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人と獣と男と女

せめて隔日更新はしたい…と思っているのですがなかなかです(^^;)


日本あちらでは見た事もない紅い月が冴々と輝く。


瑠凪はアレシュのコートに埋もれて、ルドガーを待っていた。


ふと気付いて問いかける。


「クルト殿まで此処で待っていなくても良いんじゃないかしら? 寒いでしょう?」


アレシュとクルトは顔を見合わせ、全く同じ行動をした。眉間を揉み解したのだ。

意味が分からずきょとんとしている瑠凪に、アレシュが人の悪い笑みを浮かべる。


「とことん世慣れぬ娘だな。未婚の身でこんな夜に男と外にいるなど、貴族の令嬢にとってはとんでもない醜聞なのだぞ。ましてや獣人の俺と2人きりだなどと、知れたらとまともな結婚は出来んだろう」


「何故ですの?」


想定外の返答に固まる2人。


「あ、いえ、未婚の令嬢が夜に殿方と外にいる事が宜しくないのは分かりますわ。でも、獣人の方と一緒なのが何故いけないんですの? 差別的な感情があるのは聞いておりますが…」


アレシュは帰りにリートミュラー家に寄る事を決めた。説教案件だ。


この姫君、あまりにも危険過ぎる。

ー間違っても陛下に会わせないようにしてもらわないと。

舌先三寸で丸め込まれて閨に引きずり込まれる未来しか見えない。

そんな事になったらやっと軌道に乗り始めて来た両国の関係が破綻する。下手すれば開戦なんて事にもなりかねない。



アレシュは溜め息を吐くと、世間知らずの令嬢に懇切丁寧に説明してやる事にした。


「獣人とはつまりけものだ。獣の性を根本に持つ。人を喰う事だってある。有り体に言えば、俺に組み敷かれてそなたに抵抗が叶うのか?」

「無理ですね。…というより、アレシュ様でなくても、クルト殿が豹変してわたくしを襲ったとしても、抵抗出来ないと思いますわ。力も有りませんもの」


きゃらきゃらと笑う瑠凪にクルトは悲鳴を上げた。

「ルナイリス様! 誰かの耳に入ったら冗談ではすみません!!」


伯爵令嬢の肌に触れたなどと、噂だけでも自分の首など簡単に飛ぶ。家族にも累が及ぶ。

青くなってそう言うクルトに、慌てて瑠凪は詫びる。


「ごめんなさい、そんなつもりではなかったの。ただ、アレシュ様が面白い事を仰るから」

「面白い?」

「だって、確かに獣人は屈強なのでしょうが、女のわたくしには一般の殿方も然程変わりません。不埒な欲を満たそうと行動するのは、獣人でも人間でも同じでしょう。獣人の方々はけものではありましょうがけだものではありません。誇りを持って立ってらっしゃるはずでしょう? 違いまして?」


花が綻ぶような笑みを零して、可憐な紅唇から紡がれるのは鮮やかな凛とした言葉。


アレシュは驚いて目を瞠った。


まさか、このような言葉を人間の、しかも女性から聞けるとは、この道を通った甲斐があったといえよう。


己の主を思い浮かべる。


両国の架け橋として、王妃に相応しい気性。

出来れば正妃となってもらえれば有難いが、人間の女性を正妃にするのは難しいかもしれない。

(左妃か右妃か…出来れば左妃で。ただ、正妃もなかなかお決めにならない方だからな…)


奔放な主を思い出して溜め息を吐く。


不思議な空気の中、ルドガーが馬車を借りて戻って来た。その空気に気付いて眉を上げたが口には出すことなく、アレシュに対して礼を取った。

「お待たせ致しました、アレシュ卿。父とも相談しましたが、このまま、ルナイリス嬢と共に我が家へお越し頂いても宜しいでしょうか?」

「後は国へ戻るだけだから構わぬよ」

「ご足労をお掛けして恐縮です。詫びにもなりませんが、せめて、どうか我が家へお泊まり下さい」

「お言葉に甘えて厄介になる」


そんな会話を捉えながら、瑠凪は内心で首を傾げていた。

バルシュミーデは侯爵家で、過去には王族からの降嫁もあったと聞いている。

ラトレセイス王国に於いて重要視される、四家の一端なのだ。


ちなみに、宰相であるルントシュテット公爵家と、歴代元帥の殆どを輩出している武断の家であるファーベルク公爵家、及び文官の一族であるバルシュミーデ侯爵家、武官の一族であるアンハイサー侯爵家。

この4つの家が四家しけと呼ばれ、王家であるラトレセイス家を支え国の中核を成している。


つまり、バルシュミーデ家はここラトレセイスに於いては身分の高い家のはず。

隣国の高官とはいえ、ここまで謙る必要があるのだろうか。


令嬢わたし世話おもりなんて面倒事を頼むからかな?


