少女の笑顔と死神の涙
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少女の笑顔と死神の涙
作:狩屋ユツキ
【死神】
名前はユト。
見た目年齢は二十五歳くらい。
朴念仁で仕事熱心。
【少女】
蜜槻彩音。
十六歳。
明るく朗らかな少女。
60分程度
男:女
1:1
ユト♂:
彩音♀:
------------------
彩音「貴方、死神ですね?」
ユトN「彼女は満面の笑みで、そう言った」
間
ユト「蜜槻彩音、十六歳……。これが今回の対象者か」
ユトN「俺は、対象者の魂を刈り取り、天国へと導く役目を負っている。人間たちは死神と俺たちを呼ぶが、呼び方などどうでもいい。俺は俺の仕事をするだけだし、それが人の幸せに繋がっていると信じている」
ユト「ここが蜜槻彩音のいる場所……病院か」
ユトN「だから今回も、いつものように観察期間をおいて魂を刈り取るだけ、そう思っていた」
間
彩音「暇ー……」
彩音N「病室で私は誰に聞かれることもない愚痴をこぼす。見舞いの客もとうの昔に飽きて来なくなった病室には、両親がたまに顔を出す以外、看護師さんたちが定期的に様子を見に来るだけだ」
彩音「ひーまー……」
彩音N「ベッドの上で今まで読んでいた本を閉じて天井を見上げる。そんなときだった。窓のところに視線を感じたのは」
彩音「えっ……?」
彩音N「此処は三階だ。人の視線なんか感じるはずもないのに、窓の外には人が居た」
ユト「……ん?」
彩音「…………」
ユト「…………」
彩音「……………えーっと」
ユト「……もしかして、見えている……のか?」
彩音「貴方、死神ですね?」
ユト「っ?!」
彩音「やっぱり!死神さん、そんなところにいないでこっちに来てください!お話相手が欲しかったところなのです!!」
ユトN「彼女は満面の笑みでそう言った。おかしい。確かに人間には俺たちの姿を見る者もいる。だが、こんな風に歓迎されたのは初めてだ」
彩音N「彼は戸惑っているようだった。おずおずと言った風に壁を突き抜け、室内に入ってくる。黒いマントに黒いフードを目深に被り、死神の鎌こそ持っていないものの、彼は正しく死神と言える容姿をしていた」
ユト「話し相手と言ったが……お前は一人なのか?」
彩音「一人ですよ?お見舞いのお客さんはとっくの昔に飽きちゃって来なくなったし、両親は今日お仕事だし。看護師さんはさっき検温に来たから暫く来ないし。ねえ死神さん、私死ぬんですか?」
ユト「そんなキラキラした目で死を聞かれたのは初めてだ……。ああ、お前は死ぬ。観察期間は半年。その間に心残りを……」
彩音「半年も先なんですか?!あーあ、今日死ねるかと思ったのに」
ユト「心残りはないのか?」
彩音「ないっていうか…………あるにはあるんですけど。でも、無いと言えば無いというか……」
ユト「はっきりしないな」
彩音「人間そんなに簡単に割り切れるものじゃないんです……って、貴方は死神なんですもんね、価値観違うか」
ユト「いや、今まで見てきた人間たちは、大体半年の余命を告げると、嘆くか急いで何か整理を始めるか……とにかく何かしら同じような反応があったものだから……」
彩音「新鮮だった?」
ユト「……そうだな、新鮮、だった」
彩音「あはっ。死神さんを驚かせちゃった。ねえ死神さん、半年も猶予があるなら、私に付き合ってくれませんか?」
ユト「付き合う?」
彩音「そう、付き合う。お話相手でもいいし、遊び相手ならなお良いです。私、外出は許可さえ貰えれば自由だから。あ、でも、死神さんって死ぬ人間にしか見えないんですか?そういうものだって聞いたことがあるけど」
ユト「死にゆく者全てが見えるわけでもない。見える者がいるというだけだ。この姿が見えない者にはきちんと人間のふりをして、死期を伝えるようにしている」
