第39話 飛龍炎上
二波にわたる攻撃で2隻の米空母を戦闘不能に陥れた。そのはずだった。
だが事実は違っていた。日本軍は「ヨークタウン」を二度にわたって攻撃していたのだ。
わが方には思いもよらない米軍の応急処置力は、「飛龍」副長の鹿江に、
「これで勝てるし、悪くても相討ちにできる」
と思わしめるほど優秀だったのである。
彼らは第一波の攻撃を受けて起こった火災を30分あまりで消し止め、速力の減衰した「ヨークタウン」に20ノットで航走できる力を取りもどさせていたのだ。
第二波はその「ヨークタウン」に再び災厄を招いたのである。
爆弾3発、魚雷2発を受けた「ヨークタウン」はボイラー室と発電室を破壊され、わずかに傾斜して停止していた。もはや戦闘続行は絶望的といえた。だが、飛行隊は第一波が去ったあと「エンタープライズ」に退避していて無事だった。
いまその「ヨークタウン」攻撃隊を含む航空勢力が、サッチ・アダムス大尉から平文で送られてきた索敵報告、
「敵発見、空母1、戦艦1、重巡2、駆逐艦4、北緯31度15分、西経175度5分、15ノットで北上」
を受けて「エンタープライズ」「ホーネット」から発進しようとしていた。時に一一三〇過ぎのことだった。
そのころ「飛龍」の搭乗員待機所は殺気に満ちていた。
誰もが第三波として攻撃に参加したい意志を示して、殴り合いにすらなりかねない瘴気をぶつけあっていたのだ。
「俺たちがどうこういってどうなるわけじゃない、とにかく落ちつけ。搭乗割りは飛行長が決めることだ」
「ではそれに不満があった場合、どうするんだ? 直訴するか?」
傍らで男たちのやりとりを眺めていた桑原がぽつりといった。
「くだらない……」
それを聞いた中檜は眼を血走らせて掴みかかっていった。
「あんたは恥ずかしくないのか!」
「恥ずかしいだ? 貴様なにいってやがる。――友永さんの機の燃料タンクに穴が開いていたのを聞いて、何人かが自分の機体を使ってくださいといったな。だがそのときあの人は何といった。え? 何といったんだよ!」
「…………」
「いいか中檜、人にはそれぞれ生き方ってのがある。お涙頂戴がごとき浪花節なんか必要ないし俺は認めない。俺は友永さんの意志を尊重しただけだ。――いまの話も同じだ。なにを焦っていやがる。どうせ誰もがいつかは死ぬんだよ。戦争であろうとなかろうとな。なのに進んで死にたがる馬鹿があるか。いっておくが俺は臆病なんかでいってるんじゃない。俺は自分の死にどころくらい自分で決めたいだけだ。俺に死ねと命令できるのは俺だけだ! 俺には俺の生き方がある。わかったか!」
「だったらなぜ海軍に入ったんですか!」
中檜は包帯が巻かれた桑原の腕を力まかせに掴んでいた。
「食うためだ。俺は生きるために海軍を選んだだけだ。貴様に何がわかる。兄弟ばかり多いうらぶれた貧困の農家に生まれた俺の何がわかる。国民をまともに食わすこともできない国になぜ命を投げ出せる。冗談じゃない。中檜、よく考えてみることだ。この理不尽な世の中を。そしてこの理不尽な戦争とかいうものをな。――離せよ、痛ェじゃねーか。俺は負傷してるんだぜ」
「そうまでして嘘をつくのか……桑原さん……あんたは死にたくないだけじゃないか」
彼はその言葉を飲みこみながら、搭乗員室の扉をあけて飛行甲板へと出てゆく桑原の背中を見つめていた。
確かに桑原さんのいっていることは理屈にかなっている。だけど、だけど、どうしても納得できない。理由なんてわかりやしない。だけれども間違っているとしか思えない。――彼は自分しか見ていないのかもしれない。でも俺やこの部屋にいる連中はそうじゃないのかもしれない。ここにいる連中はほんの少しかもしれなが、隣にいる人のことを思っているのだろう。たったそれだけの違いなのかもしれない……。でも俺はその違いが許せないんだ! 俺は桑原さん、あんたの生き方を認めない!
その時、開け放たれた扉の向こうから叫ぶ声が聞こえた。
「敵艦爆! 本艦直上、突っ込んでくる!」
絶叫を追うように対空砲が怒声をあげ、機銃が唸りはじめた。
「エンタープライズ」爆撃隊を率いるギャラハー大尉も叫んでいた。
「目標はあの日の丸だ! あそこに爆弾を叩きこんでやれ!」
「飛龍」は加来艦長の操艦でこの攻撃を回避した。
「さらに敵機! 太陽を背にして突っ込んでくる!」
つづいて「エンタープライズ」と「ヨークタウン」混成の爆撃隊が悪魔のごとき急降下をはじめた。
中檜はズシン! という地響きとともに、開かれたままの扉が爆風でちぎれ飛ぶのを見た。
誰もが外へ走り出ようとしていた。
船を揺るがすような衝撃がつぎつぎに起こった。艦橋の窓が割れたのだろうか。ガラスの砕け散る音がした。キラキラと耀く破片が降ってくるのが見えた。
日の丸の描かれていた付近に命中した爆弾は、エレベーターを吹き飛ばし、それを司令塔の前の甲板に突き立たせていた。
そんなこととは知らずに外に走り出た中檜は、目の前にある光景に愕然した。
前部飛行甲板がほとんど吹き飛び、その下にある格納庫が丸見えになっているではないか。
声にも言葉にもしようのないものが喉を突きあげていた。
嗚呼――。
ついに「飛龍」も4発の爆弾を受けて戦闘力を喪失したのだ。
一四〇〇ごろのこと。現地時間午後5時半ごろである。
ようよう夕暮れが迫まりくるなかで「飛龍」は炎上していた。




