第3話:四騎士、ゲーセンに集う
……その日の放課後。
沙羅と香苗は、学校近くの商店街からやや離れたゲームセンターにいた。
「……お店の中、誰もいませんね」
「仕事の時は人避けしてるって言ってたけど、絶対それだけじゃねーよね。たぶんゲームの趣味悪いんだよ、ミドリ。なんか古臭いのばっかだし」
「わたしは遊んだことないのでよくわかりませんけど……」
ピロピロと虚しく響く電子音を聞きながら、ちらちらと画面を見る沙羅。ゲームに詳しくない彼女から見ても、そこにあるゲーム機たちは古臭く感じられた。騒がしく音を立てながら、寄り集まってちかちか光るその姿は、どこか可愛らしくもある。
やがて、店の奥から音もなく、一人の少女が姿を現した。
「……おい。お前ら、今うちの悪口言ってただろ」
赤いジャージの上下に、もったりと長く伸びた黒髪。見た目にはあまり気を使わないたちのようで、顔にかかった黒ぶちのメガネも顔に比して大きすぎの感がある。
その根暗そうな少女はあからさまに不機嫌な顔をして、じろりと二人をにらんだ。香苗は受け流すようにへらへら笑って、肩をすくめる。
「あ、やっぱ聞いてた? もしかして盗聴器かなんかあんの?」
「お前は大声だからそんなもんいらねっつの」
メガネの少女はチッと舌打ちして、アーケードゲームの台にそっと手を触れる。
「うちに置いてる台はマニア向けなんだよ。底の浅い凡俗は最初から来なくていい。儲け目当てにやってるわけじゃなし、たまにレア台目当てに来る客がいれば十分なの!」
「わかったわかった、ごめんごめん。あたしゲームあんま知らないからさー。もう奥入っていい?」
心のこもらない香苗の謝罪にフンと鼻を鳴らし、メガネの少女——鹿島ミドリは腕を組む。
彼女は騎士団の情報収集や隠密活動を担当する、「赤の騎士」と呼ばれる肩書きを持つ騎士である。このゲームセンターは彼女の家でもあり、沙羅たち波濤騎士団の秘密の隠れ家でもあった。
「まだダメだ。これから北斗とかいう新人が来るんだろ」
「あ、はい……遅刻してるみたいですけど」
「あいつのこと、正直私は信用してないから。追い返すまで、中には入れない」
「えーっ、ミドリちゃんもですか?」
眉をハの字にして悲しい顔をする沙羅に、ミドリは口を斜めに歪めてクッと皮肉な笑いをこぼす。
「……『も』ってことは結城も同じか。焦って新人なんて入れる必要ないって、私はずっと言ってんだろ。素人の、しかもあんな頭軽そうなクソガキ入れても邪魔にしかならない。どうせなら他からもっとベテラン引っ張ってくりゃよかったんだ」
「うー……でも、他の騎士団はどこも人手不足で、余剰人員がないそうで……」
「ほら、結局は次善の策ってことだろ。命かかってんのに、団員のスカウトなんて大事な問題で妥協するなら、こんな弱小騎士団畳んじまった方がいいよ」
辛辣なことを言いながら、ミドリは沙羅から少し目を逸らす。厳しいことを言っているとわかっているから、内心彼女の傷つく顔を見るのが怖いのだ。だが、沙羅の反応は彼女の予想とは違っていた。
「……わたしは、『白』として常にベストな選択をします。間違うことも、あるとは思いますけど……少なくとも、今回はわたしたちのために最善を選んだと確信しています。せめて会ってみてくれませんか、ミドリちゃん」
「フン……ま、会うだけ会うよ。いつ来るのか知らんけど」
沙羅がリーダーとして強気な顔を見せると、ミドリはふっとため息をついて態度を和らげる。もともと、そこまで強情にするつもりもなかった。仲良しごっこにするのが嫌なだけ。
二人の様子を楽しげに見ていた香苗は、話題を再びその「新参」に戻す。
「それにしてもおっそいねー、初顔合わせで重役出勤かって。近くに来たらレーダーかなんかでわかる? そういう設備あるんでしょ」
「魔術師なら半径数キロ感知できるけど、ただの人間はスルーだ。店の中に入ってくればまだしも……?」