彩音「ということは、誰にでも見える姿になれるってことですよね?」
ユト「人間のふりをすることができるということだ。やってみせるか?」
彩音「是非!」
ユト「……こんな感じだ」
彩音N「そう言ったかと思うと、ベッドの横に立っていたのは、さっきまでの黒ずくめではなく、ラフな格好のお兄さんだった。黒いパーカーに白いシャツ、黒いジーンズ。少し襟足と前髪長めの黒髪に、その隙間から覗く真っ黒な光のない目。射抜くように私を見ているそれは、整いすぎていて無表情で、少し怖かったのを覚えている」
ユト「……なんだ、もの言いたげだな」
彩音「う、ううん。なんでもない……っていうか、死神さん、思った以上にカッコよかったから!!顔凄く綺麗ですね!美人さん!!」
ユト「美人……というのは人間の女性に使う形容詞だったと記憶しているが」
彩音「男にも使いますよー?綺麗な人はみんな美人さん。いいなあ、私もそんな風に生まれたかった」
ユト「蜜槻彩音。お前も人間の中では整った容姿の方だと思う。……まあ、俺に人間の美醜はそんなに関係がないから、よくわからないのが本音だが」
彩音「あはは、死神さんでもお世辞は言えるんですね。ありがとう。まあ、お母さんモデルだし。お父さんは普通だけど、それなりに遺伝子は良いんじゃないかなって」
ユト「遺伝子……」
彩音「それより、せっかく半年も時間があるなら遊びに行きましょう!死神さん、行きたい所ありますか?」
ユト「いや、……というか、お前が行きたいところがあるならそこが良いんじゃないか」
彩音「うーん、私の本当に行きたいところはちょっと……。じゃあとりあえず私の食べたいものを食べに行きましょうか」
ユト「食べたいもの?」
彩音「その前に死神さんに名前をつけないと。死神さんって名字は流石に無理がありますもんね。死神さんにも名前ってあるんですか?」
ユト「個体名としてユトと呼ばれている。俺たちの仕事は別に一人で行うものではないからな」
彩音「ユト!かっこいい名前ですね。じゃあユトさん、クレープを食べに行きましょう」
ユト「クレープ……?」
彩音「そう、クレープ!!一人で食べに行くのも悲しいじゃないですかー。だからユトさんが付き合ってくれたらって、……駄目です?」
ユト「いや、構わない。それがお前の心残りであるなら……蜜槻彩音」
彩音「彩音」
ユト「ん?」
彩音「ユトさんは私のこと彩音って呼んでください?ユトさん、私よりずっと年上みたいだし、呼び捨てでいいから!」
ユト「あ、ああ……わかった。彩音。……これでいいか?」
彩音「ばっちりです!!じゃあ私、外出許可取ってくるので、ちょっと待っててくださいね!!」
ユト「ああ……」
間
ユト「……彩音、この人だかりは一体……」
彩音「んー?このお店は最近出来て雑誌にも載ってたから、人気のお店なのです!!車で売ってるクレープって憧れありますよね!!」
ユト「いや、その憧れはよくわからないが……」
彩音「あ、私たちの番が来ましたよ!すみませーん!えーとぉ、チョコキャラメルバナナホイップ多めフレーク大盛りストロベリー追加とー、……ユトさん、何にします?何でも良いですよ?私奢りますから!」
ユト「あ、彩音、すまない、その呪文は一体……あとオレは甘いものはあまりその……辛いものなら平気なのだが」
彩音「呪文?普通の注文の仕方だったんだけど……じゃあツナサラダツナ多めマヨネーズ控えめでマスタード追加でお願いします!」
ユト「じゅ、呪文だ……」
間
彩音「ユトさんユトさん、あそこのベンチが空いてますよ!!あそこに座りましょう!!」
ユト「あ、ああ……」
彩音「はい、ユトさんの分!こっちは私の分ですけど、ボリュームありますねー!!」
ユト「バナナにイチゴも入ってホイップ多めにしていればそうなると思うが……俺のも結構なボリュームだぞ。食べ切れるのか?彩音」
