第一話 人生最高で最悪の日
よろしくお願いします。
「決まったあああああ!武勇伝初代世界チャンピオンは碇山ワタル君16歳です!」
その声が聞こえた瞬間、僕はガッツポーズをしていた。
「よしっ!」
相手はとても悔しそうにしている。まあ無理もないか、なんてったって世界大会の決勝で負けたんだから。
「優勝者のワタル君には限定のカードとトロフィーが送られます!」
限定のカード、と聞いて頭のなかでカードの名前、イラスト、能力はどんなのだろう...と考えていると、対戦相手の人がこちらをすごい形相で睨みながら独り言を呟いていた。
「くそっ!この大会にかけてたのに...くそっ!くそっ!」
見たところ20代半ばといったところだろうか。メガネをかけた細身の男だ。あの独り言からしてこの武勇伝に全てをかけていたんだろう。そこは僕となんら違わない。違うのは年ぐらいか。
「ワタル君、表彰台の方へどうぞ!」
司会者の声が聞こえると、これまでの思考を止めて急ぎ足で表彰台へ向かった。「初代」チャンピオンという名誉も嬉しいが、個人的には優勝者限定カードの方がとても気になる。
この「武勇伝」というのは、今世界で、特に日本でとても流行しているカードゲームで、ルールは自分のバトルゾーンにある三体のキャラクターカードを強化していき、相手を三回ダイレクトアタックした方が勝ちというゲームだ。
ルールは簡単だが、強化の順番、アイテムカードの有無、サポーターカードとのコンボ、相手の強化を邪魔するカードなどが絡んで来るので結構奥が深いカードゲームになっている。
こんなことを考えているうちに表彰台に着いたので、てっぺんに登ってトロフィーとカードを受け取った。今の気持ちを聞かれたので嬉しいです、また次の大会も参加しますと答えた。今は1秒でもはやくこの限定カードをじっくりとみたいのではやく終わらないかなぁ...と思いながら表彰台の上で待った。
表彰式は30分程で終わり、色んな人に声をかけられたが、急ぎ足で会場を出た。
外は太陽が沈みかけていて、少し空が暗くなっていたので、カードが見辛くなる前に目に焼き付けておこうとカードを見ながら帰った。
暗くなってきていることもあったので、はやく家に帰るために近道をした。この道は人が全くと言っていいほど通らないので、普段は使わないようにしているが、今は少しでもはやく家に帰りたいので仕方がない。
カードのテキストをよく読むために街灯の下で立ち止まった。
すると突然、背中にこれまで感じたことのない鋭い痛みが走る。
「ぐがっ」
声にならない声をあげると、僕はうつ伏せに地面に倒れた。
背中がとてつもなく熱い。背中なので見えないが、心臓が脈打つと同時に血が溢れだしているのを肌で感じる。例え今すぐに病院に行っても助からないだろう。
助からないと悟ると、カードが無事かを確かめた。こんな時に走馬灯や両親への謝罪じゃなくてカードの心配をするんだからある意味とんでもない奴だな僕は。
まさに必死の思いでカードの無事を確認した。スリーブに入れていたので汚れはない。角も無事みたいだ。
「よ、よがっ...だ」
このままカードを持ったまま死のうと思い、目を閉じようとすると、突然持っていたカードが引き抜かれた。
目だけを動かして上を見ると、誰かが僕のカードを握りしめていた。
「!!」
そいつは決勝で負けたときとは正反対の、恍惚の表情を浮かべているメガネをかけた細身の男だった。
「ふひひっ」
気持ち悪い笑い声をあげると、男はカードをまるで自分の物のように大事にしまうと、走って去っていった。
こんなところでこんな死に方するなんて思いもしなかった。しかもカードまで盗まれるなんて、僕は神様に嫌われてるんだろうか。
だんだん意識も遠くなってきた。残った力を力を振り絞って最後の言葉を口にする。
「ど、どうざん、があざん、ゴメン...」
そう言うと僕はゆっくり目を閉じた。
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