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第4話:秘密の秘密会議

「……どうなってんのこれ? 動いてる? あ、エレベーター?」


 暗闇に響く、あっけらかんとした声。4人の少女たちはぎしぎしと振動する鉄の箱の中で揺られていた。


「いーから黙ってじっとしてろ。外に手出すと怪我するぞ」


 目が慣れてきたのかくるくると見回す北斗を、声で制するミドリ。

 やがて、振動が止まると同時に扉が開き、ぱっと光が広がる。そこに現れたのは、無骨なコンクリート打ちっ放しの地下室だった。縦横に走るパイプやコード、あちこちに無造作に置かれた電子機器や金属の部品。


「なにこれ……すっげー、バットマンの秘密基地みたい!」


 子供じみた感想を口にする北斗を見て、くすっと笑う沙羅。子供のころ、彼女が初めてここに入った時も似たような感想だった。バットマンのことは彼女にはよくわからないが。


「バットマンのは洞窟(バットケイブ)だろ。ここはただの地下室。私らは『本陣』って呼んでるけど」とミドリ。

「うちもなんかかっこいい名前つける? どうよ、沙羅」

「あんまりカタカナ語が増えるのはちょっと……」


 ぼそぼそと話し合う沙羅と香苗をよそに、北斗は興味しんしんで地下室の中を見て回る。それを後ろから追いかけて、監視するミドリ。


「へー、すっげー、なんか色々ある! この機械なに? 触っていい?」

「仮団員には説明しない。許可した物以外は何一つ触るな、殺すぞ」

「もう触っちゃった。殺してくれる?」

「このクソガキ……」


 二人で言い合う北斗とミドリを、香苗がぱんぱんと手を叩いて中断させる。


「ほらほら、じゃれあってないで。奥で作戦会議。仕事の話するんでしょ」

「じゃれあってねえ!」と怒鳴るミドリと、「はいはーい」と軽く流す北斗。

「こっちが作戦会議室ですよ」と、沙羅は先導して歩き出す。


 だが沙羅はふと、通りがかった扉の前で立ち止まった。ぺたぺたとステッカーの貼られた古い扉。「私以外立ち入り禁止」と書かれているが、そこにあったと思われる錠前は取り外した跡がある。


「……今日は、ひばりさんは?」と、沙羅はミドリに尋ねる。

「姉ちゃんはカウンセリング。そのあと本部に顔出すって言ってた」


 二人のやりとりを聞いていた北斗が、ひょいと後ろから顔を出す。


「ミドリちゃん先輩、お姉さんいるの? かわいい?」

「関係ねーだろ。いいからさっさと歩け」

「えーっ、ぼくもっと色々見たいー」


 ミドリにシッシと追い払われて渋々歩き出す北斗に、沙羅はくすっと笑って説明する。


「ひばりさんは、昔うちにいた騎士さんなんですよ。今も時々わたしたちのサポートをしてくれてます」

「へー、もしかしてぼくの前の人?」

「いえ、もっと前の……お父さんたちの時の」


 そこまで説明して、ふっと沙羅の表情がくもる。親のことを口にするのが嫌なわけではない。ただ、もし聞かれたら全部説明しなければならなくなる。どうして子供たちだけでこんな仕事をしているのか。両親はどこにいるのか。彼らに何があったのか。


「ふーん、じゃあ歳けっこう離れてるんだね。見てみたいなー」

「……きっとそのうち会えますよ。正式に入団できれば」


 沙羅の表情に気づいてかどうか、北斗は深く詮索せずにさっさと先へ歩いていった。

 無意識だったけれど、こういうあっさりしたところも沙羅が彼女をスカウトしようとした理由だったかもしれない。幼馴染の三人だけだと、どうしても過去が多すぎて空気が重くなりがちなのだ。



 短い廊下を抜けて、四人は奥の広間に入った。薄暗い部屋の中心には、ちょうど四人で座るのにちょうどよい大きさの小じんまりした円卓。正面の壁には、光の消えたモニタがいくつも掛けられている。静かな空間には、機械の駆動音と思われるブゥーンと低い音だけが響くのみ。