彩音「余裕ですよぅ!!はむっ!」
ユト「……」
彩音「んー!!!美味しいー!!!バナナの甘みにストロベリーの酸味が加わって、そこにホイップの滑らかさが合わさって凄く美味しい!!ホイップ思ったより甘くなくて、キャラメルが香ばしいから、これ、ユトさんでも食べられるかも」
ユト「はむ。……ふむ、思ったより軽いな。ツナは多いがこの黄色のつぶつぶが爽やかで食欲をそそる。彩音の見立ては凄いな」
彩音「ふふ、それ、雑誌で男性にオススメされていた組み合わせなんですよー。お気に召してよかったです!!」
ユト「そうだったのか。しかしよくあんな呪文を覚えていられたな……」
彩音「呪文じゃないです、注文です。私のも女性にオススメって書いてたのを丸暗記しただけですし……恥ずかしながら、クレープを誰かと食べるのは初めてなんです。だから、ユトさんが一緒に来てくれて嬉しいです!」
ユト「……彩音は友達とこういうことはしないのか?」
彩音「友達は居ますけど……いや、友達っていうのかな。クラスメイトはいますけど、って言ったほうが正しいかもしれません」
ユト「……?」
彩音「友達って言うほど仲のいい状態になることは出来なくて。あ、皆がいじめてくるとかそういうんじゃないですよ?私が学校に通えたのは小学校の中学年までで……そこからは殆ど病院で生活することになっちゃったから学校、殆ど行けてないんです。中学校も入学式と卒業式しか出てません」
ユト「……そうだったのか。悪いことを聞いた」
彩音「いえいえ、普通の疑問だと思いますよ?あ、ここバナナとストロベリーとクリームとキャラメルが一緒になってる!はい、ユトさん、あーん」
ユト「あ、あーん?」
彩音「あーん、です。口を開けてってことですよ!ここ、一番美味しいところだからユトさんにあげます!!」
ユト「いや、一番美味いところなら彩音が食べるべきだろう。俺は甘いものが苦手だしそれに」
彩音「だからこそです!!これを機に甘いものも好きになっちゃいましょう!はい、あーん」
ユト「…………あーん」
彩音「……どうですか?」
ユト「……思ったよりは甘くない。……美味い……と思う」
彩音「本当ですか!!」
ユト「じゃあ彩音も、あーん、だ」
彩音「ほへ?」
ユト「俺だけが一口貰うのは不公平だろう。このクレープは美味い。彩音も味わってみると良い」
彩音「あ、えっと、それはちょっと」
ユト「……どうした」
彩音「あー……うー……、……うん、わかりました!!一口いただきます!!あーん!!」
ユト「あーん」
彩音「むぐ。…………う、ちょっとマスタードが辛いですけど、酸味が効いてて美味しいです……」
ユト「涙目になってるぞ。不味いなら無理して食べなくても」
彩音「美味しいです!!」
ユト「そ、そうか……」
彩音「(飲み込む)はむっ。もぐもぐもぐ……はー……甘いものって幸せー……」
ユト「やっぱり不味かったんじゃないか」
彩音「美味しかったですけど、……ちょっと大人の味というか。私にはこの甘いクレープのほうが合ってるみたいです」
ユト「そうか。無理に食べさせて悪かったな」
彩音「いえいえ、お心遣い感謝感謝ですよぅ。あ、そうだ、クレープ食べ終わったら、病院に帰らなきゃならないんです。ユトさんはどうしますか?」
ユト「俺も一度天界に帰る。お前の今日の報告をしなければならないからな」
彩音「報告って?」
ユト「神にお前の様子を報告する。思ったよりも元気で死にそうにないとな」
彩音「なんか酷い!!」
ユト「事実をありのままに伝えるつもりだが」
彩音「もっと酷い!!」
ユト「何が酷いんだ。お前は半年後に死ぬ筈なのに、しかも病院暮らしの筈なのに、こうして外に出て笑っている。不可解なんだ。お前は半年後の死を嘆いた。半年後に死ぬことではなく、半年後にしか死ねないことに。その真意を神に問わねばならん」
