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出会いIIー暴風


呆然ーといった表情の瑠凪に、見くびられたものだと溜息を吐きながら畳み掛ける。


「侯爵家ともあろうところが娘をるのに調査の1つもしない訳ないでしょう。メルヒオール殿に女性の影なんて無かったわ。貴女は何者なの、ルナイリス。わたくしたちを騙せると本気で思っているの?」


瑠凪はどうして良いか分からなくなっていた。

嘘を考えたのは確かに自分ではないが、承諾したので同罪ではある。

でも、世話になっているリートミュラー家の誰にも事情を話していないのに、ここで話して良いものだろうか。


無言のままのルナイリスに、

「話す気は無いということね」

とフランツィスカが冷ややかな眼差しを向ける。ルナイリスの紅唇がはくはくと動いた。

少し躊躇いを覚えたものの手を鳴らす。

現れた侍女に伝言を頼み。

彼女が出て行って程なくして。扉が開いた。


「随分と気が早かったね、フラン」

そう言いながら入って来たのはバルシュミーデ侯爵。続いて息子ルドガーと、フォルクハルトまで入って来た為、瑠凪は縋り付くような眼差しをフォルクハルトに向けた。


「悪いではなさそうだったから」

肩を竦めたフランツィスカにルドガーは皮肉気に、

「身分を詐称する人間の何処がまともだと?」


と呟いた。フォルクハルトが驚愕を露わにしているのを見て、バルシュミーデ侯爵が気の毒そうにその肩を叩いた。


「フォルク、私たちは侯爵家だよ? 婚姻に際して面倒ごとにならないように、相手の素行調査くらい当たり前にするさ。メルヒオール殿がクレィと知り合う前に懇意にしていた女性などいなかったと断言出来る。つまり、彼女は嘘をついているということだ。…そうだね、魔術審判でも受けさせようか。話す気がないなら、それが一番手っ取り早いだろうね」


「魔術審判…」


考え込んでしまったフォルクハルトに、瑠凪は唇を噛んだ。安直な考えは容易に見抜かれた。ーもし、嘘が知られるなら、リートミュラー家とバルシュミーデ家の間が険悪になるかもしれない。理由はどうあれ騙そうとしたのだから。

来た時の会話から察するに、フォルクハルトは領地を継いでまだ日が浅く、バルシュミーデ侯爵を頼りにしているようだった。相談場所が無くなるのはきっと痛いだろう。

悪いのは自分だ。安易に偶然に頼ろうとするからだ。自力で…頑張ろう。


(テオ…ごめんね)



瑠凪は覚悟を決めて椅子から立ち上がった。

「ごめんなさい、皆さん。悪いのは私です」

ぺこりと頭を下げ、足早に部屋を出て行こうとしたその時。

背中に痺れるような衝撃を受けた。立っていられず膝を付く。腕を捻りあげられ、床に押さえつけられた。汗が滴るのが解る。


「やめろ、ルドガー! 手荒な真似は寄せ!!」

フォルクハルトは慌てて駆け寄り、彼女を組み敷いたルドガーを押しのけると、瑠凪の華奢な身体を腕の中に庇った。

「大丈夫か、ルナ?!」

白いかおを覗き込む。息が荒く顔色も真っ青で、なのに異様な汗をかいている。汗で貼りつく前髪を指で払ってやりながらルドガーを怒鳴り付ける。


「何をやった、ルドガー!」

「お優しいねぇ、フォルクは。詐欺師の女に同情などしてたら身包み剥がされても知らないよ? にしても、耐性無いのかな。…あぁ、平民の女じゃ仕方ないのか。電流シュトロンだよ、雷系の初歩の魔術を喰らわしただけだってば」


ーなるほど、強力なスタンガン、食らった訳か。


「ふざけるな! 人間相手に魔術を放つのは、余程のことがなければ認められないはずだ! お前は殺されかけでもしたのか、ルドガー!」


「口裏なんて簡単に合わせられるよ。ねぇ、平民のお嬢さん。君は思惑が外れたので母を襲おうとした。気付いた孝行・・息子の僕が取り押さえた。…僕らがそう言うのは簡単だし、警邏隊だっておかしいと思っても侯爵家に楯突くようなことはしない。そうなったら、侯爵家の人間を平民が手に掛けようとした訳で間違いなく君は死刑になるね」


