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ミッドウェイ海戦  作者: イプシロン
第1章 珊瑚海での戦訓
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第9話 戦訓ここにあらず

 珊瑚海海戦における反省や戦訓は無数にあった。

 第五航空戦隊を膝下においていたのは第四艦隊であり、その司令長官は井上成美しげよしであった。第四艦隊は戦訓を報告書に纏め関係各所に提出したのだが、その内容を真剣に討議して以降の作戦に寄与させようとした空気は海軍内にほとんど無かったといっていい。

 それどころか提出された報告書や電報綴りに赤字で書き散らされた「弱虫!」「バカヤロー」といった悪罵によって報いられたのである。

 ではそうした悪罵を吐いた連中はどこで何をしていたのだろうか? 連合艦隊司令部はどこにいたのか? 柱島泊地に停泊する冷暖房完備の戦艦「大和」ホテルにいたのではないのか。あるいはまた安全な帝都東京にある海軍省の建物にいたのではないのか。そのうえ第四艦隊に作戦全般の統一指揮をとる権限さえ与えずにおいたのではないのか。あるいはまた軍令部の事情を優先させて、一刻もはやく戦線に投入すべき第五航空戦隊に運送屋のごとき飛行機の海上輸送をさせていたのは一体誰なのか? いやそれ以前に上層部が下した判断の結果がああした戦果をもたらしたという責任感の欠如はどうしたことだろうか。全てを部下の責任にして悪罵すれば済むとなれば、こんな楽な職責はない。だがそうしたことを問うものは誰一人いなかったのである。

 「翔鶴」が空襲されたとき、味方の護衛艦隊は陣形を乱して遠く離れていた。これでは十分な弾幕など張れるわけがない。翻って米軍はどうだったのか。空母を取り囲む輪形陣を敷き、凄まじいまでの対空防御を見せたではないか。敵機動部隊の位置が皆目わからないというのに、特定の方位だけ――この辺りにきっと敵がいるだろうという希望的観測や自軍の物差しでしか計らない思い込み――に絞った偵察の結果、敵を取り逃がした索敵のまずさ。天候に左右されやすく、帰投後回収に手間取る巡洋艦に搭載された偵察機を、索敵の主力にしている危うさ。陸上基地のように設営に時間がかからないといわれた水上機の進出の遅れ。これら全ては空母から索敵機を放てば容易に解決する問題ではないのか。それでは攻撃に参加する機数が減ってしまうというならば空母2隻で行える作戦の限界を見極めればよいし、数が足りないというなら空母を揃えて作戦すればよいことではないのか。

 「弱虫!」「バカヤロー」と悪罵するほどなら、もっと早く米空母に対して手を打てばよかったのではないのか。わが軍にとっては資源の確保が最優先なのである、米空母にまで手を回せる状況ではなかったのだ。ではなぜそんな二正面作戦ともいえる無謀な作戦をとらざるをえなかったのか。水上機の問題にしてもその他にしても、すべては資源の乏しさに帰着するといえまいか。

 だがこうした問題は一切顧みられることなく、第一段作戦から第二段作戦への移行途中にあった海軍は、急ぎ必要な航空隊を再編成して――訓練の行き届いていない搭乗員と航空機を頭数だけを揃えて――期日どおりに作戦を遂行することだけを念頭において、ミッドウェイ作戦を実施に移したのである。

 いまになって米空母の脅威に怯え、焦って作戦を推し進めているのではないのか。

 この時、連合艦隊司令長官山本五十六のあまりに強引な作戦指導に山口は、

「それはどうでしょうか。率直に申し上げれば時間がたりません」

 そうはっきり不賛成を表明したのだが、もはやそれを止められる時流ではなかったのである。

 山本はそのとき山口に、

「英米の連中がやったことを日本人はやってきただけだよ。――白人は黄色人種より上だという思い上りがある。それをこらしめてやったんだが、どうも評判が悪い」

 と返した。

 かつては冷静沈着であった山本でさえこうだった。英米がやったことを自分たちもやることが正義だというのか。それが皇軍精神だとでもいうのだろうか。こらしめてやったとはどういうことだろうか。

 冷酷無情な鉄と鉄の激突という近代戦の冷厳さを忘れ、感情論に走った思いあがりが山本になかったといえるのだろうか。

「最低でも3か月、そうすれば翔鶴の修理も完了します。五航戦を戦力に入れるべきです。長官、真珠湾の図上演習を思いだしてください。空母4隻でわが方は大損害を蒙ったではありませんか。しかし空母6隻を揃えたときわが方は勝機を見いだせたのではないのですか?」

 喉元まで出かかった言葉を寸でのところで山口は飲みこみ、真珠湾奇襲のとき胸に思った言葉を一人噛みしめたのだった。

「思えば三十年、酷暑厳寒を凌ぎ狂風怒涛を冒し、日夜練武につとめてきた。訓練すでになり準備すでに整う」

 山口の思いとはかけ離れたところで、いま戦争の歯車は大きく呻りをあげて回転しているのだった。

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