りぴーとあふたーみー
すみません、遅くなりました。
何があった訳ではないのですが…(^^;;
「体調はどうだ?」
「お陰様で回復致しました。帰宅後、お昼近くまで眠ってしまったようですけど。でも、午後王都を散策する体力は戻りましたわ。…そういえば、市場を歩いたのですが、リーンハルト様の領地は香辛料を生産しているのですか? それとも輸入の方ですの?」
目を輝かせて尋ねるルナイリスに、リーンハルトは苦笑する。
ここは王宮にあるリーンハルトの自室である。
あまり彼女の存在を広めたくないと自室での訓練を提案したところ、あっさりと上層部の許可が降りた。
国王が覗きに来る気満々なので、取りあえず、隠し部屋へ逃亡している。
…勿論、未婚の令嬢と2人きりなどとは本来であれば論外なので、僅かな関係者以外には知られぬ様、ヴィンフリートに協力を要請してこの部屋に転移してもらっている。
これだけの魔力があれば、転移を覚えるのも難しくはないだろう。
早めに教えれば…いやいや、それには危険が。
「輸入の方ですよ。香辛料はベリートが盛んでして」
「ベリート…というと、芸術で名の知られた国で、バルシュミーデ侯爵家のご息女が嫁がれたところですね?」
「ええ。…ああ、そうか、ヴィンフリートの母君はバルシュミーデ侯爵家の令嬢だったな。その辺りで話を聞いたのか?」
『ええ、母君の侯爵夫人から。何でも、エレアノール様の描いた絵をご覧になって見初められたとか」
そんなふうに呟く瑠凪に、当時の騒動を思い出したリーンハルトは顔を強張らせた。
自分が結婚した後で良かった…としみじみ思った。
令嬢たちの自己アピールに、謎の芸術性が組み込まれた挙句、盛り上がったのだから。
是非その絵を拝見したいわと微笑う瑠凪に顔が引きつる。
「…さすがは芸術の国で宰相にまで登り詰めた御方であらせられますね。妻を選ぶ基準が凡百の御仁とは違う」
「…皆がそう思ってくれれば良かったのだがな」
「え? まさか、令嬢たちの絵が出回ったとか?! …うわぁ…画商の皆様、要らぬ苦労をする羽目になりましたねえ。さぞや宰相様、恨まれたのではないかしら」
あっけらかんと言う瑠凪に思わずリーンハルトは吹き出した。確かに陰では宰相への恨み言も随分と聞かされたなと思い出す。
「わたくしは元が平民なので、料理は得意なのですよ。久々に作ってみたくなって、スパイスを買い込んでしまいました」
…ああ、それで、か。
「だから『お料理スキル』などという発言が出て来た訳だな。パスカルとヴィンフリートが頭を抱えていたぞ」
「…え、だって、たとえば挽肉捏ねるのに手を冷たくする事が出来れば、脂を溶かさずに済むから美味しく出来るでしょうし、卵の殻を洗浄する事が出来れば生食も出来ますでしょ? あと、火が生み出せるならフランベとか、あ、クリームブリュレなんかも」
男の自分には理解不能な単語を呟く彼女の額を指で軽く弾く。
「それにはかなり繊細なコントロールが求められるぞ。ルナイリス嬢は、望むなら団員に入れるだけの力を持っているのだ。考え無しに料理に使えばまともなものなど出て来ぬ」
うん、真っ黒焦げ、とか、カチカチ氷、とか、水っぽい、とか。
「それは分かっているつもりですわ。ですので宜しくお願い申し上げます、先生」
語尾にハートが付いていそうな声音と輝く眼差しがこちらに向けられ、リーンハルトは肩を竦めた。
『ならば、まず、魔力のコントロールからだな。…まず自分の体内にある魔力を理解する事から始まる。手を出して」
瑠凪は言われたとおり両手を差し出す。
リーンハルトはその手を握った。
「これから俺の魔力を流す。何某かの違和感を感じる筈だ。感じたら反応してみろ」
「はい」
身体の中に意識を向ける。
…と。
あ、何か来た。
まるで血液が逆流したみたいな感じがする。
ポロロッカみたい。
こっちへ来るな!と堰を立ててみると、あっさり後退していった。
…あれ? リーンハルト様が呆れてる。
「反応しろとは言ったが、押し返せとは言っていない」
そんなの知らない♪
「もう一度だ」
そう言われて改めて手を差し出す。
大きい手が重ねられる。
今度は逆流というより自分の血流の更に上を別の流れが通っていく感じがする。
国道の上を高速の高架が走っているイメージ?
どうやって止めようかと考えた瞬間。
また、心臓に灼熱を感じた。
「………!!」
どくんと心臓が揺れる。
咄嗟にリーンハルトは細い体躯を抱き寄せた。
背中をゆっくりと摩る。
「全く。押し返し方を考えるのではなく、違和感に気付いて反応を見せろと言ったろうに。…で、どうだ? 違いは分かったか?」
「あの、最初は魔力の流れが逆流したみたいでした。だからこう、堰を置いたらそこで跳ね返った感じで。次のはわたくしの魔力の流れの上に、もう1つルートが出来たみたいでしたわ」
手を動かしながら説明すると、リーンハルトの瞳が眇められた。
「ふぅむ、そういう解釈になるか…。では今、自分の魔力は分かるか?」
うーん、取りあえず体内に注意を向けてみる。
よく、血流に似ている…的なことは読むけど…。
あ、これ…かな?
