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Noble Rot

微妙に過激な表現が入ります。


一応、ーーーで区切って、少し前後を開けてみました。苦手な方はお避け下さい。


哀しい畑を前にして唇を噛む。


クルトとルドガーがほぼ同時に馬から飛び降りた。ルドガーは馬から飛び降りざま瑠凪にも手を貸して下ろすという離れ技をやってのける。


のんびりと下草を食み始めた2頭を横目で見ながら、ルドガーは瑠凪に向き直った。


「ルナイリス嬢、彼と共に畑をひと回りしてくる間、申し訳ないがここで待っていてもらえないだろうか」


クルトが驚いたように目を瞠り、何か言おうとするのを遮る。

「彼はクルトといって、この辺りの地主の息子で畑の管理者だ。クルト、こちらの姫はリートミュラー家の息女のルナイリス嬢だ。暫く行儀見習いで預かっている」


「り、リートミュラー家の…。伯爵令嬢とは存じ上げず、失礼を致しました。わたしは、く」

「クルト殿ですね、わたくしはルナイリスと申します。気遣いは無用ですわ。この歳になって行儀見習いに侯爵家に上がるような娘です、生まれは推して知るべし…でしょう?」

焦ったクルトが舌を噛みかけるのを瑠凪は遮ると、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。


「早くしないと、陽が沈んでしまうのではありませんこと?」

その言葉に男たちははっとして空を見上げた。

艶やかな紅の空は闇の衣の袖を引き始めている。

「そうだね、陽が沈む前に戻らないと。さすがに女人独りにはしておけない。とはいえ恐らく誰も来ないはずだから、馬たちと共に此処で待っていてほしい。もし万が一不埒な輩が来た時の為にこの鞍は外しておく。飛び乗って手綱を掴みなさい。そうすれば賢いだから、主人の私の元へきちんと連れて来てくれる」

「は、…はい」

「もしどうしても怖ければ、落ちている枝で馬たちを叩くと良い。そうすれば私たちを迎えに来るはずだ」


「分かりました。お二方、お気を付けて行ってらして下さいまし」


ふわりとカーテシーをして、瑠凪は葡萄畑の隅に隠れた。

2人が足早に歩き去って行く。




2人が見えなくなったのを見て、瑠凪はほっと身体の力を抜いた。

半日ルドガーと密着する形になっていたのだ、緊張此処に極まれり。

肩をぐるぐる回していると、2頭の馬に、哀れなモノを見るような眼差しで見つめられて流石に凹んだ。


紅い空のうつくしさに見惚れ、誘われるように歩を進める、…と、ルドガーの馬ーグラニという名なのかな?ーに、腰のリボンを食まれて引っ張られた。危ないから離れるなとでも言いたいのだろうか。