彩音「ユトさん」
ユト「なんだ」
彩音「そういうことは、本人から聞き出すものなんですよ」
ユト「……?」
彩音「神様はきっと何でも知ってるし、何でも聞いたら答えてくれるのかもしれません。でも、それ、私、神様に聞いて欲しくないです。できれば、ユトさんと仲良くなって、ユトさんになら話しても良いって思えるようになったら、私から話したいです」
ユト「彩音」
彩音「だから、報告は、思ったより元気だった、ってことだけにしておいてください」
ユト「……わかった」
彩音「(少し笑って)思ったよりあっさりお願い聞いてくれるんですね」
ユト「死にゆく者の願いは極力聞き遂げることにしている。彩音も例外ではない。だから彩音の願いは何でも叶えてやろう。俺の出来る範囲だが」
彩音「……っ、はいっ!!!ありがとうございます!!」
ユト「取り急ぎの願いは叶えたわけだが……他に何かあるか?今の季節は夏、お前の命は来年の春を待たずに終わる。それまでに叶えたい願いは……」
彩音「そうですね……じゃあ、今度の日曜日、またデートに付き合ってください!」
ユト「デート?」
彩音「人混みの中を歩きますから覚悟しておいてくださいねー!!」
ユト「こ、これ以上の人混みの中をか……?」
彩音「あれ?ユトさん人混み苦手ですかー?」
ユト「……得意、ではない。肩がぶつかるし、目が回る」
彩音「じゃあ、思いっきり目を回してもらいましょう!!」
ユト「なっ……!!」
彩音「ふふ、楽しみにしてますね!!」
間
彩音「ひゃっほー!!!!!!」
ユト「うわああああああああああああああ!!!!!」
彩音「ふー……楽しかったですね!ジェットコースター!!」
ユト「め、目が回るとはこういう意味だったのか……」
彩音「うふふふふ、もっと目が回るものがありますから次行きますよー!!」
ユト「こ、これ以上があるというのか……!!」
彩音「その名も、高速コーヒーカップ!!」
ユト「……彩音、指差しているものはそんなに激しく動くものに見えないのだが」
彩音「乗ってみればわかりますって!!ほらほら、早く!!」
ユト「彩音、手を引っ張らなくても付いていく!!だが少し休ませてくれないか……!!」
彩音「休む間がもったいないです!私半年の命なんですから!!」
ユト「半年もあるって言ったのはどこのどいつだ……!!」
間
彩音「ユトさーん、大丈夫ですかー?」
ユト「俺はもう駄目だ……神よ、俺の命をお返しいたします……」
彩音「うわー、死にかけの人の台詞ー……。ちょっと引っ掻き回しすぎたかなー?」
ユト「……高速コーヒーカップの意味がわかった。ウォータースライダーは涼しかったが激しかった……。彩音はああいうのが好みなのか……?」
彩音「いえ、乗ったのは今日が初めてです」
ユト「え」
彩音「テレビのドラマで見て楽しそうだなあって思って。だからユトさんと乗れて楽しかったです!!」
ユト「……そうか」
彩音「あとまだ乗ってないのがあるんですけど、いいですか?」
ユト「……激しくないのをお願いしたい」
彩音「激しくないです、大丈夫です。もうすぐ閉園時間なのであれに乗りたいんです」
ユト「あれ?」
彩音「観覧車。空の感じを見てみたくて。ほら、死んだら私空に上るわけでしょう?それなら予行演習をしておこうかと思いまして」
ユト「死んでも空には上らないぞ。俺がお前の魂を刈って、天国に送り届ける。そこでお前の魂は次の転生を待つんだ」
彩音「ほへー……。そういうものなんですね……って、詳しいお話が気になるところですが閉園時間が迫っています!!観覧車乗れなくなっちゃう!!」
ユト「……乗ったら揺らしたりしないだろうな」
彩音「しませんよぅ!!!!」
間
彩音「さっきのお話ですが」
