…また。


瑠凪はふと考え込んだ。


蹈鞴たたらを踏む」なんて言葉がこの国にある訳がない。

以前にも違和感を感じた覚えがあるが、確信した。

恐らく、ここで普通に話されている言葉が自分の耳には日本語に、自分の話す日本語はここの人の耳には自国の言葉に聞こえて届いているのだろう。


…他の国の言葉はどうなのだろう。

公用語があるのか、各国の言葉を皆が学んでいるのかそれとも世界が一つの言語のままなのか。


尋ねてみようと唇を開きかけたところで、ヴィンフリートに手を取られて目を瞠った。


そのままくるりくるりと回されて。


まるで復習さらうかのように幾つかステップを踏む。

…あの時習ったワルツとメヌエット。


その後、巧みなリードで踏んだ事の無いステップを踏まされ。


「…ほら、大丈夫でしょう?」


自信に満ちた笑顔と、頬に落とされた口付けに思わずどぎまぎしてしまう。


…年下は守備範囲外な筈なのに。

弟なのに。

無駄に麗しい弟には、慣れている筈なのに。



「わたくしの気持ちの問題です。何も知らない間にドナドナなんて真平ごめんだわ」


ぷいと拗ねたようにそっぽを向く。



「姉上、『どなどな』とは何でしょうか」


真顔で尋ねられて思わず吹き出した。

…さすがにこんな言葉は訳してくれないか。


「さぁ、何でしょう」


莞爾にっこりと笑ってみせて、身を翻す。



そこまで言うなら守ってもらおうじゃないの。









あっという間に夜会当日。



コリンナとギーゼラに磨き上げられ、マダム・クラウディアが現れて、月白げっぱくのドレスを着せつけてくれた。



「ああ、正しく名に相応しい、イリス女神の化身のようです」


馬車に赴くとヴィンフリートが待っていた。艶やかに微笑んですらいて。

…何とも言えず、腰の辺りがぞわぞわするような感じがする。


色気ダダ漏れな弟は要らない…(涙)


泣きたい想いに駆られながら、エスコートされるままに馬車に乗り込む。



会場となるファーベルグ公爵王都邸は、比較的王都の端の方、出入りする為の門の側にあった。

王都を守護する立ち位置らしい。

不埒者が来れば即座に連絡が行くそうな。


装飾は控えめ…というかシンプル…というか何も無い…というか。

もしかしたら置いてある壺や絵など高価なのかもしれないが、そこまでの審美眼は無いので分からない。


執事らしき人に挨拶してヴィンフリートは勝手知ったる感じですたすたと入って行く。

すれ違う人たちに好奇心の塊の眼差しを向けられ、ただひたすらに居心地が悪い。

挙げ句の果てにヴィンフリートは何処かへ行ってしまった為、壁の花になって何とか人々の視線をごまかす羽目になる。


漸く見知った方ー確かヴァイラント伯爵と仰られた筈ーにお会いしてほっと息を吐いた。


「ご機嫌よう、ヴァイラント伯爵。過日はご迷惑をおかけ致しました」

「いえ、詫びねばならぬのはこちらの方です。好奇心に駆られて己が力量を見誤り、女性を徒に苦しめたのですから」


硬い表情のまま深々と頭を下げられ、こちらも思わず頭を下げてしまう。


「そんな事はございません。わたくしが怯えてしまったので気遣って下さいましたのでしょう? 詫びるべきなのはつまらぬ勘違いで返ってご迷惑をお掛けしたわたくしの方ですのに」


…リーンハルトの説明からは自分が想像したような危惧は一切認められず、思わず天井を見上げてしまい、リーンハルトから怪訝な顔をされて説明に困ったのはつい先日のこと。


あの騒動で2人がひどく叱られたらしい事は風の噂で聞いていた。

悪いのは勘違いして怯えた自分なのだと説明しても、リーンハルトは聞く耳を持たなかったのだ。

お互いに、いやいや悪いのは自分です…と虚しいやり取りを繰り返していると、突然に背を叩かれて振り返る。そこには数少ない顔見知り、其の二であるアレクシスが立っていた。


「お久し振り、ルナイリス嬢。ーんで、先刻から団長と何やってんの? どっちが悪いとかもうどうでも良いじゃん。全部終わった事だし。そんな事よりせっかくの夜会、楽しんでってよ、ルナイリス嬢」


紛う方なき正論に、双方顔を見合わせて苦笑いする。


「アレクシスの言う通りですね。…総帥に聞かれたらいつまでうじうじしているのかとどやされそうです」

「そうですね。では、この件はこれでおしまいという事で」

ふわりと微笑みお辞儀カーテシーをする。


「話が済んだところでこっち来て。親父が噂聞いてて会いたがってる」


アレクシスに手を取られて何故か外へ回る羽目になる。


と。

むせ返るほど濃厚な香りに辺りを見回す。

玲瓏たる月明かりに照らされて香りを零す、彩り豊かな薔薇たちに思わず足を止めてしまい。


「…どしたの?」


不思議そうなアレクシスを尻目に、香りを胸一杯に吸い込む。

幾度となく深呼吸する姿にアレクシスは思わず微笑った。


「後で好きなだけあげるから、取りあえず親父に挨拶頼める? お袋も一緒にいると思う」


「はい、…すみません」

ぺこりと頭を下げる。


…ん?