「ほんじゃ、ぽちっとな」


 香苗がふざけた声を出しつつスイッチを入れると、掛けられたモニタが一斉に点いた。それから、頭上の蛍光灯も。


「あ、人の楽しみ取りやがって」


 スイッチを押すのが楽しみだったらしいミドリは、ぶつくさ言いいつつ奥の椅子にひょいと腰掛ける。途端に「ふー……」とリラックスした声を出して、背もたれがなじむようにもぞもぞと背筋を動かすミドリ。情報&技術担当の彼女は、このアーロンチェアが本来の定位置なのだ。


「さあ、始めなよ団長。とりあえず結城が送ってきた情報、画面に出しといたから」


 ミドリに促されて、きょろきょろとモニタを見回す沙羅。


「あ、はい! えっと、北斗ちゃんにもわかりやすいように色々説明しながら話しますね」

「えーっ、子供扱いしなくていーよ。なんとなくわかると思うし」と口を尖らせる北斗。

「いえいえ、そこは最初ですからちゃんとしないと。色々とややこしい業界ですし……」


 ため息をつきつつ、沙羅はモニタの一つを指差す。そこには彼女たちが住む周辺地区の地図が表示されていた。周囲十数キロの範囲は青い線で囲まれ、強調されている。


「まず、この青い線の内側が、わたしたち波濤騎士団が担当している区域になります。騎士団と魔術師の説明はいりませんよね?」

「魔術師が悪いやつで、騎士団がぼくたちヒーローでしょ。わかってるわかってる」

「ヒーローじゃないですけど……まあ、とりあえずそんな理解で十分です。この区域内に存在する魔術師はすべて、わたしたち四人で管理しなくてはなりません。本当はもうちょっと広い区域を担当したいんですけど……うちはまだ弱小ですので」


 ぼーっと聞いていた北斗が、ふと沙羅の言葉に反応して目をぱちくりさせる。


「あれ、『管理』って何? 倒すんじゃないの?」

「いやー、あたしたち別に殺人集団とかじゃないから……危険がなさそうな奴は監視だけ付けておしまい。もちろん事件起こすようなヤバい奴は戦うけど、それでも基本はとっ捕まえて無力化したら本部に護送してもらうだけ」

「ふーん、そっかー……そりゃそうか」


 香苗の説明に、納得しつつもややガッカリした様子の北斗。せっかくの期待の新人を、逃すわけにはいかない。沙羅は北斗の興味を引こうと、話を別方向に広げた。


「魔術師もいろいろですからね。漫画みたいに炎とか雷とかを出しちゃう人もいれば、スプーン曲げができるだけっていう人もいるんです。そういう人たちをみんなひっくるめてチェックして、街のみなさんに危害が及ばないようにするのがわたしたちの仕事なんですよ」

「へー。じゃあ今まで先輩たちが戦った中で、一番強かったのってどんな奴?」

「え? そ、それは、えっとー……」


 北斗の思わぬ質問に、口ごもる沙羅。実のところ、沙羅たちの代になってから波濤騎士団はろくな魔術師の相手をしていないのだ。

 年齢を考えれば当たり前だが、沙羅たちにはまだ技術も実績もないため、本部からの信頼がない。少しでも危険な魔術師が現れると、まだ「荷が重い」と判断されて近隣の騎士団に仕事を回されてしまう。沙羅が北斗の入団を焦るのは、早く人数を揃えて騎士団としての体裁を整え、本部にアピールしたい思いもあった。