瑠凪の紅茶色の瞳が大きく見開かれた。

唇が動くも声にならない。

そのまま、恐怖と痛みで、気を失ったー。





フォルクハルトは瑠凪を抱きしめた。

まさか、こんな事になるとは思わなかった。

安直な考えだったのは認めるが、此処まで拗れたものをどう解せば良いのか。


冷ややかなルドガーに呆れたようなフランツィスカ、全く表情の変わらないリュディガー。


三様の眼差しに見下ろされ、フォルクハルトは溜息を吐く。


「お騒がせして申し訳ない。きちんと事情をお話しします。ーとはいえ、私たちも詳しく聞いた訳では無いのでお話出来るのも少しだけなのですが。ただ、まず、ルナイリスをどこかで休ませてやってもらえませんか。誓って言います、彼女に罪はありません。責められるべきは安易に考えた私です」


リュディガーの淡い水色の瞳が氷の色を帯びる。

「どういうことかな?」

「待って、リュデイ。フォルクの言う通り、まずルナをやすませてあげましょう。…こちらが寝室よ」

フランツィスカは瑠凪を抱き上げたフォルクハルトを隣に案内する。

そこに置かれていたベッドに瑠凪を横たえた瞬間。瑠凪が跳ね起きた。

「ど、どうした?」

「せなか…いた…」

歯を食いしばって、痛みを堪える様子の瑠凪に、フランツィスカが歩み寄った。

「ちょっと、見せてご覧なさい。ほら、フォルクは出ていくの」

さっさとフォルクハルトを追い払うと、フランツィスカは瑠凪のドレスの編み上げのリボンを解いて背中を露わにすると、ー絶句した。


「まあ、何てこと。…少し座っていられるかしら?」

そう言い置くと、フランツィスカは足早にドアを開ける。

「ルドガー、ちょぉっとこっちへいらっしゃい」

微笑んで招く母の目が笑っていない事に気づいて、ルドガーはひらひらと手を振った。

「面倒ごとは御免です」

「元凶が偉そうに何を言うのかしらねぇ」

顔に刷かれる艶やかな笑みに、ルドガーの内心で警戒警報が鳴る。この笑みの母親には逆らわない方が賢明である。穏和しく付いて行ってー背中を露わにしている女に息を呑んだ。

「母上」

「良いからこちらへ来て、自分の下手くそな魔術の末路を見なさい」

その言われようが心外で、つかつかと女の元へ歩み寄る。

「雷をぶつけているのですから火傷くらいは当然ですよ、母上」

「ではお前のミスということでしょう。やりすぎ以外の何物でもないわ」

その言葉に怒りを噛みしめながら女の背に目をやりー言葉を無くした。

白い背の半分近くが紅く爛れて、水ぶくれも出来ている。此処までの魔力ちからは込めていないはずなのに。

ーさすがにこれはやり過ぎと言われても止むを得まい。

溜め息を吐きつつ、手を差し伸べる。

背中の傷を癒して。

痛みが消えた事に驚いたのだろう、女はぱっと振り返った。微かに怯えが漂う紅茶色の瞳が濃い菫色の瞳と絡み合う。

その瞳にふと気付いたことがあり、思わず尋ねてみた。

「もしかして君は水か氷、ないしは治癒魔法が使えるのか?」

「…調べたことはありません」

それを聞いたフランツィスカは納得した。水系の魔法は雷系とは相性が悪い。また治癒系は全ての魔法の被弾威力を増す。使い手であれば威力を相殺出来るが、ただ能力を持っているだけであれば、被害が増大するのである。

