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第16話

 肌を焼くような強い日差しを睨みながら、屋上へと向かった。


 時計が5時を指していることに多少驚いたが、しかしながらいつもと変わらぬ足取りだ。


 道行く人は皆、何かに追われるように歩いている。しかし、死に追われる自分とは違うだろう。


 サラリーマンも女子高生も主婦もОLも皆何かに向かって歩いている。前の僕なら人の急ぐ姿に無意味に刺激されて、自分も生き急いでいた気がする。

それがよかったのか悪かったのか分からないが、何も手にしていない事実を思うに僕は結局焦っているだけで夢も希望も抱いていなかったのだ。


今なら分かる。

無気力な自分に焦る自分がいたことも、それを忘れて暇を持て余す自分がいたことも。


 そんな何の得にもならぬことを考えているうちに屋上に辿りついた。


 ドアを開けると、一気に風が僕の体を攫っていくかのような勢いで吹き付ける。


 初夏のからっとした暑さに、吹き付ける風は心地よく、しかし、その場で立ち止まっている僕を不思議そうに見ている二人の人間に気が付くと僕はすぐにドアを閉めた。


 神崎は僕を見ると、少し眉を顰めた。


 一昨日のカラオケ屋での喧嘩で受けた傷が未だ癒えておらず、少し腫れた頬と、赤い切り傷が口の端にあり目立っているのだろう。


 「サボり魔が来たね」


 藤原はまた給水塔の上におり、こちらを見て楽しそうに言った。


 「須川くん。大丈夫?」


 神崎は僕の口の端に出来た切り傷を見ながらそう心配そうに声をかけてくる。

思えば昨日も同じ会話をした気がする。

しかし、、どちらかと言えば頬の方が痛む。


 「大丈夫。大丈夫。すぐ腫れもひくだろう」


 その言葉に神崎も藤原もため息をついた。二人なりに僕を心配してくれていたのだろう。

無論、僕は傷がひいている頃にはもう死んでいるので関係ないが。


 「あ、そうだ。藤原。今日は放課後予定あるのか?」


 僕は思い出したように切り出す。藤原はすぐに「ない」と短く返事をする。


 「なら、今日、約束を果たすよ」


 「そう。分かった。まぁ私、あの日からちょくちょく教室には顔を出しているし、今日はいっぱい須川に奢ってもらえるってこと?」


 彼女は悪だくみを考えている小学生のような純朴な笑顔を向けてくる。

それを僕は仕方ないとため息混じりに肯定すると、彼女は猫のような俊敏な動きで給水塔から降りてくる。

よっぽど楽しみにしていたのだろう。もしそうなら僕も嬉しい。


 「あ、そうだ。神崎も来るか?」


 僕はまた神崎が寂しそうにこちらを見ているのではないかと、声をかける。またお岩さんのような悲しそう切なそうな顔をされては敵わない。


 「ううん、いいよ。今日は予定があるから」


 しかし彼は何かを決心したような顔つきでいた。それは見たことのない顔であった。


 いつも弱気で、優しそうに眦を下げている男が今日は何故か精悍な顔つきに見える。何かあるのは確かだが、彼は聞いてほしくば自分から言ってくるだろう。


 彼の決心を鈍らせてはいけない。


 僕の頓珍漢な怒りの矛を受けて、彼の中で何かが変わったのかもしれない。


 僕はそんな彼を見て、おもむろにカバンを漁ると目当ての物を見つけて、それを彼に手渡した。


 「それって………」


 「うん。護身用だ。まぁ持っていても逮捕とかされないから安心して振るうがいい」


 僕は初めて神崎と会った時に、不良を撃退したナイフを彼に渡した。彼は今度は断らずにそれを受け取ると、小さく「ありがとう」と呟いた。


 僕は彼の今後を鼓舞する意味も込めて、ナイフを渡して握手をした。彼は強引に握手してくる僕を訝し気に眺めていたが、すぐに握り返してきて、その後、いつものようにこちらに笑いかけてきた。


 「もういい?私先に行っても?」


 藤原は気が急いているのか、先に屋上の扉から出ていった。


 もしくは彼女なりに僕たちに気を遣ったのかもしれない。


 「神崎………なんの予定か知らないが、危ないと思ったら逃げていいんだ」


 僕は彼の目を見る。努めて優しく言う。


 彼はまた眦を下げて、ナイフを強く握り締めた。


 「うん。そうするよ。ありがとう」


 僕はその言葉を聞いて、不意に泣きたくなる。

僕は彼の勇姿を確認できない。しかし、それが悪い方向にはいかないだろうことは分かる。

彼は歩き出そうとしているのだ。


 「健闘を祈る」


 「うん」


 僕は彼と別れて、すぐに校門へと向かった。


 藤原が待っている。







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