「強いかどうかはともかく、手強かった奴っていうとアレかなー。あの、『見えない痴漢』事件」

「……あれは後味の悪さも含めて最低の事件だったな。単純な強さならサメのやつじゃないか? お前ら二人で狩った、キング・シャークっぽいのいただろ」

「ああ、サメに憧れてサメになったサメ魔術師ね……海とかで戦ったら強かったのかもね」


 しみじみと騎士団活動の思い出を語る香苗とミドリを見て、北斗は頬をふくらませてぷーっと空気を吐く。


「なんか超つまんなそう……帰ろっかな」


 立ち上がりかけた北斗を、必死に引き止める沙羅。


「ま、待ってください! ほら、今回の事件は炎ですよ、炎! 派手だし危ないです!」

「その引き止め方はどうなのよ、沙羅……」


 暴走しつつある沙羅を少し面白がりつつ、冷静にツッコむ香苗。

 漫才めいてきた流れを引き締めようと、ミドリがコンコンと円卓を叩いて三人の注意を引く。


「おい、いいから本題に入るぞ。柿山と結城が今朝見つけたこの魔術師……確かに危険な相手なのは間違いない。発火能力としてはわりと珍しい定点発火タイプ。つまり手とか口から火を吹くんじゃなく、狙った一点から直接発火させられる。狙いは正確。おそらく敵意あり。私のランク付けだと危険度Bってとこ……すなわち、死の危険アリアリのアリ。この件、本当にうちで引き取るんだな?」


 覚悟を問うように、沙羅の目を見て言うミドリ。沙羅はその目を真っ直ぐ見返して、うなづいた。


「本部にも話を通して、正式にこれはうちの仕事になりました。わたしたちの力で、この魔術師を捕らえます」


 凛とした声で宣言する沙羅。その真面目さを茶化すように、香苗がくすっと笑う。


「……本部のおっさんには、『大変だったらすぐ増援出すから』とかって思いっきし子供扱いされたけどね。あいつら、うちのこと陰で女子高生騎士団とかゆってんだぜ」

「きめえ」と顔をしかめるミドリ。

「まあ、100%事実ですけど……」

 と、ぼそっと言う沙羅。


「あのー、もしもーし。先輩。そんで、ぼくは何すればいいの?」


 しばし放置されていた北斗が、手をぱたぱた振って言う。沙羅ははっとして、彼女に向き直る。


「えーっと、北斗ちゃんはちょっと待ってくださいね。とにかく、今は情報が足りません。術師の素性を知り、彼または彼女の魔術をもっと詳しく知らなくては。黒、香苗ちゃんは近隣住民への聞き込みを。時間があれば他の騎士団から熱力系魔術師たちの動向を聞いておいてもらえると助かります。赤、ミドリちゃんは街の監視カメラやネットの情報をチェックしてください。それと、耐熱性のある装備品の準備を」

「あいあい」「承知」


 早口に二人へ指示を出す沙羅。ミドリと香苗はうなづいて、それぞれ自分のモニタとスマホに集中する。


「そして北斗ちゃんは、今回は見学です」

「えーっ?」と口を尖らせる北斗。

「その代わり、二人が調査を進める間にわたしが北斗ちゃんに稽古をつけます。身体能力だけでは騎士としての戦いはできませんから」


 沙羅の言葉を聞いて、終始つまらなそうにしていた北斗の眉がぴくんと跳ねた。


「お稽古? ぼくとさらっち先輩で戦うの?」

「稽古ですから、戦いじゃありませんよ。模擬戦ぐらいのことはするかもしれませんけど……」

「ふーん、それはちょっと面白そうかも。勝っちゃったらごめんね」


 あっけらかんと言う北斗。沙羅はその程度で気分を害しはしなかったが、北斗のモチベーションを上げるのに使えるかもしれないと気付いて、あえて言い返してみることにした。


「たとえ模擬戦をやっても、北斗ちゃんはわたしに勝てないと思いますよ。これでも一応、プロですし。未経験とはいえ勘がいい北斗ちゃんのことだから、戦わなくても力量の差はわかるかと思ったんですけど……」


 事前の下調べで、北斗が負けず嫌いな性格なのは把握している。そこを刺激してやれば、この仕事にも興味を持ってくれるだろうという読みだ。しかし、誰かを挑発するようなことに慣れていない沙羅は内心ドキドキしていた。


「へー、煽るじゃん先輩。たしかにぼく、素人だし格闘技とかチャンバラとかわかんないけど。勝負事で負けることってあんまりないよ」

「では稽古場で試してみましょう。ほら、こっちですよ」

「はいはい、だいたいわかるってばー」


 北斗が食いついたことにホッとしつつ、彼女の背中を押して廊下へと歩き出す沙羅。その様子を、横目で見ていた香苗が可笑しそうににやっと笑う。


(ごくろーさん)


 声には出さず、口だけ動かしてそう伝える香苗。沙羅は微笑を返して、そそくさと作戦会議室を後にした。

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