そんな事を戯れに考えながら、馬車に乗り込もうとしてふと思い出した。

慌ててクルトに念を押そうと振り返り、続いて乗り込もうとしていたアレシュに激突する。


…いたっ。硬っ。


反射的にそう思い、はっと気付いてカーテシーをする。

「申し訳ございません、不躾を。クルト殿に話が」

「…そうか」

小さく呟くと、アレシュは横に退いた。


「クルト殿」

声をかける。振り向いた彼に、

「先ほどの話、戻ってリュディガー様にするつもりですが、ルドガー様にもお願いしますね。割りに合わないと言われるのならば無理にとは申しませんが、賭けてみる価値はあるのではないかと」

クルトは幾度か瞬きした後、胸に手を当てて一礼した。





馬車に乗り込み、走り始めた。


何とも言えない空気を払拭すべく、口を開く。


「あの、わたくし、行った事はないのですが、ルーキフェルムとはどのような国ですか?」


「どのような…とはまた」

アレシュは苦笑して考え込む。


「では、ルナイリス嬢にとって、ラトレセイスはどのような国ですか?」


「…よく…分からない…です。慣れるのに精一杯で」


慣れる。

不可思議な言葉にアレシュは目の前の姫君を見つめた。

この国では珍しい黒髪に目が止まる。

…隣国のシキシマでは珍しくはないが。


フォルクハルトに姉がいるなどとは聞いた事がない。国王ルカーシュの性格を鑑みて黙っていた可能性は無いとは言えないが…。


先のリートミュラー伯爵と平民の女性との間の娘なのだろうか。

シキシマとラトレセイスの間に国交はないから、ベリート辺りで暮らしていたが、伯爵の死を境に引き取られでもしたというところか。

ーいや、それなら伯爵夫人が急逝した辺りで呼び寄せるだろう。それともさすがにバルシュミーデ家に気を使ったか。



「家柄とか、貴族ノブリス義務オヴリージュとか、難しくて」


はんなりと微笑う女性は少女のようなあどけなさを持つ。


「我が国は強さこそが上に立つ証…というところがありますね。ルカーシュ陛下も奔放な方ではあられますが、本当にお強い。人間の騎兵の一個中隊程度、なぎ倒してしまわれるでしょう」


「だからこそ慕われていらっしゃるのですね」


ふふっと微笑った彼女に驚く。その驚きに気付いたのか悪戯めいた笑みが白いかんばせを彩る。


「アレシュ様のお顔を見れば、わたくしのような世間知らずにも分かりますわ」


自分はあの荒唐無稽な男にそこまでの思いを持っていたのかと内心で目を白黒させながら、

「その奔放さに手を焼かされてはおりますがね」

と呟いた。

「でもそれを楽しんでいらっしゃりそう」

とんでもない反応に苦笑いしかない。

だが、あながち間違っていない事にも気付いて、その観察力、洞察力に舌を巻く。


そうこうしているうちに、バルシュミーデ侯爵家が見えて来た。

当主リュディガーが門のところに立っているのに気付いて目を瞠る。


アレシュは馬車から下りると丁寧に一礼する。

「夜分の突然の訪問、申し訳なく存ずる」

「いえ、こちらこそ、愚息の不始末を拭って下さり、感謝致します。アレシュ卿がお通り下さらなければ、ルナイリス嬢に大きな傷がついた事でしょう」

リュディガーは深々と頭を下げた。

彼女ルナイリスのエスコートは当主リュディガーの役目だと思い、アレシュは脇に寄る。瑠凪に手を差し伸べようとしてリュディガーは固まった。

瑠凪はそんなリュディガーを不思議に思い、己を見てはたと思い出す。

まだ、アレシュのコートを着たままだったという事に。身長があまりに違い過ぎるため、コートに文字通り埋もれており、誰だか分からないような状態だったのだろう。

慌てて馬車から這い出すと、コートを脱いで…寒さに固まった。

震えながら手早く畳むとアレシュに差し出す。


「有難うございました。お陰様で冷えずにすみましたわ」

「いや、お役に立てたようで重畳」


リュディガーは内心で愚息ルドガーに対する怒りを堪えていた。

ルナイリスは知らないから仕方がないし、恐らくラウラも日が陰り冷え込み始める前に帰るものだと思っていた為、ショールなども用意しなかったのであろう。

ルドガーは、ラウラに頼んでショールを借りていくか、ジャケットかコートを着ていくべきだった。

通りすがりの客人の上着を剥ぐとは言語道断である。


家に入ると、執事のアウレールとラウラが待っていた。アウレールにアレシュの案内を頼み、瑠凪をラウラに託そうとしたが、瑠凪は首を振った。


「リュディガー様に急ぎお話がございます」

「先刻クルトに言っていたことか。俺も詳しい話を聞いてみたいのだが、聞かせてもらって構わぬか?」

「わたくしには判断を致しかねます…」

瑠凪はリュディガーを見る。リュディガーは少し困った。ルドガーからも連絡が来ているが、あれは異世界の知識だろう。特に若飲みの話は面白いと思ったので広めるつもりではあったが、知識の元を尋ねられた時に説明に困る。


「我が国にもワイン用の葡萄畑は有るが、カビにやられたものを再利用可能であればそれに越したことはないからな」

アレシュの発言にリュディガーは眉を寄せた。そんな話は聞いていない。


「すみません、ルドガー様が馬車を呼びに行かれていた間にクルト殿に説明したので…」

リュディガーの表情を汲み取ったか、ルナイリスからの説明が入る。


「灰色カビに冒されたものを?」

「ええ。本当に運が良ければ…ということで、気候上の厳しい条件がつきますが、宝の山とすることが可能です」


所謂貴腐ワインというやつだ。

木で自然の干しぶどう状態になったものを搾る訳なので碌な量は取れないが、その分果汁が濃縮されている為、信じられない糖度を誇る。


リュディガーは頷くと、アウレールに部屋の支度を頼み、ラウラにワインの準備を頼んだ。ルナイリス用にスパイス入りのホットワインも準備させる。






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