アレクシス様のご両親にご挨拶?


何で??


「…お待ち頂けませんか?」

「何?」

「何故アレクシス様のご両親にご挨拶を…?」

「…会いたがってるから。お袋は後で会える予定だから今回は挨拶しないって言ってたんだけど、それがいつになるか分からなくなったんだって?」

「…重ね重ね申し訳ないのですが、話が全く読めないのですけど…」

「何か、お袋たちとお茶会する予定だったけど、魔術の訓練飛び込んで来てルナイリス嬢の予定が全く立たなくなった…って聞いてるんだけど?」


瑠凪とアレクシス、双方の頭上にハテナが飛び交う。


お茶会って…四家の奥様方とのお茶会の予定だけで…確かここ、ファーベルグ公爵も四家の一員で…まさか…アレクシス様って…。


気付いてしまって引きつる瑠凪を、アレクシスはい笑顔を浮かべて引きずっていく。





ー庭の奥、月明かりに照らされる夫婦。


夫の方は、190は越しそうだ。軍の高官らしく、がっしりした体格。

傍らの妻はといえば、縦も横も夫の半分程度しかないのではないかと思えるほど小柄で。

華奢な体躯は夫の指先ひとつで簡単に壊してしまえそうだ。

フランツィスカ様が妖艶な美女ならこの方は可憐な少女。…とはいえ、アレクシス様のお母様という事は少女とは呼べない御年齢おとしな筈で。…あれ?確か前、お兄様の娘さんに会わなかった? って事はあれだけ大きな孫がいるって事で…。




あたま、だいこんらん。



取りあえず、深呼吸してお辞儀カーテシー


「お初にお目文字致します。ルナイリス・フォン・リートミュラーと申します。以降、見知り置き下さいまし」


震えそうになる声を辛うじて止めながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。





「お主がルナイリス嬢か。カント侯爵より話は聞いている。大層繊細な魔術を紡ぐそうだがさもありなんといった感じだな。ルントシュテット公は其方をうちの愚息にと考えているらしいが、子に受け継がれるであろう能力を考えるならば、カント侯爵の後添えが最適だろう」






…@#$☆%€!!


公爵の爆弾発言に、礼儀も忘れて叫びそうになる。

…と、傍らの奥方が夫の足を高いヒールで踏み付けた。

あ、あの真剣な一撃…。

骨、折れないといいけど…。


「本当に武人という生き物は繊細さに欠けるのだから。夫が失礼をしましたわね。私はコレの妻でアレクシスの母のクリームヒルト。ユリィからアンハイサー家の夜会での話は聞いていてよ」


泣く子も引きつる元帥閣下を“コレ”呼ばわりした奥方は、大層可愛らしく微笑む。

まるでネモフィラのような笑顔。

…なるほど、見た目に騙されてはいけない訳ですね。

…まぁ、武断の家柄に嫁いで家を執り仕切ってらっしゃるんですものね。一筋縄でいく訳ないのか。


「ご挨拶の遅れました不躾、平にご容赦下さいませ」

「気にする必要は無いわ。理由は聞いているもの。男どもの身勝手に引きずり回されて貴女も苦労するわね」

くすくすと微笑うその様は、本当に可憐な少女そのもので。

「哀しいかな、慣れておりますので、それなりに楽しんでおります。お気遣い、感謝申し上げますわ」

苦笑を漂わせながら会釈すると、アレクシスが口を挟む。

「母上、後で薔薇を少し切っても良いでしょうか。ルナイリス嬢がとても気に入ったようなので」

「勿論よ、帰り際に声をかけなさいな。好みのものを切らせるわ。ーさ、そろそろ戻りましょうか。夜会が始まるわ」


クリームヒルトが夫ベルンハルトの腕に手をかけると、夫は蕩けるような笑みを浮かべ、妻をエスコートして戻っていった。


「本当に仲睦まじいご夫婦ばかりね」

瑠凪は思わず微笑んだ。政略結婚のイメージが強かったのだが、恋愛婚も有るのだろうか。


それとも、最初こそ選択肢が無かったが、共に歩む中で甘やかな想いを培っていったのだろうか。

なのであればとても素敵な事だと思う。


「息子としては当てられっぱなしなんだけど」

「良いじゃない。不仲で喧嘩ばかりしているのを目の当たりにし続けるよりずっと良いわ」


ふわりと微笑む瑠凪を、アレクシスは眩しいものを見るような眼差しで見つめた。


父親の爆弾発言が脳裏を過ぎる。


ーそこは可愛い我が子を立てるべきところでは無かったのか。




せめて夜会は終わらせたかったけど無理でした。

諦めてここで一旦切ります^^;

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