6 『騎士ベルトラ・トゥアン御身の前に』IF
「へっくちょい!!!」
うう、さぶ……太陽が昇っている、朝か……。
アルムガムは基本的に暖かく気温も安定しているらしいが流石に石で作られた床の上で寝ては寒い。
で、なんで我輩はこんな床で寝てたのだ……?
「ク~カ~ク~カ~」
我輩が寝るはずだった暖かそうなベッドの上で精霊が涎をたらして眠っている……ハッ、思い出した!
「おいこら! 貴様! 起きろ!」
精霊の体を持ち上げ大きく揺らすがまったく起きる気配がない。
「むにゃむにゃもう食べれない……」
「そんな古典的な寝言はいいわ!! 昨晩のことで――」
――コンコン
ん? 誰かがノックしている、こんな朝早くに一体誰だ?
「おはようございます、ディル殿、起きておられますか?」
「あん?」
ディルだと、誰だそいつは。
この部屋には我輩とこの精霊……えーとたしかエリンだったか、の二人だけのはずだが。
「ディル殿? まだ寝ておりますか? まだおやすみの所申し訳ありませんが起きて下さい」
「んあ~ディル~? 呼ばれてるよ~? 起きてるのなら返事しないと駄目じゃん」
目を覚ましたのか精霊は目を擦りながら我輩の顔をのぞこんできた。こいつが見てるのはどう見ても我輩だよな、いや我輩はデイルワッツであってディルなのでは……あ、そうか、今の自分は「ディルという名の人間」だった!
「話し声がするのにおかしいな……ディル殿!? 何かありましたか!?」
扉を打ち破りそうな勢いで叩き出したぞこいつ、早く返事をせねば!
「いっいや、問題ない。起きておるぞ、何だ?」
「いえ、何もなければよかったです、でしたらすぐにご支度をお願いします。国王様がお待ちになっておられますゆえ」
「あ……ああ、わかった」
国王の下に行くだと……それは魔王討伐しに行けと言われるのが目に見えてわかる、というかそれしかありえない。
「まずい、結局逃げ出せないまま王に会わねばならなくなってしまった……このままでは本当に我輩が勇者として我輩を討伐しないといけないではないか、いやその前に同胞と戦うはめに。――む~~~~ん!!」
「ディルってば頭を抑えてぶつくさとぼやき出しちゃった。……ん? 何か外が騒がしいな」
こっちが悩んで頭痛までしてきたのにあの精霊やつ、外なんか見よってからに。
「ディル!! 外!! 外を見て見て!!」
外の何かを見た精霊がえらい興奮しながら我輩の傍に飛んできた。
「うるさい! 今考え事をだな――ってだから人の話を聞け! おい!」
「いいからいいから」
精霊に無理やり窓際までつれて来られてしまう。一体外に何が……ってただ城の兵士達が朝の鍛錬をしているの姿があるだけではないか。
「すごいよね~たくさんいるのもそうだけど、よくみんな息ぴったりで動けるよね~」
兵士……そうか、その手があるではないか!
「ハハハ、チョッハハハハ!!」
「ちょ、ディル!? どうしたの!? 何その奇声は!? 気持ち悪い!! ……少し離れておこ」
そうだった、人間というものは集団で動くもの、侵攻した時も奴らは隊列を組対抗してきた。我輩もその一団の中に入るという事になる。
だとしたら我輩は戦ってるフリをして人間を盾にし身を守り、隙をみて誰でもいいから魔族と合流すればいい。我ながらいい考えだ!
※
「は? いまなんと……?」
ライリーの奴今なんと言った……? 我輩の聞き間違えか……? それともライリーのいい間違い……?
「聞こえなかったのか? エリン殿はディルと2人だけで十分だと言って、残りの騎士達は魔王軍の防衛のためそちらに回してほしいと気遣いをしてくれたのだ。恥ずかしい話だがその申し出ありがたく受けたいと思っている……今は少しでも兵力を蓄えておきたいのだ、すまない」
首を回し精霊のほうを向いた時ぎぎぎっと油の切れたブリキ人形のような音がしたような気がする、精霊が自分を見ている事に気がついたのか我輩に向かって思いっきりのドヤ顔をして親指を立てた。
「貴様なんてことを……」
「しかしこちらとてたった二人で送り出す事は出来ぬ、そこで、だ」
ライリーが手に持っていた杖を床に軽く叩くきそれを合図にデーヴァンがうなずく、一体何事だ?
「ベルトラ・トゥアン前に!!」
「はっ!」
左右に並んでいた騎士の列から一人抜け、ライリーの元に歩いて来た。
その騎士の背丈はエリンと同じくらいか、王国の紋章が入った赤いマントと銀の鎧、栗色のセミショートで歳は先ほどの声を聞く限り声変わりしていないのか高かった、という事はまだ幼子だろうか? だとすればそんな者まで騎士になっているとはよっぽど人手不足なのだろう。
しかし腰の左に2本の剣を据えるとはますます奇妙な騎士だな。
「アルムガム王国騎士団所属、騎士ベルトラ・トゥアン御身の前に」
「うむ。ディルよ、彼女を連れて行ってほしい、もともと討伐の志願してたうえに腕も立つ、お墨付きだ」
「へ? 彼女? え? 彼の間違いじゃ?」
完全に少年騎士と思い込んでいた、そんな寸胴の鎧を着けておれば誰だってそう思うぞ。
「な!?」
ベルトラとかいう奴が勢いよく振り返り我輩を睨みつけてきた。
「誰が男だ! 私は女・・・だあ!?」
振り返った騎士と我輩の目があってしまった、あれ? こいつどこかで見たような……。
――あ! こやつは我輩がアルムガムに来たときにぶつかっていきなり我輩の顔を殴りつけてきたあの人間ではないか!!
「貴様は、あの時の小僧ではないか!!」
「貴女は、あの時のお姉さ……だから私は女です!!」
いやだって、あの時の言動といい、この見事にまっ平らの鎧、男にまちがえられてもおかしくないだろう。
「ちょ!? どこ見てるんですか!? 女性同士でも失礼じゃないですか!!」
まさかアルムガムの騎士だったとは。
「いや、それよりも……まずい。まさかあのお姉さんが勇者だったんて……あの時の事で怒って同行を拒否されるかもしれない……きちんと謝罪しとくべきだったか、いや今は過ぎた事を悔やんでもしょうがない。何とかここは誤魔化して……」
何だ、何かぶつぶつと呟いておるが……本当にこいつで大丈夫なのだろうか。
「おお、そなたらもう顔を合わせておったのか」
顔合わせというかなんと言うか……。
「いや、こいつは――いっ!?」
こいつ、我輩の手の甲を足で思いっきり踏みやがった。
「はい、儀式の前に少々……陛下、自分の身勝手な志願を汲み取っていただき感謝します」
「よいよい、そなたの祖父や父には世話になった、せめてこのくらいはさせてほしい……」
「ありがたき幸せ、このベルトラ・トゥアン必ずや――」
え、何か話が勝手に進んでおるような?
いやいや、我輩はこんな乱暴者と同行なんぞ認めたくないんだが!?