ユト「ん?」
彩音「天国って、どんなところなんですか?」
ユト「……魂が転生を待つための空間だ。それ以外に何もない。ただ安らかに眠りにつく場所……そんなところだ」
彩音「ふうん……なんか、思い描いてた天国よりずっと淡白なところなんですね。もっとこう、華やかで、キラキラで、楽しいところだと思っていました」
ユト「死後に楽しいも辛いもない。……いや、地獄に行く者は辛いかもしれないが。あそこは安らかな眠りを与えるのではなく、生前の罪を繰り返し見せられ、自分の身に降り掛かったように見せかけるように出来ているからな」
彩音「地獄は割と思い描いてたところに近いんですね。血の海とか、針の山とかあるんですか?」
ユト「いや、無い。ただひたすらに己の罪と向き合い、贖罪したと神が断じるまでそこにいる羽目になるだけだ。俺には辛さはわからないが」
彩音「ずっと罪と向き合うのは……辛そうですね」
ユト「そういうものか」
彩音「自分の悪いところをずっと見させられるのも、それを認めるのも辛いと思います。私だったら耐えられないかも」
ユト「安心していい。お前が行く先は天国だ」
彩音「あは、そうでしたね。安心しました」
ユト「ん、……観覧車が一番上に来たな」
彩音「うわあ、夕陽が綺麗……!!ユトさん、夕陽、めちゃくちゃ綺麗ですね!!」
ユト「夕陽なんていつ見ても一緒だろう」
彩音「そんな情緒のないこと言わないでくださいよぅ。高いところから見る夕陽は格別なんですから!!ほら、太陽があんなに大きく見える……!!」
ユト「そういうものか」
彩音「……そっか、ユトさんは飛べるんですよね。最初に会ったときも三階の窓辺でしたし」
ユト「ああ」
彩音「背中に羽はなかったですけれど、どんな風に飛んでるんですか?」
ユト「どんな風に……と言われると困るな。ただ浮いている、と言ったほうが正しい気がする」
彩音「浮いている……ですか。なんかシュールですね」
ユト「シュール……だろうか」
彩音「シュールですよ。ぷかっと空に浮かんでるわけですから。そうやって人を見守っているんですか?」
ユト「ああ」
彩音「じゃあ、ユトさんは死神じゃなくて天使なのかもしれませんね」
ユト「そう呼ぶ者もいるな」
彩音「ふふ。……あ、もう終わっちゃいますね。降りて、帰らないと」
ユト「ああ、そうだな」
彩音「よっ、と……きゃ!」
ユト「彩音?」
彩音「……あ、はは、腰が……抜けちゃったみたいです」
ユト「腰?」
彩音「…………すみません、ユトさん。少しの間おぶってくれませんか」
ユト「構わないが……歩けないということか?」
彩音「はい、情けないことに。多分、楽しすぎて足に来ちゃったんだと思います。えへへ」
ユト「はしゃぎすぎるからだ。……よっと。これでいいか?」
彩音「あ、……はい。ありがとうございます……」
ユト「どうした」
彩音「……いえ、なんでも。さあ、帰りましょう。電車に乗る頃には、治ってると思いますから」
間
ユトN「それからも彩音は俺を色んな所へ連れて行った。アイスクリームの有名店、タピオカの専門店、スターバックス、水族館、動物園、プラネタリウム、その他……主に食べ物が多かった気がするが、まるで俺を連れ出すための口実のように、そしてテレビや雑誌で見たものを全部経験しようとしているかのように、一気にすべてを駆け抜けていった。だが、ひと月を過ぎた頃、彩音はいきなりある日、面会謝絶になった」
間
ユト「彩音」
彩音「ユトさん。……その姿ってことは、今は誰にも見えない姿なんですね」
ユト「そうだ。面会謝絶だと聞いた。まだ死ぬには早いというのに、どうした」
彩音「……ユトさんには、そろそろ話さなきゃって思ってました」
ユト「お前の病気のことか」
彩音「気づいていましたか。内容は?」
ユト「そこまでは」