彼女がそうなのであれば、ルドガーが込めた力以上の被害が出たとしても止むを得ないのであろう。ー八つ当たりのごまかしの可能性も十二分に有り得るがー


「僕は治癒系も使えるから背中の火傷は治した。安心してやすんでくれて良い」


「い、いえ、大丈夫…です。悪いのは私ですから。フォルクハルト様だけに責を負わせることなど出来ません」

血の気の無い真っ白な頬で、しかし女は気丈にも微笑んでみせた。

ドレスに袖を通そうとするのに、ふるりと柔らかな胸が揺れるのが目に刺さり、ルドガーは思わず顔を背けた。

母親がにやりと笑っているのが目に入り、舌打ちしそうになるのをようやっと抑える。

ドレスに袖を通し終わったところを、フランツィスカが編み上げのリボンを結び直す。

ベッドから立ち上がろうとした華奢な身体がぐらりと揺れ、近くにいたルドガーは慌てて手を伸ばした。抱き留めた体躯の熱さに目を瞠る。


「ちょっと待て。やすんでいろ」


肩を掴んでそう言うも、瑠凪は首を振った。


「大丈夫…です。ちゃんとお話…します」

覚束ない足取りで部屋を出る。


と、リュディガーの淡い水色の瞳が瑠凪を捉えた。つかつかと歩み寄って来て、瑠凪の手を取った。感情の見えない瞳は、恐れを抱かせ。

びくりと震えた身体を、リュディガーは冷たい笑みを浮かべて見据える。


「さあ、話してもらおう、ルナイリス嬢」


椅子の1つに瑠凪を座らせると、思い思いに席に着く。皆の視線が注がれる中、瑠凪は朦朧としてくる頭を必死で稼働させながら、話すことをまとめていた。


「わたくしは実はー」


この世界の人間ではないことに始まり、自分の氏素性、今までの簡単な経歴や、此処に来てしまった経過などを端的に語る。


「落ちた先が偶々リートミュラー家の敷地だったんです。遊んでいたテオドール様とお話ししたら、わたくしが子ども慣れしていることもあると思うのですが、とても懐いて下さって。その様子を見たフォルクハルト様が、行く場所が無いなら此処にいてはどうかと声を掛けて下さいまして」

「雇うにもそれなりの形式が必要ですから…。面倒ごとが無いだろうと安直に考えたのは私たちの側なのです。ルナは幾ら故人とはいえ、父上に申し訳ないと躊躇っていましたから」


フォルクハルトはそう瑠凪を庇う。


「異世界なんて言われても…信じられない」

侯爵様に冷静に言われて俯く。

至極当たり前のことだ。


「ルナ、お前が来たときに持っていたあの荷物はどうだ? 見せてもらいはしたがさっぱり意味が分からなかった。あれなら証拠になるのでは無いか? あれはヴィーが預かっているだろう、こちらに転送して貰えば良いと思うのだが」

「で、でも、それではヴィンフリート様にも、ルドガー様にもご迷惑なのでは…?」

「こんな中途半端な状態の方が数段迷惑だ。待っていてくれ、受け取ってくる」

「あ、でしたら荷を全て送ってもらうのもお邪魔でしょうから、淡い水色の鞄に、淡い紫の花模様の、長方形で少し厚みのあるものが入っているので、それだけ送ってくれるよう、頼んで頂けませんでしょうか?」


荷浚いをしたフォルクハルトは、あぁ、あれのことか、と頷いた。


「淡い紫の花模様…だな、分かった」


そう言うと出て行ったルドガーは、然程時間を置かずに戻って来た。


「これでいいのか?」


手渡されたのは愛用のスマートフォン。

あれから電源は入れていないから、今此処でと、後でヴィンフリートやライナルトに見せるまでくらいなら電池が保つ筈だ。


注目が集まる中、スマートフォンの電源を入れた。軽やかな起動音に、辺りがびくりとなる。

パスワードを入れ、自動ロックを解除すると、テーブルの上に置く。


「お好きに触ってみてください」


真っ先に手を伸ばしたのは誰あろうルドガーだった。

暫く触れていたが、テーブルの上に戻す。

「全く訳がわからない。何なんだ、これは」

「これは…『魔道具』と呼ばれる類のものかと。勿論わたくしたちの世界では呼び方は異なりますが」


テーブルの上に置いて皆に見えるようにしたまま、オフラインでも出来るパズルゲームをやってみる。不思議そうに覗き込んでくる面々。


そうだ。


ひとつ思い付いてスマホを手に取る。

席から少し下がって、皆をファインダーに収める。シャッター音に驚く彼らにくすりと笑みを零しながら、スマホを見せた。

全員の手の中をスマホが順繰りに移動する。矯めつ眇めつしているのが何とも言えずおかしい。

「記録の魔道具か…?」

こう言う系に1番詳しそうなルドガーが真っ先に声を上げる。

「そういう一面もございます。わたくしの世界では殆どの人間がこれを持っておりました。これさえ有れば、調べ物も出来ますし、自分の予定も入れておけます。財布代わりにも出来ますし、手紙をやり取りすることも出来ます。先ほどのように記録もできます。ただ、難点は動力なんです。この世界では恐らく動力は調達出来ないはずですので、今この中にある動力を使い切って仕舞えばどうしようもなくなります」


テーブルの真ん中でアルバムを開く。

旅行先での美しい景色や友人の飼い猫、弟たちの姿など、中の写真をスライドしてゆく。

最後は従姉妹の結婚式で終わる。


「見たことのない景色ばかりだ。しかし、あの銀の砦は一体何なのだ? それと黒い大きな塊も」

「銀の砦…?」

何のことだろう。黒い塊は、多分弟の愛車のことなんだろうと思ったのだが。

「これだ」

ルドガーがぎこちない手付きでアルバムをスクロールしていく。差し出された画面に写っていたのは。


「砦…あは…なるほど納得…」


旅行途中に撮った駅の写真であった。


 




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