孤島の殺人犯
人間のクソさを十分思い知ったと思っていた。何故なら俺は事故で障害を持ち、毎日気分が落ち込み、毎日のように人間の“クソさ”を体感していた。
悲しさだとか、怒りだとかはもうとうの昔に消え去っていた。今あるのは疑問だけ。気が付いたら高校を卒業してすぐ工場の障害者雇用で安月給をもらい、毎日パソコンで自分だけの世界を造り上げていた。
自分が造り上げる世界は、いたって単調だ。『自由』『生死』『障害』『感情』の四つを主テーマにした世界だ。その世界は文字となり、文章となり、自分自身の投影となり、小説となっていた。
だが、いくら世界を造り上げ、小説という媒体にしても、俺には読んでもらう人間などいなかった。友人はいたが見せる気にはならなかったし、ネット小説と言うのもあったが、俺自身はそういった形態にはしたくはなかった。いわゆるプライドだろう。
毎日工場に行き、生産ラインを見つめる。そして終業時刻になればすぐさま家に帰り、パソコンを立ち上げ生産ラインを見つめていた時に思いふけった事を登場人物に言わせる。その日あった出来事をモチーフにした事もあったし、酒に酔いしれながら書いたクソみたいな文章も未だにPCに保管してある。こんなことをもう4年ほど続けている。
マジョリティは、マイノリティを殺す。日本人と言う人種は、自分の意見は基本持たず、同調意識だけは高い人種だと俺は考えている。その同調意識が歪んだマジョリティとなり、マイノリティを殺す。マイノリティはマイノリティと言う囲いで日々暮らし、マジョリティは自分がマイノリティではないことに安堵する。それが、俺が見てきた『現実』だった。
今、俺たちが住む世界には無料で、何でもできる別世界がある。その世界は自分たちが持っている裏の人格をいともたやすく出せる。そしてその裏人格は不特定多数を傷つけ、自分たちが住みやすい世界を無意識に作る。毎日が戦争で、毎日が危険で、毎日が幸せであり不幸せでもある世界だ。その世界を、人々は居心地がいいと――
『……名田平さん?』
『あ、すみません、少し物思いに……』
『……『N』に会うからかい?』
『……いえ、自分の事です』
『そうか……あと30分で島に着く……気をつけろ、彼は何をするかわからないからな』
”人間のクソさ”を十分思い知ったと思っていた。
今俺は飛行機に乗ってどの地図にも乗っていないとある島に向かっている。
インターネットでとある都市伝説を知った時、俺は全身に不思議な感情が駆け巡ったのを覚えている。
『――Nは生きている!?』
そんなウリ文句で始まるまとめ記事を、俺は呆れ半分で開いた。
『☓☓☓☓年、国外逃亡を図るために関西空港にてB381ハイジャック事件を起こした元死刑囚Nは、実は国内の何処かで密かに生きているとの情報が、某読者から寄せられた
現在、この記事の新情報をお待ちしております。』
俺は何を思ったか、その日からネットに蔓延るB381ハイジャック事件についての情報をかき集めた。
『――B381ハイジャック事件、
☓☓☓☓年4月、関西空港初オーストラリア行きのB381をたった1人でハイジャックしようとしたとして、当時29歳のN(仮名)を逮捕した。警察が突入した時点で、人質298名の内10名が死亡しているのが見つかった。
容疑者であるN(仮名)は過去にも余罪が多数あったとして、☓☓☓☓年死刑が執行された。』
……これが、大まかなB381ハイジャック事件の大まかな概要だ。
飛行機での単独での犯行、死者10名という犠牲、そして仮名で報道された男の身元などが大きく報道され、当時マスコミでは報道合戦が続いていた。
Nは現在生きていれば67歳、だがハイジャック事件から3年後の32歳の時に死刑が執行されている……が、
ネットの都市伝説では死刑が執行されているはずのNが、日本国内の何処かで生きているという。
……馬鹿だったのは、俺の方だったのかもしれない。
現に今、俺は飛行機に乗ってどの地図にも乗っていないとある島に向かっている。
――Nが住んでいる島だ。
飛行場までの間、黒服を着た二人組の男達にアイマスクをさせられ、飛行機が何処の島に向かうかは、俺も知らない。
『名田平さん、もうすぐ着く。アナタが……いや、一部の国民が望んでいる、Nの居場所だ』