彩音「そうですか。……私の病気、段々と体の筋肉が衰えていく病気なんです。最初は足に、手に、全身に、段々と力が入らなくなっていく……。もちろん、内臓も筋肉で出来ていますから、いつかは心臓も弱って止まります。それがきっと、半年後なんでしょうね」
ユト「……なるほど」
彩音「……半年もあるならもう少し保つと思ったんですが、足がもう動かなくて。病院の庭に出るにも、車椅子を押してもらわなきゃいけなくなっちゃって」
ユト「……そうか」
彩音「だから、ユトさんを振り回すのはもう無理になっちゃいました」
ユト「……」
彩音「……不思議ですね。死にたいって思うくらい暇だったのに、ユトさんが来てからは死にたくないって思いました。でも、やっぱりこうなってみると早く死にたいです。ユトさんに、こんなみっともない姿見られたくなかったなあって思います」
ユト「どうせ死に目に会うんだ。みっともないも何もないだろう」
彩音「そうですね。ふふ、何言ってるんでしょう、私。……ねえユトさん。死ぬのを早めることって出来ないんですか?」
ユト「それは無理だ。神の定めた時間の変更はできない」
彩音「そうですか」
ユト「……彩音は、何故そんなに死を望む。暇だから、だけではないだろう」
彩音「……」
ユト「答えたくないか」
彩音「いえ、……考えてました。私はどうしてそんなに死が欲しいのかなって。多分、迷惑、かけたくないんです。親にも、病院の皆さんにも。……もう、トイレも自分で行けないんですよ?それなのにたくさんのお金と時間を使って、私は生かされている……そう、生かしてもらってるんです。いつ止まるかわからない心臓を抱えて、生を貰って生きているんです」
ユト「人間はそうして生きている。誰しも一人では生きていけない。誰かに頼り、誰かに支えられ、誰かに迷惑をかけて生きている。彩音だけがそうだというわけではない」
彩音「それでも、その迷惑の量が半端ないんです。……私は、私だけでなんとか出来るうちに死にたかった。これでも、自殺、考えたんですよ?でも、死ねなかった……怖くて。自分から命を断つのは、……怖くて」
ユト「彩音……」
彩音「怖かったんです、私!死ぬのが本当は怖い……!!でも、何もできなくなって動けなくなって、心臓だけが動いている状態はもっと怖い……!!だって、何も出来ないんですよ!?喋ることも、笑うことも、泣くことも出来ない!!……見たい景色だってあったのに」
ユト「……見たい景色?」
彩音「……見れませんけどね。絶対に。私の命は冬までですから。その景色は絶対に見れない」
ユト「……見せてやれるぞ」
彩音「えっ……」
ユト「死ぬ間際、俺たち死神は死にゆく者の願いを叶えてやることが出来る。それがお前の本当の望みなら、俺はその願いを叶えてやることが出来る」
彩音「…………ほんとう、に?」
ユト「俺は嘘をつかない」
彩音「そう、……そうですね。ユトさんは嘘、つかないですね。じゃあ本当に、その景色を見れるんだ……」
ユト「……ああ」
彩音「……すみません、少し疲れました……。眠っても、良いですか?」
ユト「ああ」
彩音「ふふ、死ぬのがまた楽しみになっちゃった。後少し……後数ヶ月で、私は…………」
ユト「…………」
間
ユトN「それから更に二ヶ月が経った。彩音はもう、手足を動かせず、面会謝絶は解かれたものの、喋ることしかできなくなっていた。だが、俺は人にも見える姿で彩音に会いに行くようになって、彩音はそれをとても喜んでくれた」
彩音「ユトさん」
ユト「なんだ、彩音」
彩音「花が、見たいです」
ユト「花瓶の花では不満足か?」
彩音「……外の花が、見たいです」
ユト「……車椅子を持ってくる。待ってろ」
彩音「はい」
間
彩音「……こうやって、車椅子を押してもらって外に出ても、もう紅葉しか見れませんね」