ミドリは怪訝な顔をして、急に言葉を切る。沙羅と香苗も、やや遅れて異変に気付く。
周囲から聞こえてくる音が、わずかに変わった。同じテンポでループし続ける電子音に混じる、異質なリズムの音。機械のデモプレイではない、明確に誰かの意思が介在した音。
「あっ、どーもセンパイ。このゲームつまんないね」
その少女——木戸北斗は両手で操作を継続しながら、ゲーム画面から顔を上げて沙羅たちを見て笑った。
金髪とはいかないまでも、茶色というには淡い色の髪。整った顔立ちに浮かぶのは、子供のような屈託のない笑顔。明らかに学校指定のものではないパーカーには、じゃらじゃらと缶バッジなどが付いている。
「こいつ……いつ入ってきたんだ。目立つナリして……」
「え? さっきだけど。気づかなかった?」
きょとんとする北斗に対し、ミドリが苛立たしげにこぼす。
「イヤミかよ……」
隠密行動を主とする「赤の騎士」は、自分の気配を消し、他者の気配を察する技術が必要不可欠なもの。ミドリもまた、若輩なりにそういう訓練を積んできた。にもかかわらず、この少女はたった今まで彼女にその存在に気づかせなかったのだ。
「あ、えっと……ほら、北斗ちゃん、自己紹介!」
「え? ちょっとゲーム終わるまで待って。百円もったいないから」
焦り気味の沙羅に促されるも、そのままゲームを続行する北斗。ミドリは彼女の目の前に右手を出して、パチンと指を鳴らした。本当は筐体の操作盤を平手で叩こうと思ったのだが、彼女に愛するゲームを叩くことなどできるはずもなかった。
「……おい、いいからこっちの話聞けや後輩」
「あ! 死んじゃった。『ミドリちゃん』が邪魔するからだよ」
「あぁン!?」
後輩に「ちゃん」付けで難癖をつけられ、ヤンキーめいた威嚇の声を発するミドリ。北斗はきょとんとして、まっすぐにミドリの目を見返す。二人は数秒間、お互いの目を合わせてにらみ合う……実際には、にらんでいたのはミドリだけだったが。
先に目を逸らしたのは、ミドリの方だった。少し悔しげにしつつ、舌打ちするミドリ。
「……くそっ、なんなんだよお前」
「なんなんだって、ぼくは木戸北斗だけど」
「……」
北斗の開き直った態度に、絶句するミドリ。その様子を見た沙羅はなぜか自慢げに笑う。
「ふっふっふ。ミドリちゃんも香苗ちゃんもこれでよくわかったでしょう。北斗ちゃんは普通じゃないんです!」
「サラっち先輩、その言い方はひどくない?」
ニコニコしながらも抗議する北斗。彼女に傷ついた様子はまるでないものの、気遣いこそリーダーの仕事と心得る沙羅は慌ててフォローする。
「あ……いえ、いい意味ですよ、いい意味で!」
「まぁ、普通じゃないのはわかる。タメ口だし、なんか失礼だし。一人称『ぼく』だし……」
「いえ、そういうことじゃなくて!」
茶化す香苗にぴしゃりとツッコミを入れ、沙羅は深く息を吸って姿勢を改める。
「たった今、自然と気配を消した勘のよさ。オリンピック級の総合的な身体力の高さ。恐れを知らない心の強さ。まさに騎士になるべき資質を備えた子なんです、北斗ちゃんは!」
自分が連れてきた手前、必死に北斗のアピールポイントを力説する沙羅。一方、褒められた本人である北斗はその言葉にかえって興ざめしたような態度で口を尖らせていた。
「『気配を消した』って……ぼく、ただ邪魔しちゃ悪いかなって静かに入ってきただけなんだけど。怖いもの知らずっていうか、普通にヤクザとか幽霊とか怖いし」
「あと、オリンピック級ってなんか褒め方雑だよね。なんの競技だよみたいな」
便乗して茶々を入れる香苗をにらみつけ、沙羅はため息をつく。
「もうっ、真面目な話なのに……」
「……それじゃ、本当に真面目な話しようか。木戸北斗、この仕事のことをどこまで知ってる?」
沙羅の言葉を引き継ぐように、ミドリがずいっと前に出て北斗と向き合う。もとより目つきの悪い彼女ではあったが、その目には今までとは違う、年齢にそぐわない乾いた凄みがあった。
