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第1話:あなたの影に

「だから、ね……いっしょにいようよ、あたしたち」


 暗闇に、二人の少女がいた。

 一人はうずくまり、もう一人は立っていて。片方は手を差し伸べ、もう片方はその手をじっと見つめている。きっとまだお互いをよく知らないのだろう。うずくまる少女はまだ、その手を取ってよいものか迷っている。


(……この子もわたしをおいていくかもしれない。わたしをだますかもしれない。わたしを……ころすかもしれない)


 けれど他に頼れる大人もいない。他にすがれる手もなくて。一人でここから歩き出すには、弱すぎて。どうしようもなく、ただその手を見つめている。


「あたしが、あなたの影になるから。あなたが、あたしの光になってよ」


 大人びた言葉の中に、うずくまる少女は隠れたかすかな恐怖を感じとる。自分と同じ、心細さ。暗闇に怯える心。


(この子にも、わたしの手が必要なんだ)


 そう気付いた瞬間に。彼女はすっと手を伸ばしていた。差し伸べられた手をぎゅっと握って。引かれるままに立ち上がって。それから、倒れ込むように抱き合って。


「二人ならもう、大丈夫だよ」


 そんな風につぶやいたのがどちらの少女だったのか。二人自身にもわからなかった。


****

***

**


「……ん。久しぶりに、あの夢かぁ……」


 むくりと布団から半身を起こして。沙羅(さら)はそうつぶやいた。

 遠い昔の記憶。決して忘れはしないけれど、ずっと抱えてもいられないから、首を横に振って振り払う。


(なんだろ……香苗(かなえ)ちゃんに会いたいのかな。最近お互い忙しいし……)


 てきぱきと布団をたたみ、身支度をしながら考える。

 香苗は、沙羅の幼なじみだ。いや、そんな言葉ではなかなか表せない。命の恩人であり、家族のようなものでもあり、同僚でもあり、同じ高校の生徒でもある。


(お仕事、渉外とかお金のこととか任せっきりだもんね。香苗ちゃんは苦じゃないっていうけど、学校の勉強とかちゃんとしてるか心配だな……)


 朝用のジャージに着替えて、歯を磨いて。シリアル中心の軽い朝食をぱくつきながら、ぐるぐると考える。

 何年も前、沙羅と香苗は同時期に親を亡くした。二人の親はある特殊な仕事をしていて……二人は幼い身で、その仕事を引き継がなければならなかった。


(支え合おうって決めたんだから、わたしが寄りかかってちゃダメなんだよね。香苗ちゃん、いつも無理するし。それにいちおう、わたしが団長なんだし……)


 短い食休みの後、別室で朝のトレーニングを始める。

 腹筋、腕立て、スクワット。それから短めの木刀を握って、素振りと型の確認。特製のランニングマシンでちょっと走る。水分補給して、もう1セット。

 夏服だと腕の太さが目立つのであまり筋肉はつけたくないのだが、仕事のために最低限は保たなければならない。


(インナーの性能がもっとよくなって、自分の筋肉なんていらないようになればいいのに……まぁ街の平和と世界の安定を思えば、見映えなんて気にしてちゃいけないんだけど)


 リビングに戻って、汗だくのまま床に倒れ込む。

 まだ、朝6時。


(いつも時間が余るのに、どうしてこんな早く起きちゃうんだろう。もう少し寝てればよかった。香苗ちゃんに電話してみようかな。起きてるだろうけど、そんなに暇じゃないかな……)


 寝そべったまま、ソファの上に置いたスマートフォンに手を伸ばしかけて、止める。手を引っ込めかけた時、タイミングよく着信音が鳴った。

 指先でぴっとスマホを弾いて、空中に飛ばす。見事な弧を描いて、スマートフォンは沙羅の胸の上に落ちた。狙い通り、鈍ってはいない。表示された名前は、『結城香苗』。名前だけで思わず顔がほころぶ。


「おはようございます、香苗ちゃん」

『おはよ、やっぱ起きてたかー。筋トレ中?』

「今終わったとこです。香苗ちゃんも?」

『あたしはちょっとやってからサボってネット見てた。中古の機甲冑がオークション出ててさ。でも、値段見たらやっぱうちじゃ買えないなーって』

「気苦労おかけします。機甲冑はまぁ、しばらくは今の一騎でいいんじゃないですか。資格持ってるのわたしだけですし、あれが必要な大物の話は特になさそうですし」

『そうだねー。でもせっかくメンバー揃ったんだし、いつかは四騎並べてででーんってしてみたいよね。あんた好きでしょ、そういうの』

「う……まぁ、憧れですけど。今は現実を見て、足元を固めていきましょう。みんなの基本装備と、医療器具も整えて……」


 いつのまにか仕事の話ばかりしていることに気づいて、沙羅はふっと言葉を切る。自分も香苗も、そんな話のために電話したかったわけではないはずだ。


『ね! 今日いっしょに学校行かない?』


 香苗もそれに気づいたのか沙羅の話を聞かなかったように流して、からっと明るい声で切り出す。


「いいですね。あ、走ります?」

『やだよもー、体育会系みたいなこと言って。もっと遊んで過ごそーよ。女子高生だよ、あたしら』

「でも朝から遊ぶ場所なんて開いてないですよ、香苗ちゃん」

『まぁねー。じゃあ、散歩するだけでいいんじゃない。二人で、ね?』


 沙羅は不意に、胸がこそばゆいような気持ちになる。香苗と二人。彼女がそばにいると、不思議に安心できる。どこにいても、どんなときでも。

 ずっと昔、彼女は自分の影になってくれると言った。その言葉通り、必要なときには必ずそばにいて、沙羅の望みを叶えてくれる。まるでおとぎ話の騎士みたいに……本当はそうではないのに。


「わかりました。じゃあ、いつもの場所で。シャワーしていくので、二十分後でどうです?」

『おっけー。じゃあそろそろ布団から起きる』

「……まだ布団の中だったんですか、香苗ちゃん」

『あはは。iPadめっちゃ便利なんだよー寝ながらネットできて。沙羅も買いなよー。経費で落とすよ』

「結構ですよ、わたしはパソコンとか苦手だし。ちゃんと時間通り来てくださいね」

『わかってるってば。じゃねー』


 通話が切れて、沙羅はふーっと長く息を吐く。


(耳があったかい……香苗ちゃんの声のおかげかな。なんちゃって)


 なんとなく一人で照れ笑いをしてから、沙羅は軽業師のように跳ね起きて、バスルームへと駆けていった。

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