「多分…ですけど、これかなっていうのは」
「ではそれを掌に集めてみろ」
指示通り掌に集めるイメージをしてみる。
…あ、掌がほんわりと温かくなった。
「掌がほんわりと温かくなりました」
「…温かく? ……そうか!」
何かに気付いたようにリーンハルトが立ち上がり傍の机の引き出しを開ける。
中からペーパーナイフを取り出すと、突然手の甲を切りつけた。
瑠凪は驚いて立ち上がった。甲から赤い血が滲み出る。
「その、温かくなった方の掌で、俺の傷に触れてみろ」
もしかして…と思ったので、滲む血をハンカチで拭くと掌を当てる。
…掌を退けると、浅い傷はどこにも無かった。
「そういえばメインの力は翠だったな。こうして、何も考えずに魔力を集めると、基本的に術者のメインの力が出て来る。だからルナイリス」
リーンハルトの瞳が鋭くなった。
「第三者の目のある場所では気を付けろ。翠の術者は狙われ易い。ましてや、聖女の手では尚更だ」
「…はい」
瑠凪は頷いた。
言われずとも分かっている。生きとし生けるもの全ての病を癒せるだなんて力、狙われない訳がない。
「取りあえず、お前のその力について知っているのは俺とあの2人、それから、国王と宰相、その5人だけだ。アレクシスには話していないのだろう?」
「…はい。何をどこまで話して良いのか分かりませんでしたので。向こうも特に聞きませんでしたし」
その返答にリーンハルトは内心苦笑した。
恐らくアレクシスは、彼女に触れて暴走に気付いたのだろう。だからこそ、尋ねなかった可能性が高い。
「そうだな…まずは、何も考えずに片手にまとめた魔力を反対の手に流せ。終わったら元の方に流す。5回往復させたら声をかけろ」
「はい」
先刻のように、何となく片手に集めてみる。
ほんわりと温かくなったソレを身体の中をくぐらせて反対の手に集める。
逆の手が温かくなったのを感じてから、また元の方へ戻す。ーこれで1回。
…言われたとおり5回繰り返す。
最後は、動脈硬化起こしてた血管にステント入れて血流回復させたみたいにスムーズに流れて戻った。
ルートが開通した…イメージなのかな?
「5回終わりました、リーンハルト様」
「…な?! もう終わったのか?!」
「はい。最初は上手く通らなかったですけど、繰り返すうちにルートが開通したみたいな感じで綺麗に流れましたわ」
翠だろう?! 何故そんなに早く終わる?
リーンハルトは引きつった笑みを浮かべた。
「では、今度は炎と氷と水と、それぞれを思い浮かべて5往復ずつさせろ。合計15往復だ。終わったら呼べ」
炎を思い浮かべるの?
掌に火灯し皿を載せたイメージをしてみると、掌がかっと熱くなった。それを怖々身体の中を通して往復させる。
…あ、身体の中に入っちゃえば熱くないんだ。
試しに掌から直通で掌へ…ではなく、まず、掌から足先まで動かして、鼠蹊部へ戻し、反対の足先まで動かして掌へ返す。
ーわぁお、暑い。
ま、当然か。炎を巡らす訳だから。
続いて氷を思い浮かべる。
氷柱を握るイメージを浮かべると、掌が痛いほど冷たくなった。
それを炎で試したのと同じように身体を巡らせると、身体が冷たくなったように感じる。
水の場合は水を手で掬った状況をイメージしてみた。うん、冷たい。でも、氷のように痛くはない。身体の中を巡らすと、何だか身体の中がすっきりした気がする。
ついでに翠も試してみる。何も考えない…ってさり気なく難しい。
ぐるりと1度だけ巡らせてみて。
「終わりました」
短く声をかけると、リーンハルトが目をしぱしぱさせながらこちらを向いた。
「思ったよりは時間がかかったな」
「…あ、はい。掌から掌…だけではなくて、双の足先を通すようにして体内を巡らせてみましたので」
「…………は?」
想定外の返答に付いていけなかったことを責めないで頂きたい。
こうではなくてこう通して…と、説明するルナイリスの規格外っぷりに頭を抱える。
何故そんな通し方を思いつく?!
それを試してみようと考える?!
その挙句にこの時間で終了と?!
…彼女を俺にどうしろと言うのだ!
女性なのがつくづく残念だ。
男だったら自分の後継者として全てを注ぎ込んだのに。
「…取りあえず、暇な時にはそうして魔力を回していろ。どれを回しても構わないが人目のある場所では翠は回すな。たとえそれが家の人間や侍女たちであってもだ。翠を見せても良いのは先に挙げた5人だけだ。」
「…はい」
了承の意を込めた御辞儀。
「さて」
リーンハルトはルナイリスに改めて向き直る。
「掌に炎を載せてみろ。ーこんな風に」
リーンハルトの掌に蝋燭のような炎が揺らめく。瑠凪は真似して炎を揺らめかせる。
…何だか肝試しに使えそうだなと由無い事を思いながら。
「反対の掌で同じようにしてみろ」
指示通りやってみる。…少し炎が頼りな気だがふわりと灯る。
あまり力はなさそうだが、それでも“出来てしまった”事にリーンハルトは頭を抱える。
水晶玉で見る限り、両手使いが可能なのは翠と橙だけの筈なのだが。
「左手に水を満たせ」
「右手に氷を載せろ…で、何故粉状なんだ?」
「さ、さあ…?」
何となくかき氷を連想してしまったからだろうとは思ったのだが、この世界にあるのか分からず言葉を濁す。改めて、氷を作り直して。
淡々と基礎訓練が進んでいく。
夕方、ヴィンフリートが迎えに来る頃には、4種類の力をそれぞれある程度は使えるようになっていた。
通された一室があちこち焦げたり濡れたりしているのにヴィンフリートは即座に気付いて軽く微笑む。
ー訓練は順調なようで何よりだ。




