レナータとの出会いとディナータイム
ドレスをベッドの上に並べていくレナータを見ながら、瑠凪は申し訳ない気持ちを拭えずに思わず問いかける。
「あの、先ほどからのお話から察しますに、そちらのドレスは皆、亡くなられた奥様のものなのでは…。わたくしのような者が着用させて頂いて宜しいのでしょうか…?」
レナータはくすりと微笑った。
「先代様がご健在でしたら有り得なかったでしょうね。ですが、今の当主はフォルクハルト様。ご当主が良いとの仰せなのですからお気になさる必要はございませんよ。殿方にドレスは無理ですし、よしんばお二人が奥様を迎えられたとしても着て頂く事など出来ないのですから。処分することも心苦しく残しておいたものが、陽の目を見る事が叶いますなら何よりですわ」
その言葉に思わず双子のドレス姿を想像してしまい吹き出してしまう。
ヴィンフリートの違和感の無さが怖い…!
レナータも同じ想像をしたのか軽く吹いて、慌てて首を振るとドレス選びに戻る。
ふと真顔になるとこちらを見て、
「お嬢さま、宜しければ先に湯浴みをなさいませんか? 遠くから来られたと父から聞いております」
「…レナータさんのお父様…??」
心当たりが無く瑠凪は首を捻る。
「どうぞレナータとお呼び下さい、お嬢さま。父はこちらのお屋敷で執事を務めております」
「え、もしかしてライナルトさんの娘さんなんですか?! 父娘でお屋敷勤め!?」
驚いてうっかり叫んでしまうとレナータはくすくす微笑う。
「母もこちらのお屋敷で厨房を預かっております。何でもこのお屋敷で出会ったのだそうですよ」
茶目っ気たっぷりに打ち明けてくれた。
職場結婚か…。なんていうか意外。
「そういうの、素敵ですね。住み込みなわけですから人の取り繕った面だけでは無くて裏に当たる部分も見てしまうと思うんですよね。それでも尚且つ添い遂げたい…って思える関係、憧れます」
弟たちからは、色香という面での女子力はマイナス!と散々な言われようではあるが、アラサーともなればそれなりに理想の1つや2つある訳で。
正直なところ、弟たちの世話も夫の世話も、することって特に変わらないような気がして。
ただ、相手が変わるだけ。
そう思うから、交際にも及び腰だったのかも。
考え込んでいると、もう1人侍女が。アメリアと名乗った彼女は、瑠凪を浴室へと連れて行く。あれよあれよという間に、侍女がもう2人増え、浴室へと引っ張り込まれて全身磨き上げられてしまう。
おたおたしている間に、準備されていたドレスを着せられ、髪を結われ。
「さあ、如何でしょう、ルナイリス様」
レナータに姿見の前に連れて行かれて恐る恐る眺めて瑠凪は絶句した。
…誰? これ??
真剣にそう思ってしまったほど、深い藍色のシンプルなドレスは誂えたかのようで。
黒髪は艶やかに梳られ、片側に編み込んで垂らされている。
「本当にお美しいですわ。フォルクハルト様から夕食の準備が整いましたので、お連れするようにと言付かっております」
その言葉に驚いて窓の外を見る。
空は日本と同じ夕焼けの色で。
淡い切なさを覚え、しかし、分からずに来たものを容易く帰れるとも思えず、深く息を吐いて想いを切り替える。微笑みを浮かべて、
「分かりました。案内宜しくお願い致します」
ぺこりと頭を下げる。レナータは困った様に微笑うと、
「私共に敬語は必要ありませんよ、姫様」
ライナルトが設定をどのように説明しているのか分からず、食後に時間をもらおうと考えながら食堂までエスコートされる。
食堂には既に三兄弟は揃っていて、茫然、驚嘆、歓喜と、三様の眼差しが注がれた。
テオドールの隣の椅子がライナルトの手によって引かれ、注目に身じろぎしながら腰を下ろす。
テーブルマナーなんて、分からない。
前の2人を見様見真似で。
気づいたらしい2人がくすりと笑う。
「あ、あのね…」
おずおずとテオドールが話しかけてくる。
「ルナは僕たちのお姉さまで、これからこのお屋敷で暮らすって本当にホント?」
2人をさり気なく見ると頷かれた。ちゃんと説明してたのか。
「ええ、そうよ、テオドール」
莞爾と微笑って、異母弟の頭を撫でる。
「兄さまたちみたいに『テオ』って呼んでよ」
「分かったわ、“テオ” これからよろしくね」
「ルナイリス」
フォルクハルトに呼ばれて顔を上げる。
「すまないが手の空いている時はテオドールの相手を頼めるだろうか。マリーナを臨時で付けてはあるのだが、彼女も忙しいそうでな」
「手空きも何も、予定など何もありませんわ、ご安心下さいませ、フォルクハルト様」
「頼む。幾つか話があるので食事が済んだら書斎に来てくれ。ライナルト、案内を」
「「かしこまりました」」
返事がハモってしまって思わず苦笑い。
テオドールの食事の世話をしていると、双子の幼い時を思い出して愛おしくて堪らなくなる。
甘やかしてもらおうとの目算が早々に外れ、呆然としているのもまた愛くるしくて。
食卓のワインを一口含む。優しい甘みのそれを飲み込んで、ほうっと息を吐く。
隣のテオドールは気遣わしげに瑠凪の顔を覗き込むと、
「ルナ、つかれた?」
と尋ねた。
「ええ、少し。今日は『初めて』の沢山あった日ですからね」
人の結婚式だけで非日常なんだけど、異世界に飛ばされるという非日常なんて単語では表しきれないようなことに巻き込まれて。
怒涛の一日だったけど、本当は電車の中で居眠りしてて、これは夢の世界かも…なんて期待出来るほど稚くもなくて。
徒然に考えつつテオドールを見れば、カトラリーを持ったまま、船を漕いでいる。
そっと抱き上げてその手からカトラリーを外すと、侍女のマリーナがやって来たので、テオドールをその腕に預ける。
「すみません、ルナイリス様。今日は一日外を走り回ったので疲れてしまったようです。湯浴みさせて寝かしつけますね」
「よろしくお願いします。湯浴みの間に寝てしまいそうなので気をつけて」
「はい」
テオドールがマリーナに連れられて出て行った後、瑠凪もワインのグラスを空けると、ライナルトの案内で書斎へと赴いた。