馬に気遣われる己を情けなく思いながら、解けたリボンを結び直してほうっと息を吐く。


独りぼっちで待っているのはどうしても緊張する。こんなところには誰も来ないとは思うが、獣はその比ではない。

まぁ、人を襲う類の獣が近くにいるならまず馬が反応するだろうと思うことにする。

…ただし、置いていかれる不安はあるのでグラニのたてがみをおっかなびっくり撫でながら、

「もし、何か怖い獣が迫って来るようなら教えて頂戴ね。出来れば逃げられるよう助けてくれると嬉しいわ」

とお願いしておく。分かったとでも言いたげに頭を擦り付けて来るのが可愛らしい。





暮れなずむ葡萄畑を眺めながらふと思い出したことがあった。


次弟から昔もらった、信じられないほど甘いー甘ったるいと評したいほどーワインと、教えてもらった信じられないその作り方。


うろ覚えだし何よりも気候がモノを言う。


戻って来たらルドガーに話してみることにしても、自分でも一応確認しておかないと。


グラニの頭を撫でて、

「ちょっとだけ、そこの畑の様子を見て来るわね」

そう言って歩き出すと、穏和しく付いてきた。

本当に信用されていないらしい。





近くまで寄ってよく見てみる。

自信はないけど、もしかしたら。




待っている間に黄昏てきて、不安が募る。

それに、陽が陰った途端、がくんと冷え込んだ気がする。

…これはポイント高いのは事実だけど、さすがに寒い。

グラニに寄り添ってみる。呆れたような目をされたけど、めげないことにして。



その時、突然グラニがへたり込んだ。もう1頭のクルトの馬も、同じようにへたり込む。

何だか嫌な予感がして、咄嗟に葡萄畑の中に隠れた。ドレスが見えないようにまとめ上げて小さく丸まる。


あしおとがきこえる。


ルドガーたちなら、もっと馬たちが嬉しそうにするはず。でも、現状はへたり込んでいる。まるで逆らう気はないとでもいうように、首を伸べて。

逃げても勝てない獣がいるのだろうか。

…確かに、チーターとかピューマとかが出たら、私を乗せた状態ではとても逃げられないだろうが。


そういえば。


魔法があるということは、魔物がいる可能性もある。

フェンリルとかよく聞くけど、そんなのが出て来たら間違いなく食べられてしまう。


ど、どうしよう…。



そうだ、このたちだけなら上手く逃げられるかも…いや、待って、逃げたら追いかけられちゃうかも…それなら私が囮になれれば…


丸くなって逡巡している間に、馬たちが恐怖に耐えきれなくなったのか、2頭揃って駆け出した。


ルドガーたちを連れて来てくれると信じて待とう。足音の主が馬たちを追いかけて行った様子は無い。

…ということは。


思い至って息を飲んだ瞬間、腕を掴まれ、茂みの中から引きずり出され、道の真ん中へ突き飛ばされた。藪に絡んだリボンが解け、髪が広がる。


怯えて相手を見上げると、相手も途惑ったようだった。

昇り始めた月を背にしている為、顔の造作などは分からないが、かなり長身でガタイも良い。


「駆け落ちの相手待ちか?」

「ち、違います!!」


しかし、とんでもない勘違いをしてくれる。






ーーーーーーーー




「ならば、何故若い女が独りでこんなところにいる。しかも、あんな場所に隠れて。怪しんでくれと言わんばかりじゃないか」

「馬たちが酷く怯えたからですわ。あのたちは利口ですもの。自分の叶わない相手は見極められます。もしかして、足が早くて逃げ切れないような、強い獣が来たのではと」

「ならば、馬に乗って逃げるべきだろうが」

「だって、怯えてへたり込んでしまいましたもの。…本当は、枝で打って逃してやろうとは思ったのですが、もし、獣が馬を追って行ったら可哀想かと躊躇っていたら自分たちで走り出したので、そのまま隠れていただけです」

「…あんなところに隠れても、獣は鼻が利く。人間の匂いなどすぐに嗅ぎつけて噛み裂くぞ。殊に、若い娘は柔らかくて美味いからな」


ー知ってますよ、ひぐまは1度女性を食べたらその後2度と男性を食べないんですってね、嬲り殺すだけで。某サイトで妊婦さんの末路も知ってますし。


そこまで行ってふと考えた。ー考えてしまった。


胸を張って若いとは言い切れない私は、果たして美味しいのだろうか?




ーーーーーーーー


 






男は、藪に隠れていた人間を引きずり出してみたものの、それが若い娘であったことに、心中密かに焦っていた。

脅すような言葉にも全く動じることなくこちらを見つめている。


美しい黒髪、質の良い布をたっぷりと使ったドレス。

明らかに貴族ーそれも、高位ーの令嬢だ。


本人は否定するが、駆け落ちの相手を待っているとしか思えない。

いや、『若い女は美味い』などと獣人の自分に言われても全く怯えもしない緩い女だ。

体良く金を巻き上げられて放り出されたことにすら、気付いていないのだろう。


とはいえ、まさか、こんなところに放置して先へ進む訳にも行くまい。

国へ急いで戻る必要もないし。


「娘、街まで送ろう」

「いえ、結構です。連れがおりますから。先程馬が迎えに行ってくれたので、じきに来るでしょう。…あぁ、来ましたね」


蹄の音が聞こえる。聞き覚えのある足並みに思わず顔を上げた。

「まさか、あの片割れがグラニだったのか?」

呟いた男に、女は「え?」と男の顔を見つめる。


「無事かっ!?」

ルドガーの焦ったような声。振り返る間も無く馬上に引き上げられ、腕の中に庇われた。


「これは驚いた。まさか、ルドガー殿懇意の娘だったとはな」


その声にルドガーが驚いたように呟く。


「その声、アレシュ卿か…?」

「いかにも。…しかし、幾ら偲ぶ仲とはいえ、このような場所に姫君を呼び寄せるなど危険極まりなかろう。偶々通りかかったのが俺だったから良かったようなも」

「誤解です、アレシュ卿。彼女はフォルクハルトの姉君ですよ。畑を見せようと思ったのですが、少し問題が起きまして。暫し此処で待って頂いただけの事です」

「フォルクハルト卿の姉君…? ほう、それは…」

僅かに口の端が持ち上がる様に、面倒ごとが起きないようにとクルトは必死で祈る。



腕の中の華奢な躰は冷え切っている。まずいとは思ったものの、ジレ姿の為、羽織らせるものすらない。

馬を飛ばす事は出来るが、更に身体を冷やしてしまう事は確実だ。

自分独りならクルトの家に寄せてもらうが、彼の家は母親が他界しており、父親と弟との完全な男所帯。そこに彼女を連れて行くのはあまりにも外聞が宜しくなさ過ぎる。



ルドガーが計算しかねていると、アレシュが首を傾げた。

「先ほどから何を考え込んでいる?」

「いえ…」

とルドガーは状況を説明する。するとアレシュは事もなげに、

「貴殿が1度戻って、馬車を1つ借り受ければ良いのではないか? 彼女を馬車で帰らせて貴殿はクルトの元に泊まれば良かろう。…もし、伯爵令嬢を独りで馬車に乗せるのが不安だというなら、俺が共に侯爵家まで行っても構わぬ。本当は俺が馬車を呼びに行ってやれれば良いのだが、グラニは完全に俺に怯えているしな」

