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ミッドウェイ海戦  作者: イプシロン
第1章 珊瑚海での戦訓
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第8話 珊瑚海海戦――レキシントンの死闘

 わが方の攻撃隊が征く、翼に日の丸を輝かせて、日本男児の誇りも高く。

 進軍する攻撃隊は、途中で敵機動部隊を発見した殊勲ある「翔鶴」偵察機とすれ違った。何を思ったのかその機――菅野兼蔵飛行兵曹長、後藤継男一等飛行兵曹、岸田清次郎搭乗機――はバンクを取ってUターンをすると攻撃隊の前に遷移し、

「われに続け」

 と翼を振って合図を送ってきた。敵空母まで案内しようというのだ。

 しばらく誘導をうけはしたが、攻撃隊指揮官は菅野機の燃料を慮って、彼の機に近づくと手信号で、

「母艦へ還れ、あとは任せろ」

 と帰還を促した。

 菅野機は狭い機内から敬礼を返してUターンし、遠く雲海の中に消えていった。

 これが彼らを見る最期になるなど、誰も想像などしていなかったのだが……。

 山口は日本人のもつこうした気質を愛していた。真珠湾作戦からさき、生還叶わずとなれば自爆攻撃をも厭わなかった彼らの祖国愛にいつも胸を熱くしてきた。どこの国の民であっても一身の犠牲を厭わない人はいる。だが日本という国土は他国よりそうした気質を育てやすいところがあるらしい。だからこそ彼らの犠牲を無駄にすることなく、勝たねばならないのだ。彼らのような純朴な者たちを前に立てて、自分は後方にあって指揮を執るなどということが許されようか。指揮官先頭、それが山口の信念だったのである。

 昭和17年5月8日、わが方の攻撃隊はこうした祖国愛に導かれて11時5分、眼下に敵機動部隊を視認した。

 米軍は駆逐艦や巡洋艦が空母を取り囲む輪陣形を敷きながら海面に白いウェーキを描いていた。上空には敵の直掩機の姿もみえたし、飛行甲板に待機していた戦闘機は次々に発艦している。一刻の猶予もない状況だった。

 雷撃機隊は示し合わせたように「瑞鶴」隊は「ヨークタウン」へと、「翔鶴」隊は「レキシントン」目指して高度を下げていった。だが敵の迎撃は思った以上に果敢だった。

 戦闘機に邪魔され投下位置につくことすらできない機が続出した。それにも増して凄まじい対空砲火である。1機また1機と火炎に包まれて海面に激突してゆく。それでも「瑞鶴」隊は四本の魚雷を「ヨークタウン」に放つが全て回避されてしまう。

 雷撃隊はいまだ投下せざるもの、戦闘機に追いはらわれたものが集合して再突入を敢行した。厳しい状況下で狙える「レキシントン」にむかって海面を這うように突き進んだ。対空砲が槍ぶすまのように襲いかかってくる。海面に突き刺さる弾丸が海を沸騰させている。時々近くで炸裂する高角砲の爆風に煽られて機位が乱される。突如夕軍機が火だるまになって消える。

「あと少し、あと少し、よーそろー!」

 目標は照準器からはみ出すほど巨大だ、当たらぬわけがない。投下索を引いたあとしばらくジグザグに飛んで敵空母すれすれを飛びぬける。送り狼がごとき機銃弾などめったに当たるものではない。ぐーっと首をひねって戦果を確認する。

 派手な水柱が何本も立っている。おそらく5本は命中しただろう。後席の偵察員も盛んに声をあげて戦果の確認に余念がない。被弾しているのは誰の機であろうか? と思って見ていると、その機は「レキシントン」に体当たりしていった。

「南無八幡大菩薩!」

 こうして雷撃隊は「レキシントン」に2発の魚雷を命中させたのである。

 当たり所が悪かったのか「レキシントン」の速力が鈍ったのが見た目にもわかった。しだいに左へ左へと傾いているようだ。

 11時15分、爆撃隊が攻撃を開始した。「翔鶴」隊は傷を負った「レキシントン」にむかって、「瑞鶴」隊はいまだ無傷の「ヨークタウン」にむかって。

 凄まじい対空砲火のなかへ九九艦爆が次々に急降下してゆく。遠すぎる、至近弾、遠い、また至近弾、命中! ――「レキシントン」は2発の命中弾と5発の至近弾を受けて黒煙をあげはじめ、艦内のどこかが誘爆したのだろう、轟然たる閃光を放ったあともくもくと巨大なキノコ雲を沸きあがらせた。

 一方無傷の「ヨークタウン」は1発命中、3発至近、艦首至近に自爆攻撃を受け、こちらも黒煙を吐きながら速力を落としていくのがわかった。

 わずか12分の戦闘を終えた攻撃隊は撃沈確実1、中破1という戦果報告とともに戦場をさって母艦を目指したのである。

 しかし帰投した攻撃隊は傷ついた「翔鶴」に着艦することができず、「瑞鶴」にむらがり降りることになった。その数は予想以上に少なかった。第五航空戦隊は、この攻撃で航空機の約半数を失ったのである。帰投できた機も損傷が目立った。修理なしに攻撃に参加できる機は少ないようである。

 第五航空戦隊に残された即時作戦可能機は、零戦24機、爆撃機9機、雷撃機6機、計39機であった。

 いかに勇猛な第五航空戦隊とて、こうなっては打つ手はないと判断したのは、致し方ないことだったのである。航空機はまた作れば済む。だが熟練搭乗員の養成はそう短時日でできるものではない。わが方にとって甚大な被害といえたのはむしろ後者のほうなのだ。

 米艦隊の取っていた輪形陣とそれによる統制された対空砲火――弾幕の濃厚さ――は恐るべきものだった。

 その後、航行不能となっていた「レキシントン」は味方駆逐艦の魚雷によって処分され、三つの罐を損傷して燃料タンクに亀裂の入った「ヨークタウン」はなんとかハワイに辿りついたものの、修理には約三か月を要すると判断された。

 わが方の「翔鶴」もまた同様であった。広島県呉の乾ドックに入った「翔鶴」を検分しながら、

「これまで見たこともない損傷だ……」

 と工員は呟いたという。

 こちらもまた修理完了まで約一か月を要するというのが、工廠の見積もりだった。

 だがしかし5月27日、ハワイに帰港した「ヨークタウン」は三日三晩にわたる突貫修理のうえ、それでも間に合わずに工員を乗せたまま5月30日、日本軍を迎え撃つためにハワイを発ってミッドウェイ島の北東海域目指したのである。

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