佳人鍾愛
瑠凪から話を聞いたリュディガーは考え込んだ。
話を聞く限り、2本の川の中洲にあるトカイは、条件を満たしやすいだろう。
ただ、量は無い。恐らく王家に納品して終わりか。
同じく話を聞いていたアレシュは、自分たちの方では難しそうだと悟った。
カビにやられるのは霧が多い時なのは確かだが、そこまで都合の良い気候変動はない。
顔色の良くない瑠凪の姿に、2人は話を終わらせる必要を感じた。
「今日は疲れただろう、ルナイリス嬢。ルドガーに付き合わせて申し訳なかった。部屋に戻って休みなさい」
「はい、そう致します」
ふわりと綺麗なカーテシーを見せ、彼女は出て行った。
残された2人からふうっと力が抜ける。
「アレシュ卿、本日は返す返すも世話になりました。設えた部屋にアウレールに案内させます。要り用なものはお申し付け下さい」
「いえ、縁に感謝しています。どうかお気遣いは無用で」
「縁…?」
「ええ」
アレシュの柔らかい笑みに、リュディガーは驚いた。仕事で話すことも多い相手だが、こんな笑みを見たことがない。
…確かにこんな笑みを浮かべさせるシチュエーションで話すことがないというのも事実なのだが。
「このような折は恐らく無いでしょうから今お尋ね致しますが、ルナイリス嬢はフォルクハルト卿の姉姫だと聞きました。妾腹の御子との解釈で宜しいか」
「…」
問いの意味するところを掴めず、リュディガーは口を噤む。
「あ、いや、…実はフォルクハルト卿とはそれなりの付き合いがあるが、姉がいるなどとは聞いたことがない。隠していたのか知らなかったのかを知りたいだけなのだが」
「何故…でしょう」
「フォルクハルト卿はルカーシュ陛下の気性もよく知っている。故に引き合わせたくなくてあえて隠されていたのならば、こちらも口を噤まねばならぬと」
「まだまだ世慣れぬ娘です。陛下のお相手などは到底無理かと存じますが」
「世間などは教えれば済むこと。聡明な姫君と見ました。ただ、真の気性というものは変えようがござらん。あのような気性の姫が陛下を支えて下されば、我がルーキフェルムは更に栄えましょう。叶うならば正妃にお迎えしたい御方です。…人間の姫を正妃に迎える事は叶わぬ可能性もございますので、最低でも左妃として。…無論、これは私の一存です。ですが、引き合わせたならば恐らく、陛下は姫を気に入られる。何色にも染まっておらぬ姫を我が色に染められるなど、陛下の気性ならば何よりも欲されるでしょう」
リュディガーは、真剣に頭を抱えた。
何がどうしてこうなった。
「気が進まれぬか」
「…いえ、何故そこまで彼女を」
「それを申し上げる気はござらん。獣人特有の感覚故、説明したとしてもご理解頂けぬと。ただ、リュディガー卿が、気が進まぬのであれば、口を閉ざす覚悟は持ち合わせております」
「もし、これで私が許可を出したらどうなさるおつもりか」
「どちらにしろ取りあえず、この足でフォルクハルト卿に会いに行くつもりです。もう少し獣人についての知識を持っていてもらわないと、あまりにも危なっかし過ぎる。文字通り食い散らかされても何も言えない。伯爵家の令嬢がそんな事になれば、両国の関係は悪化などという一語では済まない、開戦の可能性すら出て来る」
「それは…確かに…」
「そして、リュディガー卿が気が進まぬと仰せなら、フォルクハルト卿にルナイリス嬢と陛下を会わせる事のないように頼むつもりです」
「そ…うで…すか…」
リュディガーは大きく息を吐いた。
「ルナイリス嬢の人生は彼女のものです。私がどうこう言うものでは無い。ただ、本音を言えば“早過ぎる”。せめてもう暫くお待ち頂けないか」
