第37話 戦友の死
第一波攻撃隊を発艦させた「飛龍」は、すぐに第二波攻撃隊の準備にかかり、敵に向かって驀進を開始した。
もはや敵との戦いではなく己との戦いの様相となってきた。己の限界を超えることで結果として敵に勝つ。彼らはそうしたことを無意識に思っていたのかもしれない。憤懣やるかたなき怒りがそうさせたのかもしれない。ときに激しい憤りは類まれなる力を与えるのだろう。
闘魂烈々たる第一波攻撃隊の気迫もまた凄まじかった。
〇八二〇、攻撃を終えて帰還する敵機を、日本艦隊に向かう爆撃隊と勘違いした零戦隊の2機は、迷うことなく翼を翻して躍りかかっていった。打ちてし止まんの炎が燃えさかっていた彼らを誰が責め得ようか。
2機の護衛機が減った状況で是非もなく、生死を超えた者だけが生きる残る世界へと攻撃隊は突入していったのである。
あれほど索敵や誘導に難をきたしてきたのが嘘のようだった。
発艦して10分後、「利根」4号機と入れ替わるように敵に触接をつづけていた「筑摩」5号機は、阿部司令の指示をうけて、
「敵空母の位置、味方の70度90浬、われ今より攻撃隊を誘導す。〇八一〇」
と打電して攻撃隊の誘導を開始した。
付近では「筑摩」4号機も索敵についており、「蒼龍」を飛び立った十三試艦爆も〇八三〇、米機動部隊を発見して電文を打っているが、残念ながらこれは通信機の故障で「飛龍」には届かなかった。
しかし送り狼のごとく襲い来る日本機を警戒していた米軍も、手を拱いていたわけではなかった。
〇八五〇、「ヨークタウン」は10機の索敵機を発進させ、レーダー手は緊張した面持ちで画面を睨んでいたのだ。
「敵航空機らしきものを確認! 本艦より南西の方角、距離53マイル(約85Km)」
すぐに「ヨークタウン」からF4F戦闘機12機が迎撃へと飛び立ち、「ヨークタウン」を中心に重巡洋艦「アストリア」「ポートランド」、駆逐艦5隻によって輪形陣が築かれた。米軍の迎撃は迅速で正確、かつ堅固だった。
F4F戦闘機の迎撃を知った零銭隊は翼を振り、挙手の礼をしたあと敵機めがけて斬り込んでいった。
衆寡敵せず。ここで3機の零戦が撃墜され、艦爆隊も10機が大空に散っていった。
それでも攻撃隊の突進は止まなかった。機を操る操縦員の燃える双眸には、鬼神を泣かしめる光があった。1機の零戦に守られながら、8機の艦爆は銃砲火の中に突っ込んでいった。
高角砲の爆風に機体が揺れる。破片が翼や胴を切り裂く金属音がする。真赤な火箭が四方八方から襲いかかってくる。ときどきガンガンと銃弾が当たって機体が身もだえる。
中檜は3番機の位置にいた。恐怖などもう感じていなかった。慣れない艦爆を急降下させることに全神経を集中していたのだ。
「投下索は自分が引きます。高度を読み上げますから、ギリギリで引き起こしてください。飛長は照準環だけ見ていてください」
後席の千道一飛が叫んだ。
「わかった、まかせておけ」
とにかく前をいく機体にぴったりついていく、そして照準。やることはこれだけだ。
中檜は大きく息を吸ってから吐き出すと、操縦槓をぐいっと前に倒した。
「飛長、ダイブブレーキ! ダイブブレーキを入れないと、引き起こせなくなります!」
「どこだ? どこにある!?」
「もう間に合わない! 高度、読み上げます!――。1800、1400、1000……」
こうなったら直感を信じるしかない――。中檜は己を信じた。
「600!」
いまだ!――。爆弾が機体から離れた感触を得て、力の限りに操縦槓を引いた。全身の血液が足へと流れていった。視野が狭まり眼の前が暗くなっていく。意識が遠のいていくのを感じながら中檜は呼吸を止めて歯を食いしばった。
敵空母の機銃員が茫然とした顔で見上げる眼と目が合った。
九九艦爆は飛行甲板のスレスレを飛び抜けていた。
背後から襲いきた爆風に煽られながら首を捻った中檜は、紅蓮の火柱があがるのを見た。
「やったぞ! 命中だ! やったんだ!」
だが千道はうな垂れたまま何も答えなかった。
「千道、千道! おい千道!」
つづいて降下にはいった機が2弾、3弾と命中させたが、1機は投下したとたんに木っ端微塵になるのが見えた。
「くそーっ!」
そのとき眼前に零戦が現れて翼を振った。付いてこいというのだ。
中檜は涙を堪えて操縦槓を操作し、フットバーを蹴った。
「千道一飛。連れて帰る。お前を必ず飛龍に連れて帰ってやるからな……」
僅かな時間だった。だが中檜は永遠に潰えない戦友愛があることを知った。共に戦った者だけにしかわからない絆があることを感じとっていた。それは一瞬を永遠にするのだと信じられた。
こうして「ヨークタウン」は3発の命中弾を受けて炎上したのである。
しかしわが方の損害もまた大きかった。小林大尉をふくむ多くの搭乗員が戦死したのである。
傷だらけになって「飛龍」に帰り着いたのは、戦闘機1機、艦爆5機だった。




