Lesson II -A Mad Tea party?
翌日、動きのぎこちない瑠凪を見たルドガーが、大変にイイ笑顔で手を引っ張った。
側から見ると、エスコートしているようにしか見えないのがまた黒々しく。
朝食の席でフランツィスカが口を開く。
「ルナ、少し昨日は頑張らせ過ぎたから今日はダンスはお休みにしましょ。今日はそうね…マナーと会話術…といきましょうか」
会話術…お貴族様の“腹芸”ですか。
闘りあえるかしら、若干不安だわ。
一応営業の経験はあって、めちゃめちゃ長けている主任が相手をあっさり丸め込むのとかも見て来てはいるけど、表情からどれだけの事が読み解けるかな…。
そんな事を徒然に考えていた瑠凪だったが、いざ、レッスンが始まると、それどころではなかった。
とにもかくにもルドガーが…過ぎるのだ。
爽やかな笑みで心をえぐりに来たかと思うと、腹黒い笑みでこちらを白々しく褒めてみせる。
ー何が何処まで信頼出来るのか全く見当がつかない。
…うん、もう決めた。フォルクに任せる。
にっこり微笑ってフォルクの隣に立っているだけでいいや。
半ば自棄になりつつもルドガーに相対する。
ルドガーの方はといえば。
すっかり楽しんでいた。
瑠凪がしっかり喰らい付いてくるのがとても楽しい。
デビュー予定の夜会では、そんなにとんでもない輩を近付ける予定は勿論無いが、それでも、ある程度の計算を教えておくに越したことはないだろう。
ーリートミュラー家の若い娘、しかも、バルシュミーデ侯爵家を味方に付けて。
計算高い腹黒たちに取り囲まれ、言質を取られようとする様は容易に想像出来た。
自分とフォルクハルト、ヴィンフリートで護っても足りるかどうか心許ない。
居合わせるメンバーによっては、自分が母親と組んで、父親に預けた方が正解かもしれない。
(男慣れしてないようでいて、肝は据わってるんですよね。ほんと、不思議な女性です)
ルドガーにとっては、あの魔道具よりも瑠凪の方が数段不思議なのである。
2人を見ながらフランツィスカは優雅にティーカップを持った。
2人がじゃれ合いを始めたので、暇になって、侍女のエラを呼んで紅茶を用意させたのだ。
ルドガーに喰らい付いて行ける瑠凪を好ましく思うと同時に、じゃれ合う元気の出た息子を嬉しく思いながら眺める。
ーあの時から貼り付けたように繕った笑みしか浮かべなくなった、我が子が。
まさか、瑠凪がルドガーの良い玩具になってくれるとは思わなかった。
初対面の時、夫リュディが冗談交じりに言ったことを、事実にしても良いかもしれない。
…まぁ、瑠凪は必死で逃げようとするだろうが。
暫く眺めているうちに、精彩が欠け始めた瑠凪に気付く。ダンスの合間の会話を意識しているらしいルドガーは、立ったままで会話しているのだが、それに応じて立ったまま話す瑠凪は、少し疲れて来たようだ。
さすがに、一対一で、人格を複数使い分ける同じ人間とずっと話し続けているのは、キツいだろう。
頃合いを見計らい、フランツィスカはぱんっと手を叩いた。
はっとして振り返った瑠凪を、優雅に手招きする。ふらふらとやって来る瑠凪をルドガーがエスコートして椅子に座らせ、様子を見ていたエラが、程よい温度の紅茶を差し出す。
まるで呷るかのようにごくごくと飲み干しテーブルに突っ伏してしまったリートミュラーの姫君に、エラは内心で心からの見舞いと気遣いの言葉を贈った。
バルシュミーデ侯爵家の嫡子、ルドガー。
まるで誘蛾灯のような立ち位置の男であるが、若い侍女たちが1人として頰を染めないのは、その鬼畜な本性を嫌というほど知っているからである。
若い侍女が新たに入ればルドガーに頰を染めるのはもはやお約束なのだが、気付いて呆然とするまでが一連の流れとなっており、男たちの中では、いつ新たな侍女が若様の『本性』に気付くか…が賭けの対象となっているほどなのである。
ちなみに、女たちの間では、ルドガーが本性を表すのが早いほど優秀な女性…ということになっている。
なので、ルドガーが本性を表す前に、眼差しと声の色の乖離から気付いたエラなどは、別格の扱いを受けている。
リートミュラー家の当主である若君とは従兄弟という関係だけでない親しさがあるとはいえ、かの姉君とは縁が無いはずなのに、今までにない最短の時間で本性を表したルドガーを少し不思議に思いつつ、姫君に付くのがラウラになったことをエラは残念に思った。
「疲れましたか? ルナイリス姫」
「何処に地雷があるのか分からない会話は、本当にめんどくさいです。全部爆発させて綺麗さっぱり終わらせて良いですか?」
「ジライとやらが何なのか分からないけど、ルナがとても物騒なことを言っているのは分かる。ま、終わらせたいのなら僕は止めないよ。…ただ、爆発には巻き込まれたくないから離れさせてもらうけど」
「は? 目を開けて寝言言えるってルドガー様、随分と器用な方なんですね。離す訳有りませんでしょ? 一蓮托生なんですから」
漆黒の花が飛び交う現状に、さしものフランツィスカも頭を抱えた。
ルドガーにいいようにあしらわれた所為で、ルナが完全にやさぐれている。フランツィスカは溜息を吐いて息子に向き直った。
「今日は取りあえず貴方の役目は終わりよ。昼食後は自分の仕事をしなさい」
「るどがーのしごと…」
何故か片言になった瑠凪をルドガーは睨み付けた。
「さり気なく失礼ですね。侯爵家の嫡子であれば事業の1つや2つ手にかけるのは当然の事ですよ。リートミュラー家は2人とも王家が主人なので特に持っていないだけです」
…へ?! おうけがあるじ?
何だかとんでもない事を聞いたような気はしたが、下手に突っ込めば墓穴を掘ると感じ、瑠凪は全力でスルーすることに決めた。
「では、これで失礼して、午後は収穫期間近の畑を回って来ますよ」
手をひらひらと去っていったルドガーを見送り、フランツィスカは瑠凪に向き直る。
「取りあえずお昼にしてから、午後はお辞儀の訓練と行きましょうか。優雅に品良く見えるように叩き込むから覚悟してて」
ね♪と、語尾を跳ねさせ、瑠凪の手を引いて食堂へ行く。
午後はひたすらカーテシーに明け暮れた!
全身の痛みが増した!
…何のゲームよ、コレ。
まぁ、そこそこ出来るようにはなったの…だろうか。
…我ながら疑問です。
何でルドガー、鬼畜になっちゃったんだろ?




