第4話 珊瑚海海戦――索敵
珊瑚海海戦を惹起させたのは、敷設艦「沖島」を旗艦とする第一九戦隊の作戦行動にあった。昭和17年5月3日のことである。
のちに地獄の戦場とかすガダルカナル島を含むソロモン諸島のツラギ島、カブツ島、タナンボコ島への上陸作戦はほとんど抵抗をうけず、あっさり占領することができた。第一九戦隊は、その日のうちに水上機基地の設営を完了させ、夕闇のなか波を蹴立ててツラギ島をあとにした。
翌4日早朝、日本軍のツラギ上陸を知った米軍は「ヨークタウン」基幹の第17任務部隊から偵察機を発進させて付近を索敵。まだ退避しきれていなかった第一九戦隊を発見し、四波にわたって空襲をおこなった。
わが方の損害は軽微ではあったが、重巡洋艦「妙高」「羽黒」は搭載されていた水上偵察機の三分の一(2機)を失った。
この頃、ポートモレスビー作戦を援護することになっていた空母「翔鶴」「瑞鶴」を含む第5航空戦隊は、やようやくラバウルを出港したのである。
「諸般の事情はあったにせよ、作戦全般の不統一感は否めない。一九戦隊は五航戦の支援を待って行動すべきではなかったのか? あっさり占領や、翌日すぐに反撃に出た敵の動きをみれば、わが方の暗号が筒抜けになっていたのではないかと疑うこともできる。だが軍令部は『そうした心配はいらない』の一点張りだ」
山口の心は憂鬱だった。遭遇戦であってみれば、統一指揮などと理想論をぶっていいわけがないことは承知のうえだった。だがこの場合は明らかにわが方に焦りがあったと思わざるを得ないのである。
5月5日、米軍は早朝から索敵を開始した陸軍機から「敵機動部隊らしきもの発見!」の報を受ける。だが「レキシントン」基幹の第11任務部隊と「ヨークタウン」基幹の第17任務部隊は合流したばかりであり、そのうえ燃料の補給中であった。
そんな彼らの上空に、わが方の九七式飛行艇が姿を現した。飛行艇は4時間にわたり第17任務部隊にへばりつきつづける。
なんとしても一撃をと焦る各部隊からの命令だけは勇ましかった。しかし占領したばかりのツラギからさえ攻撃機を発進できる準備は整っていなかったのだ。
ひとり第五航空戦隊だけは別だった。重巡洋艦の「衣笠」「古鷹」水上機母艦の「神川丸」から、6機の水上偵察機を放って索敵力を高めて臨戦態勢をとった。だが、敵情を正確に把握できずに夕暮れにいたり、敵から離れる進路をとってしまう。
実はこのとき双方機動部隊の距離は意外なほど近く、攻撃隊を発進させれば30分ほどで到達しえる距離にあったのだ。しかも米軍は陸軍機からの情報のほかに追加の情報を持ちえず、日本軍機動部隊の正確な位置を掌握しきれていなかったのである。この日、第五航空戦隊は先制の好機を逸したのだ。
見えない敵を撃つとは情報戦に勝つことであり、索敵こそ重要視されるべきであるという教訓がここに刻まれたのである。




