ざわつきの正体
ーーー???sideーーー
ハルナは浮かれていた。魔術学院の入学審査の一つである、魔力測定にパスしたからだ。
だからこそ、浮かれた足取りで街を歩き――気が付けば母親とはぐれてしまった。
「あれ、ここどこですの?」
気が付けばすでに母親の姿はない。
その姿を探してさらに街の中を彷徨い、人通りのない裏路地へと迷い込んでいく。
このクランヘイムはエルフ街と呼ばれているが、エルフの比率が他の町より多いと言うだけで、それ以外は他の街と大して変わらない。
「母さまー? どこですか?」
泣くのを我慢しながら、路地裏を彷徨い歩いていく。
舞い上がった結果、幼い彼女が母親とはぐれてしまったとしても、それは責められる事ではないだろう。
「まま――ままぁ!」
ついには号泣しだした彼女に、声を掛ける存在が現れた。
そこには体の臭いがきつそうな、ガラの悪そうな一人の男。
「どうしたんだい、お嬢ちゃん。そんなに泣いてちゃ、可愛い顔が台無しだぜぇ?」
「ひぅ!」
すぐにでもその場を逃げ出したかったハルナだが、足が竦んで一歩も動く事ができなかった。
「出荷分はもう揃ってるんだが、もう一人くらい追加があっても悪くねぇよな?」
そう言って懐に手を突っ込み、汚い皮袋を引っ張り出し、その中から更に汚い布切れを取り出す。
そこから漂ってくる刺激臭に、彼女はようやく呪縛を解かれたように動きだした。
だがその行動は遅かった一歩早く、男が彼女に襲い掛かった。
口元に取り出した布を押し付けられ、その刺激臭に吐き気を覚える。
悲鳴を上げようともがくが、全身の力が急速に抜けて行き、それも叶わない。
やがて意識すら保っている事も出来ず、ハルナは闇の中に沈んでいったのだった。
「さて、『棺桶』の予備はあったかな?」
男は羽織っていたマントで彼女を包み、そのまま奥に姿を消したのだった。
ーsideendー
ーーーシノブsideーーー
俺は隠密能力を使用して、木材を運んでいた馬車を追って、門のそばまでやってきた。
木材を運んでいた馬車はそのまま人気のない貯木所にやってきて、停車していた。
俺の悪い予感が的中した。
本来運び込まれた材木は即座に馬車から運び出されるはずなのに、誰も馬車に駆け寄らない。
木材は通常使われる物よりも遥かに太い。そう言う木材を使わない訳ではない。
大きな屋敷はもちろん、木像を作るにも使われる事はある。
だからそんな木材を運び込んだ事自体は問題ないのだ。
それなのに、荷下ろしをする人の気配がない。
馬車を動かしていた男が離れたのを見計らって、俺は鏡花水月を発動して馬車に近付いて行った。
ざっと馬車を調べてはみたが、馬車本体には怪しい所はなかった。
だが積み荷の木材に少し違和感を感じた。
良く調べてみると、木材は全て中央部に切り込みのような物が刻まれていて――いや、これは二つの木材をくっ付けているのか?
俺は中を見るために隙間をこじ開けようと頑張っては見たが……
「ぬぬぬうううぅぅぅぅ!」
うん。知ってた……この貧弱極まりない俺の腕力で、通常よりも一回り以上大きな材木を持ち上げれるはずもなかった。
右目の能力【音響】を仕方ないので発動する。コンコンと表面を叩いてみると、確かに空洞のような反響音が響く。
恐らく馬車の振動で木材同士がぶつかり合い、それがこの反響音を響かせていたのだ。
音に鋭いエルフのルカは、その音を聞き逃さず、違和感を覚えたと言う訳だ。
「うーん……?」
中が空洞だと言う事は、それなりに理由がある。
中に何かを詰めるか、重量を軽減させるためか。とにかく、今の俺にそれを確かめる術すべはない。
取りあえず中を調べられない事は仕方ない。そんな怪しい木材を運んでいた連中を調べるため、男が立ち去った方向……詰所のあった方角に向かう。
男は既に貯木所の隅にある詰所に入っており、その入り口は閉じられている。
鏡花水月を発動したまま裏に回り、開いている窓から堂々と中を窺う。
夏場の作業の事も考えて、こういう詰所には窓の設置が必須になっていた。
と言っても、高価な板ガラスで区切られたものではなく、木板の倒し窓だ。
まだ春先の肌寒さが残る季節なので、倒し窓は閉められている。
しかし中の音を聞き取る隙間を開く程度ならば、音も立てずに開く事ができるだろう。
「よう、荷物の様子はどうだ?」
「問題ない。薬でぐっすりってヤツだ」
「早くそれを運び出さねぇと衰弱死しちまうけどなぁ」
「構やしねぇ。どうせエルフだ」
「ハッ、エルフってもガキばっかりじゃねぇか。世の中には変態趣味の連中もいるもんだぜ」
「使い道は色々あるんだろうよ。生贄とかよ」
中から聞こえてきた言葉に、俺は背筋に冷や水を浴びせられた気分になった。
詳細はわからないが、『荷物』という言葉と『ぐっすり』という言葉は明らかに生物を指している。
『荷物』と言うのは、おそらく中をくり抜いて偽装したあの大木の事だろう。
しかも後のセリフから、それはエルフと推測できた。それも子供だ。
そして続いた『使い道』や『生贄』という言葉。
そこから導き出される結論。
「コイツら……人攫さらい。それもエルフ専門の……下衆がぁ」
声が響かないように、口の中だけで呟く。
すぐにでもこのことを通報しないと……そう考えた俺の行動を、中から聞こえてきた声が遮った。
「そろそろ時間だ。一休みしたら、さっさと運び出そうぜ」
「商人どもも、外で待ちくたびれているだろうしな」
どこの世界でも、奴隷と言う存在は基本的に認められていない。
だがその労働力は必要不可欠とされ、取り扱う奴隷商は今もひっそりと活動している。
その商談はあまりにもグレーゾーンというか真っ黒なので、街中に入らず、外で取引する事も多いそうだ。
今回の事件も、そういう手段を取っていると思われる。
この時間、門番も疲労でチェックが雑になる。恐らく、時間はもうない。
「くっそ、見捨てる訳にも行かないじゃないか――」
ここでこいつらを見逃したら、街の外に逃げられて奴隷商に渡され、足取りを見失うだろう。
エルフの子供が攫われそうになっているのに、俺はそれを見逃す訳にはいかなかったのだ。さらに師匠の言葉を思い出した。
<助ける助けないじゃなく……己の魂に聞きやがれ……間違ってでもいいその行動が最高となる。思いだったが吉日それ以外は凶日ってなぁ……思いっきりやりな>
それを思い出して俺は右目の能力【分身】を発動して屋敷へと向かわせて走り出した。