「なるほど、早過ぎる…ですか。了解致した。ならば、フォルクハルト卿には、ルナイリス嬢と陛下を会わせないよう尽力頂こう」
ふっとアレシュは笑うと立ち上がった。
「これにて下がらせて頂く。令嬢に無体を強いるつもりは無い故ご安心願いたい」
胸に手を当てて一礼すると、部屋を出ていく。
その姿を見送り、リュディガーも自室に帰った。疲れ切った様を見たフランツィスカが驚く。
「何があったの、リュディ?」
「ルナイリス嬢をルカーシュ陛下の妃にと請われた」
「何ですって?!」
「さすが気に聡い獣人だ、ルナイリス嬢の異質さに気付いた。『何色にも染まっていない娘』とそう評した。確かに純白どころか透明な色の娘だ。とてもではないが、まだどこかへは嫁れん。ルドガーの嫁でもまだ無理だと思っているのに他国、しかも獣人相手など、有り得ん」
「そうね、本当に何も知らないものね」
「すまない、フラン。ワインをくれないか。飲まないとやってられない。ルドガーのミスがまさかこんな広がり方をするとは。…トリスタン陛下がルーキフェルムとの融和の為に婚姻策を取ろうとお考えなら乗らないでもないが」
「リュディ」
柔らかな口調と艶やかな笑み。
非常に、危険。
「エレオノーラを使おうと言う考えならまだ分かるわ。自分の娘なんだもの。でも、ルナは他人よ」
エレオノーラ。ルドガーの姉で、隣国ベリートの宰相の妻。
容色や血筋にではなく絵の色使いに惚れ込まれた辺り、さすが芸術を愛する国といえようが。
「エレオノーラは既に夫の有る身だろうが」
「ルナだってきっと誰かを好きになるわ。優しい娘だから押し付けられた相手であっても愛そうと努力するし、愛せる娘なのは分かってる。だからこそ、ちゃんと幸せになれるよう見届けてあげるのが私たちの責任ではなくって?」
「フラン…」
「フォルクやヴィーには任せておけないわ。お嫁入りにはうちが後ろ盾になるのよ」
すっかり彼女を娘認定している妻に苦笑する。
最も、自分とて彼女の聡明さと飾らなさは愛しく思う。だからこそアレシュの言葉に頷けなかった。
あの、奔放な放蕩王の妃では、苦労する事は目に見えている。
守り手のいない王宮で、澱む悪意に耐えられるほどの強靭さはさすがに無いだろう。
ワインを呷ると、そのまま愛しい妻を抱きしめた。
瑠凪はすっかり疲れ果てて、宛てがわれた部屋へ戻った。
「ルナイリス様、夕食がまだだと聞いておりますが、湯浴みとお食事、どちらを先になさいますか?」
「そうね…食事を簡単に出来るなら、お風呂を先にしたいわ。しっかり食べなさいというなら、食事を先にする」
「かしこまりました」
ラウラは厨房とも相談して、残してあった夕食をアレンジしたリゾットを作ってもらう事にして、ルナイリスを入浴させる事にした。
「お風呂…人に手伝ってもらうのってさり気なく危険ね。このまま眠ってしまいそう」
あふ…とあくびをしながらラウラの手に委ねる。洗い髪を梳かされ、丁寧に乾かされる。
眠気と戦いながら何とかリゾットをお腹に押し込み、ラウラに傅かれながらそのまま眠ってしまった。
アレシュは宛てがわれた部屋に入ると、クローゼットに持っていたコートをかけた。
ふわりと甘い残り香が漂う。
優しい薔薇の香り。…彼女の移り香。
名残惜しいと思いながらも、香りを残さないようにコートを広げる。
会わせないよう頼んでおきながら、こちらからバレてしまってはあまりにも申し訳ない。
紅い月に軽くグラスを捧げ、備えられていたワインを飲み干した…。




