プロローグ
初めて彼と出会った日を鮮明に覚えている、彼は見た目はごく一般的な煙草が好きな老人だった。俺は彼の印象をそう心の中で表現したし、その表現は今でもある。
彼と煙草は切っても切れない関係だ、彼は事ある事に煙草か葉巻、それかパイプをふかしていた。俺も煙草を吸うので、よく二人でインタビューの休憩途中に煙草談義をしたりした。彼におすすめの煙草を尋ねると、毎回スラスラと煙草の銘柄が出てくる。中には現在発売されていない銘柄や、海外でしか手に入らない珍しい銘柄までも出てくる。それくらい彼にとって煙草は必要なアイテムだった。
俺が彼とのインタビューをフィクションを織り交ぜながら小説にした時、多方面から罵倒された。『被害者の気持ちを考えていないのか』とか、『そいつは死刑になったんじゃないのか』とか。彼を罵倒する言葉をよく聞いた。だが、俺には逆に『お前らそんな言うけど彼の気持ちは考えないんか?』とクレームに怒りを感じていた。
確かに、彼は日本で類を見ない極悪人だ。人を殺すというのが人間にとっての大罪ならば、彼は表現すらできないそのまた上の大罪を抱えていた。だが、皮肉にも俺は彼ほどに業を背負い、死と生という言葉の意味を知っている者を見たことがない。それほどに、極悪人であり、人間的だった。
彼が犯した罪は、いわゆる『殺人罪』だ。普通なら、事が重罪ならば日本国の極刑である死刑を宣告される。だが、彼に下された刑は、『死ぬまで国が指名する島で生きること』だった。これは、アメリカなどで行われる証人保護プログラムではない。そして、この刑の正式名を、俺は知らない。
俺は、彼に刑を下された時の心境を尋ねた事がある。彼は、確か作りたての手巻煙草を吸い、煙を吐いたときに、悲し気な声で『死にたかったなぁ』と呟いた。その意味は、今でも分からない。だが、彼は死刑を免れた喜びよりも、死にたいという感情の方が勝った。その意味は、なんとなくだが、悟った気になっている。
始まりはなんだったか、確かネットで読んだ都市伝説だ。俺はそれを真に受けて、彼との会話の小説を書いた。あの時は金も地位も何もなかったから、何かにすがる思いで都市伝説から情報を得て色々と探り歩いた。その結果、とある大学の精神科医と出会い、そこから1人の警察OBと出会い、そこから今度は当時の裁判官にまでたどり着いた。俺はその時にはもう全財産は3万を切っていた。
それからやっとの思いで、ネットの都市伝説の本人、Nもとい中川平治と出会った。それから、このエッセイを書く前の本、『暗い町の鳥へ』を執筆した。
始まりはいずれ終わる。終わりからは何も生まれない。だが、人は終わりからは始まりが生まれるという。もしそうなのなら、この本が、俺の『終わりの始まり』だ。