終局と春の嵐
…。
ふうっと意識が浮上し、瑠凪は目を開けた。
窓から見える外は真っ暗で、時間の見当も付かない。
日本ならまず電気のスイッチを捜すところだが、魔法の世界に電気がある可能性は低い。魔道具を起動させてもらう形になるんだろうか。勿論方法など分かる訳もなく。
これがリートミュラー邸なら、誰かを呼ぼうという選択肢が即出て来る。
しかし…。
あれだけ迷惑をかけたものを、これ以上、上乗せしたくはなかった。
ベッドから出ると、ふかふかの絨毯に寝そべってストレッチしてみる。
家にあったヨガマットより数段使い心地が良い気がした。
そういえば、夕べ久々に子どもを抱いて寝たからか、身体が変に強張っている。
ゆっくりと身体を伸ばし、あちこちを揉み解す。昨夜はサボったから、全身念入りに。
くぅ
小さな音が耳に入り、瑠凪は頬を赤らめた。
恐らく、夕食の時間はとうに終わっているだろう。何となくそう思う。
時間の予想のつかない以上、真夜中だったりしたら目も当てられない。これ以上迷惑はかけたくないという一点は内心で譲れず、空腹は無視してもう一度朝まで寝直す事に決める。
ふと、部屋の隅に置かれていたワゴンに気付いて、中を検めてみた。
「ワイン…?」
ふわりと甘い香り。あまり得意ではないが、取りあえず、アルコールの力を借りて眠るのも有りかもしれない。
口に含んでみると、予想よりアルコールが強い。何となく嫌な予感がしつつも、添えられていたチーズと頂く。
(わ、やっぱクラクラする…)
空きっ腹にアルコールは昔から苦手だったのだが。
(二日酔い確定かも)
あまり酷くならないようにと願いながら、ベッドに戻って半ば強引に意識を手放した。
気がつくと、部屋の中に陽の光が差し込んでいた。
何気なく起き上がり、微かに覚えた頭痛に眉をしかめる。
部屋の片隅のワゴンが昨夜見たのとは違っているような気がして検めて見ると、アイスティーのポットと水のポットが並んでいる。
取りあえずお水を2杯ばかり頂く。
昨日は水分をあまり摂っていなかったので、軽い脱水のきらいもあるのかもしれない。
ほうっと息をついて、今度はアイスティーを入れてみる。
昨日頂いたのとは茶葉が違うみたい。アイスティー用かも。
少し甘みを口に入れて何だか元気が出た気はするけど、今は一体何時頃なんだろう…というか、時間の呼び方とかも教えてもらわないと。
月や季節の呼び方とかも必要だし。
取りあえず寝室を出てみる事にする。
恐る恐る寝室のドアを開けると、そこにいたラウラと目が合った。
「お、お早うございます、ラウラさん」
ぎこちなく挨拶すると、あの騒動を恐らく知らないのだろうと思える、屈託のない笑顔を向けてくれ、何だかほっとする。
「随分とお疲れだったのですね、ルナイリス様。昨夜の夕食も召し上がらず、ここまでお休みになれるとは」
「…みたいですね。自覚が無いのは気を付けないと。実は夜に1度、目は覚めたのですが、時間が分からなかったもので、そちらにあったワインとチーズを頂いて寝んだんです」
「ワインのワゴンは夕食が済んで、黒の時の頃にお持ちしました」
その答えに、瑠凪は首を傾げた。
そういえば、時間の感覚を聞いていない。
でも、何となく真夜中くらいの気がした為、助けを願わずに正解だったと胸を撫で下ろす。
「それではこちらでお召替えを」
寝室の隣の部屋に案内された。
大きなクローゼットと姿見。
ラウラは手早く朝食用のドレスを着付けていく。藍白でハイウエストで切り替えたシンプルなもの。髪は緩く巻いてハーフアップに。
ちらりと見えたクローゼットの中。