ユト「花は……咲いていないな。すまない」
彩音「いえ、花はいつだって咲いているんです。ほら、竜胆の花が花壇に」
ユト「竜胆?」
彩音「あの紫色の花の名前です。花言葉は……うふふ、少し怖いから、内緒です」
ユト「内緒にされると気になるんだが」
彩音「『悲しんでいる貴方を愛する』」
ユト「……それが、竜胆の花言葉か?」
彩音「他にもあった気がしますが、私が覚えているのはそれだけです」
ユト「そうか。……怖いというか、物悲しい花言葉だな」
彩音「ユトさんにも、物悲しいとかあるんですね。意外です」
ユト「……俺も少し驚いている。俺にこんな感情があったとはな」
彩音「ユトさん、最初出会ったとき、お人形さんみたいでしたもんね」
ユト「……俺はそんなに変わったか?」
彩音「はい、変わりました。表情豊かになって……言葉数も増えました」
ユト「……」
彩音「最初は振り回されていただけのユトさんが、こうして何度も車椅子を押して外に連れ出してくれるようになったり、クレープの注文を全部メモって買ってきてくれたり……遊園地の思い出を一緒に語ってくれたり……表情筋は未だに固くて、笑ったところは見たことがないんですけれど」
ユト「笑うようなことがないんだから笑う必要もないだろう」
彩音「遊園地のジェットコースターで笑ってくれるかと思ったのに」
ユト「それを思い出させないでくれ……気分が悪くなってくる……」
彩音「あはは。……あのときは、楽しかったなあ」
ユト「……彩音。そろそろ冷えてきた。部屋に戻るぞ」
彩音「はい。……ぁ」
ユト「彩音?」
彩音「ぁ、かは、っ……!!はぁ、……っ、はあっ……!!」
ユト「彩音?!どうした、息が苦しいのか?!」
彩音「ゆと、さ……!!」
ユト「彩音……!!」
間
ユトN「その日、彩音は突発的な発作を起こして面会謝絶となった。筋肉の弱り方が早まったらしい。俺はそんな彩音の様子に疑問を抱き、神に問うていた」
ユト「神よ!蜜槻彩音の期限は冬までの筈!まだ期限は残っている、あの娘はまだ生きる時間が有る筈ではなかったのか!」
間
ユト「……っ、そんな……期限が早まっている……?初雪が降る頃に彼女の命は消えるというのか。その前に魂を刈り取らねば彼女は……」
間
ユト「わかりました。その前に行動を実行に移します。彼女にもそれを伝えましょう。……きっと、喜んでくれる筈ですから……」
間
ユト「彩音」
彩音「……ゆと、さ……」
ユト「吉報だ。お前の死期が早まった」
彩音「……」
ユト「次の初雪を待たずにお前は死ぬ。その前に、約束を果たそうと思う」
彩音「やく、そ……く……」
ユト「そうだ。見たい景色があったと言っていただろう。それを見せてやる。安心しろ、魂だけ連れて行く。その重い肉体は置いて、軽々と……半年前のように動ける」
彩音「……うれ、しい、……です……」
ユト「では行こう。強く思い描け、その世界を。その見たい景色を。そこにお前を連れて行く」
間
ユト「彩音、目を開けろ」
彩音「……」
ユト「彩音」
彩音「う、ううん……。……ユトさん?」
ユト「抱きかかえているのも重い。自分で立て。そして見ろ。この世界を」
彩音「うひゃあ!!すすすすすみません!!立ちます!自分で立ちます!!……って、うわあ……!!!」
ユト「これが、お前が見たかった世界か?」
彩音「そうです、そうなんです!!一面の菜の花畑……!!!」
ユト「……綺麗なものだな。見たがったのもわかる気がする」
彩音「見たかったんです、ずっと。春はいつも体調が悪くて……どこにも出かけられなくて。それにこの景色は一人で見たくなかったんです」
ユト「?」
彩音「大切な人と……最初は家族と、でしたけど……今はユトさんと、見たかったんです」
ユト「……俺と?」
彩音「はい」
ユト「どうして」
彩音「鈍いですねー。私は、ユトさんが好きなんですよ?」
