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成長

翌日、屋敷の中庭に出て、シェリーちゃんに的である立て板に向かって矢を放つように命じて見せた。

 シェリーちゃんも首を傾げながらも、アニューの指示に従う。

 幼い彼女に合わせた、小さめの狩猟弓を引き絞り、真剣な表情で矢をつがえ……放つ。

 力不足ゆえにやや山なりに飛翔した矢は、狙い過たず的の左下に突き刺さった。


「へぇ、この歳であの距離を当てるなんてすごいわね。さすがギフト持ちね」


「えへへぇ」


 アニューはシェリーちゃんの頭を一撫でした後、俺達を引き連れて的の確認に向かった。

 的の左下に刺さった矢は、鏃の真ん中に埋まった状態で止まっていた。

「うー、やっぱり浅い」


「まだ力がないから仕方ないわよ。むしろしっかり的に当てた事を誇ってもいいわ」


「そーだよ、シェリーちゃんはすごい!」


 実際、彼女が矢を放った距離は40メートルを超えている。

 彼女のような初心者が、この距離の的に当てるというのは、意外とすごい事である。

 ましてや彼女の手にあるのは粗雑な子供用の弓なのだ。


「それじゃさっきの場所まで戻りましょう。シェリーちゃんにはもう一回射てもらうわね?」


「あ、はい」



 元の場所まで戻り、再びシェリーちゃんが矢を放つ。

 ただし今度は、アニューが強化付与エンチャントの魔術を掛けてからだ。

 後衛でサポートを専門にやっていたアニューは、干渉系も多少心得ている。無論、その技量はヴェルデには遠く及ばないが。

 矢は先程と同じような軌跡を描き、やはり的の左下辺りに命中する。

 ただし先程と違って、的の中心が撃ち抜かれた衝撃で割れ飛んだ。


「お、おお!?」


「これは確かめに行く必要もないわね。ね? 干渉系も凄いでしょ?」


「う、うん」


「シノブも魔術が使えるようになれば、これくらいできるようになるわよ」



 俺はトテトテと的に駆け寄って、砕けた的を確認する。

 破片の中には木板を貫いた矢も残されており、その威力の高さが見て取れた。

 幼い彼女が放った矢が、木の板を撃ち抜いたのだ。

 干渉系魔術による威力強化が侮れない証拠でもある。


「すごい、ね」


「でしょ? シノブも頑張れば、すぐできるようになるわよ」


「うん」


「あ……消えた?」


 そこへミシェルちゃんの声が飛んできた。


 彼女は手に持った狩猟弓をしげしげと眺めている。おそらく強化魔術が切れた感覚を覚えたのだろう。


「強化付与は効果が有効な分、あまり長く持たないのよ。せいぜい数分ってところね。使う時は使いどころを考えないと」


「ふーん」


「威力の上昇もせいぜいこの程度の木板を撃ち抜ける程度。金属製の鎧相手では効果は薄いわ。それでも冒険初期の頃はとても役に立った魔法よ」


「うん、つかいみちありそう」


 木板を貫ける程度と言う事は、人体の皮膚を貫くには十分な威力を発揮できるという事だ。

 ピンポイントでこの魔術を使えれば、切り札として機能しうるだけのスペックを持っていると言える。



 結局その日は魔術の発動をこなす事はできなかった。

 どうも俺は魔法を使えなかった前世の記憶が足を引っ張って、発動を阻害している感がある。

 魔力を感じ取るまでは問題なく行けたのだが、その先が壁になっていた。


 そしてその間、シェリーちゃんはひたすら矢を的に放つ訓練を積んでいた。

 その命中率は子供とは思えない位に高く、しかも素早い。

 とは言え、あくまで初心者。子供にしては、という前提が付く程度だ。

 いずれは俺が彼女の弓に強化付与を施せるようになれば、実に心強いパートナーになる事だろう。


「ふへぇ……」


 訓練を終えて、俺は風呂で疲れを癒していた。


 屋敷の風呂はそれなりに広く作られており、しかもマッサージ用の寝台まで用意されているくらいだ。

 俺はそこに寝転んで、ルカにマッサージをしてもらっている。


 正直言って、年頃の少女に全裸でマッサージさせるというのは、生前ではない状況なのだが、今の俺は同性の少女である。


 使用人としてここにいるルカに遠慮する必要など欠片も無いのだ。


「こうして、バレたらヤバい秘密がドンドン溜まっていくのであった」


「え? 疲れ溜まってるんですか? シノブ様はまだ幼いんですから、無茶しちゃダメですよ」


「いやいや、そうではなく」


 とは言え詳しく説明する訳にはいかない。

 ぐんにょりと寝台に伸びきって、ルカの細くしなやかな指で体中を揉み解してもらう。

 暖かい湯気に包まれて全身を脱力させ、滑らかな指でマッサージを受ける。


「ですが本当に良かったのですか?」


「んー、なにがぁ?」


「クランヘイムに行く事です。まだシノブ様は二年後でもまだ七歳ですよ」


「でもルカも付いてきてくれるんでしょ」


「ご両親と離れて寂しくないんですか?」


「まー、そりゃぁ、ねぇ」


 俺とて、ライルにライバル心を持ってはいるが、別に嫌いな訳じゃない。アニューに到っては受けた義理の方が多いくらいだ。

 隠し事があるとはいえ、そんな相手と一緒に暮らして嫌な気がするはずもない。

 だが、元々は既に道を違えていた仲間だ。別れることに関しては、すでに覚悟ができている。

 問題はそれを七歳児が納得できるかという所ではある。その辺りの言い訳を口にしておかねば、怪しまれるだろう。


「でも行かないとママとパパから引き離されちゃうんでしょ。休みになれば戻ってくればいい訳だし」


「そう、ですね。確かに王宮に行ってしまえば、簡単に会えなくなっちゃいますものね」


「どっちがより会う時間を確保できるかと考えたら、クランヘイムに行く方がいいじゃない? だからそっちを選んだの」


「……シノブ様、時折難しい言葉使いますね?」


「そ、そんなことないよぉ? ママの授業でいっぱい勉強したからかも」


 勉強したばかりの単語を使ったと言い訳すると、渋々ながらも納得してくれたようだ。


「ム……」


「ん、どうかした?」


 俺の背中をマッサージしていたルカが、妙に神妙な声を上げた。

 背中を上下に、何度も繰り返し指を這わせる。


「シノブ様、少し筋肉がつきました?」


「ほんと!?」


「私としてはフニフニ感が減って少し残念です」


「ルカ、最近本音がダダ漏れ」


 剣も魔術も、イマイチ進歩がみられなかったが、夜中に眠気を我慢して鏡花水月を発動しながらの剣の素振りをしているため、筋肉の増量はかなりうれしいとともに忍耐力が身に付いた。

 こうして毎日、少しずつ成長しながら、俺の幼児期は過ぎていったのだ。


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