華やかなドレスの数々に気後れする。
私が偽物って予測して、尚且つ用意してくれたのだから甘えてしまっても大丈夫なのかもしれないけど…昨日の父子の有様を見るに、信用するのもとても危険な気がする。
気持ちを固められぬままラウラに案内され、食堂へ向かった。
そこには、侯爵夫妻が卓に着いていた。
若者たちは未だの様だ。
「お、お早うございます…。昨夜はいろいろとお騒がせして申し訳ありませんでした」
ぺこりと頭を下げる。
夫婦が顔を見合わせた。
フランツィスカの、息子と同じ濃い菫色の瞳が悪戯めいた色を帯びる。
「戯れが過ぎたのはこちらも同じ、気に止む必要は無くってよ」
ふふっと微笑うフランツィスカに少しほっとしたものの、どちらかというと問題は夫の方なので、引きつった顔を崩せずにいると、隣に座る侯爵もくすりと微笑った。
「心配は要らない。貴女の訓練は当家で引き受けよう。ただ、対価と言っては難だが、是非、珍かな知識を貰い受けたい」
否を言わせない色の笑みに対応に困り俯く。
侯爵は柔らかな笑みを刷いたまま、
「話を聞かせてくれるだけで構わない。そこから使えるものを汲み出すのは私たちの役目だ。…そうそう、昨夜は名乗りそびれてしまったが、私の名はリュディガーだ。これから宜しくね、ルナイリス嬢」
挨拶と共に手を取られて甲に口付けられ、一瞬驚く。どういう態度を取るべきか分からないので、
「はい、こちらこそ宜しくお願い致します」
挨拶を返して丁寧に頭を下げた。
「食事が済んだらお部屋へ行くわね。本腰入れて始めるわよ、腕が鳴るわ」
フランツィスカが艶やかに笑む。
「お、お手柔らかにお願い致します…」
顔を引きつらせていると、リュディガーに手を取られ、フランツィスカの傍らに案内された。
席に着くと、給仕が手早く配膳を始める。
並べている間にルドガーとフォルクハルトが揃って瑠凪の向かいの席に座った。
そこにも食事が並べられ朝食が始まる。
食事する様をちらちら見られるのは何とも言えず居心地が悪いが止むを得まいと諦める事にする。如何せん全てが足りないのだから、どこから始めるべきか見定めておきたいとの思いは至極当然であろう。
「そうだ、フォルクに一つ聞いておかなきゃいけないことがあったわ」
突然そう言い出したフランツィスカに、残り4人の目が注がれる。
「ルナへの講義の内容なんだけど、ダンスは含める?」
「そうですね、お願い出来れば…とは。私が夜会に出なければならない時のパートナーを頼めれば、正直なところかなり助かるので」
「あの、それってつまりわたくしに、押し掛けてくる令嬢たちの盾となる事を期待されているのでしょうか?」
「…そうだ。済まないとは思うが」
決死の嫌味をあっさり肯定され、瑠凪の顔が引きつる。
「そうね、デビューのエスコートはフォルクがするべきでしょうね。デビューの夜会は、妾たちの出席する夜会の予定に合わせなさい。そうすれば、貴方とリュデイとルドガーと踊れば、他を断る事が出来るわ」
夫や息子を、許可も取らずに巻き込んだ上での計画だが、2人とも何も言わずに頷いてすらいるので、瑠凪は逆らうことが出来ずに食事に逃げ。
(デビュー…ってデビュタントっていうんじゃないっけ。あれって20歳前後のお嬢さんでしょ…薹が立ち過ぎてるよ、恥かくだけだから止めて…。夜会とか嫌だぁ…)
内心で泣く瑠凪にはお構いなしでフランツィスカは計画をまとめてしまう。
何でも、丁度良い規模の夜会が2ヶ月程後にあるらしい…。
…2ヶ月ってどのくらいかな、それをまず確認しとかなくちゃ。