だが北斗はまるで恐れる様子もなく、肩をすくめた。
「んー、それここで話していいの? どっか密室とかで話すと思ってたんだけど。サラっち先輩はめちゃくちゃ秘密って言ってたし」
北斗の返答を聞いて、ミドリは厳しい目つきを解いた。
「ふん……とりあえず、最低限の頭はあるわけだ」
「あ! 今のって引っ掛け問題? ぼくが口堅いかどうか試したの? やるじゃん!」
「クソ馬鹿が……」
嬉しそうに笑いながら、ミドリの肩を叩く北斗と鬱陶しそうに振り払うミドリ。
そんな二人を見ながら、香苗はひそひそ声で沙羅に話しかける。
「……沙羅。本音はタメ口ちょっとイラっとしてるでしょ」
「な……何言ってるんですか香苗ちゃん。わたしはそんな些細なこと気にしませんよ。天は人の上に人を作らずです」
「嘘つき。まぁ、そこまでして仲間に入れたいって気持ちはわかったよ」
香苗はそう言うと沙羅の隣を離れて、また睨み合っているミドリと北斗に近づいた。
「おーい、ミドリ。とりあえず彼女は仮入団ってことでさっさと奥入ろう。朝の件、早く調べなきゃ」
「はぁ!? 勝手に決めんな、結城!」
「いーじゃん。あたしと沙羅が賛成だから二対一だし、今は多数決でさ。最終判断はあんたも含めて全員一致のみってことで」
香苗の提案に、ミドリはまだ躊躇しつつも三人の顔を見比べる。我関せずと興味なさげな北斗。申し訳なさそうな顔の沙羅。そして、ニコニコ笑いながらも無言の圧をかけてくる香苗。香苗がこう言う顔をする時は、こちらが何を言おうと結局は逆らえないことをミドリは知っていた。
「……わかったよ。じゃ、一つだけ言っておくぞアホガキ。これからここで起こることは、何一つ口外するな。親にも兄弟にも。ネットに一言でも書けば、二度と太陽は拝めない」
「なにそれ超怖ーい」
そう言いつつも全く怖がっている様子のない北斗。ミドリは苛立ちつつも彼女をなるべく無視して、ゲームの台が並んだ店の奥にスタスタと歩いていく。
彼女が立ち止まったのは、硬派な雰囲気の店内で異彩を放つ、一台のプリントシール筐体の前だった。「調整中」の張り紙が貼られ、電源は入っていない。ミドリはひょこひょことついてきた三人を振り返り、北斗の目を見て言う。
「お前はたしかに恐れ知らずらしい。でも、それは必ずしも長所じゃない。本当に恐ろしいものを目にした時、震えることのできない奴はただの間抜けだ。本気で仕事に加わる気なら、恐れを知れ。命を脅かされる瞬間の、総毛立つ感覚を」
「……それ、プリ撮るコーナーで言うセリフ?」
北斗にツッコまれて、ミドリは背後をちらりと振り返る。ファンシーに飾られた筐体は、確かにシリアスな空気にはそぐわない。
「くそっ、お前と話すのはうんざりだ。もう、いいから入れ」
ミドリは苦みばしった顔でため息をつき、親指で筐体の撮影コーナーを示す。
「え、どゆこと? 電源入ってないよ?」
「いいから、いいからー」
困惑する北斗の背中を、香苗がぐいぐい押す。撮影コーナーのビニールカーテンの奥に四人全員が収まったのを確認して、ミドリはポケットの中から小さな銀色メダルを取り出す。百円玉と見間違えるようなその地味なメダルの縁には、小さく英字が刻まれている。沙羅が知る限り、そこには護法騎士団のスローガンとして「Thou shall defend Truth and Principle」と書かれているはずだ。
ミドリはそれを筐体のコイン投入口に入れようとして、ふと手を止めて一言忠告する。
「後ろの手すりにつかまっとけよ」
理由がわからずきょとんとする北斗。だが、すでに言われるまでもなく手すりをつかんでいた沙羅と香苗を見て、二人を真似た。それは先輩に従ったというより、危険を避ける動物的本能だった。
三人の様子を確認してから、ミドリはかりんっと音を立ててメダルを筐体の奥の暗闇へと放り込む。
一瞬、パシャっとフラッシュを炊く音がして――四人の少女は、その場から消え失せた。