ユト「……俺を好き?」
彩音「もう、本当に鈍いんですからー。初めて出会ったときから初恋です。一目惚れです。ですから色んな所へ思い出作りに行ったんじゃないですか」
ユト「……俺はお前を好きにはなっていないぞ」
彩音「あ、それはいいんです。ユトさん人間じゃないし。価値観違うと思いますし。……ただ、この景色を見て、一緒に綺麗だねって言い合えたらそれで良かったんです、私」
ユト「……彩音、言っている意味がよくわからない。人は見返りを求めるものだろう?俺がお前を好きでなくても、お前は俺を好きだというのか?」
彩音「そうですよ。人はそんなに簡単に出来てないんです。見返りを求めない恋だってあるんです。特に初恋は実らないといいますし。……あーあ、でもやっぱり実らないのかー。残念だなー!!」
ユト「笑顔で言っても、全然説得力がないぞ」
彩音「えへへ、わかります?だって私、今が一番幸せですから!!もう死んだって良いってくらい!!」
ユト「彩音……」
彩音「私を、殺してくれますか、ユトさん」
ユト「……っ」
彩音「できれば今、死にたいです。……神様に怒られちゃうかもしれませんけど、私、今、死にたいです。この素敵な気持ちを抱いたまま、私は死んでいきたいです。それが私の本当の望みです」
ユト「……死者の望みは、神の定めた期間より優先される」
彩音「それじゃあ」
ユト「……わかった。殺してやろう、今、この時、この場所で。お前の魂を、刈り取ろう」
彩音「……」
彩音N「そう言ってユトさんは、右手を一振りした。すると、そこには大鎌が現れた。ああ、やはりこの人は死神だったんだなあと、改めて思う」
ユト「彩音。言い残すことはないか。やり残したことは、本当に無いのか」
彩音「無いですよ。ユトさんに告白もしましたし、菜の花畑も見ましたし……あ、」
ユト「どうした」
彩音「……言ってなかったことが、ひとつ」
ユト「言ってみろ」
彩音「ユトさん」
ユト「なんだ」
彩音「大好きです」
ユト「……」
彩音「ずっとずっと、生まれ変わっても、きっと大好きです」
ユト「……っ」
彩音「私のところに来てくれた死神さんが、ユトさんで良かったです」
ユト「彩音……っ」
彩音「では、さようなら、ユトさん。(満面の笑みで)ありがとうございました!!」
ユト「……っ!!!!!!」
間
ユト「……魂回収、完了」
ユトN「彩音の魂は美しかった。光り輝く玉のようなそれを抱きかかえて、俺は彼女の望んだ菜の花畑を見る」
ユト「……?」
ユトN「ぱたっ、ぱたたっ、という水音に、俺は下を見た。……雨だ。雨が降っている。足元に小さな水の跡が二つ」
ユト「……違う」
ユトN「雨ではない。雨ならばもっと広い範囲で降るはずだ。その雫が己の二つの目から溢れているのだと知った時、俺は不思議な気持ちになった。俺はとんでもないことをしでかしたような、それからもう一つ、とんでもなく満たされたような気持ちになったのだ」
ユト「……彩音」
ユトN「それがどういう気持ちと名付けるのかわからない。俺はその気持ちを知らない。だけれどどうしても、二つの目から水はこぼれ続けた。そして遂に、俺は膝をついてその場に魂を抱き抱えたまま崩折れた」
ユト「彩音……っ!!!!」
間
彩音「ユトさん。私のために泣いてくれているんですかね。笑顔は最後まで見れなかったけれど……泣き顔が見れてちょっと嬉しいなんて、私は意地悪ですね。ごめんなさい。私はどこまでも幸せ者でした。また生まれて、また死ぬときは、貴方がまた私を見つけてくれると嬉しいな。大好きです、ユトさん」
間
ユトN「風もないはずなのに、彼女のような菜の花畑が、優しく揺れた」
了
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