第四話 魂武器(アルマ)
パルシェが謎の男に襲われているのに、自分は何も出来ない、そんな状況が目の前で繰り広げられていて、
黙っている事が出来ようか。
気づけばアテナは驚きと呪縛から解き放たれ、自身の魂武器を足に纏い、音も立てずにその場から消えた。
かの幼馴染を助けなければ。急に目覚めた私の力も、突拍子もないアイディアも受け入れてくれた彼を。
果たして純粋に恩を返したいだけなのか、他の何かが相乗りしていたのかは分からない。
この際、どうだっていい。
いずれにしても大きな感情がアテナの中に渦巻き、目的の達成を後押しした。
アテナの発動は無意識の下、精緻静寂に行われた。
今、あいつは確実にパルシェに注意を向けている。だから、私でも隙をつけるはず。
そう確信を持った。
高速かつ無音で男の後ろ斜め上空に移動し、魂武器の尖った爪先部分を男の首筋に向かって勢いよく蹴り下ろす。
アテナの魂武器はその勢いに呼応するかのように爪先がさらに伸長し、鋭い槍のような形になって標的に向かっていった。
(こちらに気づいていない、これならッ!)
先端の到達とともにゾブリという肉を貫くような感触があり、アテナは男の負傷を確認した・・・はずであった。
しかしその思惑は打ち砕かれ、男は依然としてそこに立っている。パルシェに向けた攻撃動作も一瞬も止まってはいない。
予想外の出来事が起こり、アテナは驚愕に目を見開く。
(まさか、確かに刺さった感触がしたはず!いったいどうやって!?)
もう一度足元を見やると、男の首筋には確かにアテナの鋭い爪先が伸びていたが、
先端はその青白い肌には刺さっておらず、小指ほどの空間を残して止まっている。
まるで見えない何かに取り込まれてしまったかのように、アテナは伸びた爪先ごと空中に固定されてしまっていた。
「・・・人を後ろから襲うなんて奴は無差別殺人狂か陰険な田舎者って相場が決まっているなァ。 君は一体どちらかな?」
パルシェへの攻撃を止め、男が振り返る。
その口元には邪悪な意志を顕著にたたえ、目には侮蔑と無理解の色が浮かんでいたが、やがて諦めたように首を振る。
「…ま、どっちでもいいか。許してあげるよ。ボクは器が大きいんだ、いろんな意味でね。十分遊んだし、そろそろお片付けの時間だ。あいつを殺して早く帰りたいから、君にはちょっと黙っててもらおうかな」
男はそう言ってヒラヒラと手を振る。
「!?ッぐあっ…!」
自分の周りの空気が歪んだような感覚が一瞬在ったかと思うと、直後にアテナの体は周囲四方からすさまじい圧力で締め付けられ始めた。
男がにやにやしながら右手を軽く握ると更に締め付けは増した。体中の骨は軋み、体中の筋肉と骨との接着が限界へに近づく感覚がある。
言うならば巨人の掌中、ちっぽけな獲物がもがきながら終焉へのカウントダウンを待っているに等しい。
そんな状況に黙っているはずもなく、
アテナを救うべく、パルシェは手にした剣を握りしめ、自分から目を離した男の背後に切りかかった。
「このおおおおッ!」
しかし男はアテナに顔を向けたまま振り向きもせず、
「・・・品がないねぇ、君」
と冷ややかな声をパルシェに向け、掌を少しだけ早く揺らす。
次の瞬間、パルシェまでもが切りかかった状態のまま、空中に固定されてしまっていた。
(…!! こいつ、こっちを向いてもいないのにどうやって!?)
「ひどく狼狽してるじゃないか。その表情だけで見世物小屋が立つよ」
男は依然として振り向かずなおも続ける。
「二度と会うこともないだろうから冥土の土産に教えてやろう。僕の名前はエルココ。そしてこちらは『風呼び』と言ってね。強くて美しい僕の魂武器さ」
そういって右手を見せつけるように持ち上げ人差し指を曲げると、パルシェの体も更に持ち上がる。
「自分がなんでこうなったか分からないみたいな顔してるけど、理解しようとするだけ無駄だよ。
…だって君は、僕らとは違うんだから。」
「…!」
男の声は氷の冷やかさを帯び、パルシェの身体も締め付けられ始める。
アテナの時よりも素早く、そして容赦なく行われたそれはまさしく処刑というに相応しく、パルシェの意識は急速に遠のいていった。
(くそっ・・・俺は何も守れないまま・・・・アテナ・・・・父さん・・・母さん・・・)
パルシェは体の内側から徐々に大きくなる自身への弔鐘を聞き続け、そして事切れた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
アテナの悲鳴が、辺りに響き渡った。
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見渡す限り真っ白だった。
何って、目の前がさ。
いや、それは適当じゃないか。何しろ今の僕は瞬きしない、瞼も無い。あ、目もない。
というか、体がない!
でも自分がここにいる事はわかる。
とても奇妙な感覚だった。
何故ここに自分の意識があるのか、いつまでここにいるのか、それもさっぱりわからない。
気持ちいいのか悪いのか、それもおぼつかない。
やっぱりどこまでも奇妙だ。
…いつの間にか、”目の前”に人間の体が現れていた。
「あれは…僕?」
髪型、身長、体のパーツの位置。鏡に映った世界かのようにかつての自分とそっくりな体がそこにある。
違うのは髪色だけ。元々黒髪のパルシェに対し、その存在は美しい銀白色の髪をしていた。
そいつは、どこかを見ている。体の目線の先に、僕も目を見やる。
あ、この場合は意識か。
そこには、大きな光の玉が浮いていた。
白色に輝いてるようにも見えるし、虹色にも見える。脈打っているような気もするし、完全に静止しているような気もする。
なんだか意識を向けているとうすら寒い気がしてきた。鳥肌も総毛立ちそうな。いや肌もないんだけれども。
体は、光の玉に向かって何かを話しかけている。
「───わり───くが─────る」
くそっ、良く聞こえない。もっと耳を傾けたいけど耳は無い。近くに行こうにも足も無い。いい加減じれったいぞ。
体が話し終わると、まるで意思を持っているかのように光の玉の輝き方が変わったような気がした。
玉はその輝きを一度内側にしまいこんだかと思うと、爆発するかのように光量を再び増加させ、その存在感は一気に膨らんで──