と提案した。

「なるほど。ではそうさせて頂きます。申し訳ありませんがアレシュ卿、暫く彼女をお願い致します」


そう言って馬上から敬礼すると、ルドガーは瑠凪を下ろした。


「ルナイリス嬢、こちらの御仁はアレシュ卿と仰って、ルーキフェルムの国王、ルカーシュ陛下の側近で信頼出来る御方です、心配は要りません。馬車を借りてくるので暫くお待ち頂きたい」

「はい、分かりました。わたくしの方はお気遣いなく」

ふわりと微笑んでカーテシー。

「クルトも此処で待っていてくれ」

「は」

クルトは短く挨拶すると、馬の手綱を引いて下がった。

ルドガーはあっという間に見えなくなり、瑠凪は改めて男に向き直った。

「わたくし、ルナイリス・フォン・リートミュラーと申します。お初にお目もじ致します」

「俺はアレシュという。陛下の命でラトレセイスに買い付けに来ていてな。必要が終わったので帰るところだった」

「…まぁ。それは申し訳ございません、せっかくのお帰りを邪魔してしまいましたわね」

「いや、気遣いは無用だ。…こちらの方が食は好みだったりするからな」

生真面目な反応にくすくす微笑い。

ふと思い出してクルトを見た。



「そうだわ、クルト殿に1つお尋ねしたいの、良いかしら?」

「わ、私に答えられる事でしたら…」

「ええ、大丈夫。お尋ねしたいのはこの辺りの気候のことなの。…今、随分冷え込んできたけれど、これはいつもの事なの?」

「あ、はい。この時期はいつも夕方から夜にかけて冷え込みが厳しくなります。朝方は霧が出る事も多くて」

「なるほど。でも日中は暖かいのね?」

「はい、寒暖差はそれなりにあります」

「それと、傷んだ葡萄をわたくしも見たのですが、あれは灰色のカビに冒された…ので良いのかしら?」

「そのとおりです。水分が取られて干からびてしまう感じで」

「ちなみに後はどうするの?」

「処分するしかありません。ー残念ですが」

本当に悔しそうなクルトを見て、思わず口から出てしまう。


「処分を…そうね、2月ほど待ってもらうことは出来ないかしら? 詳しくはルドガー様たちに後でお話しするけれど、運が良ければ、宝の山に出来る…かもしれないわ」


「これが宝に…? 何戯言を仰られるんですか」

「運が良ければ…よ。今後の気候がものを言うの。上手くいけば程良く水分が抜けて甘味が強まるそうよ。ただ、特定の条件を満たせなければ腐ってしまうし、量も、1本の樹からグラス1杯分くらいしか取れないらしいけど」


ぽかんとしているクルトと眼差しを強張らせるアレシュ。

瑠凪はくすりと微笑った。

「どうせ捨ててしまうなら、賭けてみるのも悪くないと思うのだけど?」

そう言って小さくくしゃみをした。


アレシュははっとして慌ててコートを脱ぐ。

「ご無礼を」

令嬢に短く声をかけるとコートを羽織らせた。

「有難う」

振り返るように礼を言われて驚く。

「不躾な事をお尋ねしても宜しくて?」

小首を傾げるその様はまるで愛らしい小うさぎのようで。思わず噛み裂きたくなるような衝動に駆られる。


「何だろうか、ルナイリス嬢」

「ルーキフェルムの方という事は獣人…なのですよね?」

「ええ、ちなみに俺は狼です」


「狼…耳…しっぽ…もふもふ…」

不思議な呪文が聞こえた。

「触ってみたい…なんて、失礼なのでしょうね」

「この場で獣に戻れと?」

あまりの発言に目が点になる。


「い、いえ、ご迷惑をおかけするつもりは」

慌てたように手を振られ、ほっとしたような残念なような不思議な気持ちになる。


自分たち獣人にとって、獣形を見せるという事は、相手への深い信頼や敬慕の念を表す。

また、異性に対して獣形を見せるのは求婚プロポーズに近い。


人間が知る訳のない習性なので止むを得ないといえばそうなのだが、習性それを脇に置いても、警戒心の無さ過ぎる彼女に呆れる。


フォルクハルトに会う機会があれば、警告しておいてやろうとそう思わせるほどに。









すみません、少し遅くなってしまいました(^^;)

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